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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
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エピソード 40

 体の内側を、鋭い刃物で何度も突き刺されているかのような激痛。

 レオンは息を詰まらせ、声にならない悲鳴を漏らしながら地に崩れ落ちた。

 爪を地面に立て、少しでも痛みを紛らわせようと体をよじる。

 手の甲や首筋には血管が浮き出し、全身が拒絶するように震えていた。


「ゔっ……ぐはっ……」


「レオンッ! 意識をしっかり保てっ!」


 ファウストは歯を食いしばる。

 苦しむレオンを前に、今は見守ることしかできない現実が、胸を締めつけた。

 だが魔力反応は、確実に増している。

 禁忌魔法、ゲートを発動できるだけの魔力量が、レオンの中に宿り始めていた。


「かはっ……」


「お兄ちゃんっ!?」


 異変に気づいたリーナが、慌てて駆け寄る。


「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんに、何をしたんですかっ!」


 その声に、レオンの指が微かに動いた。


「お……俺は……大丈夫だ……」


「レオン! 本当に、大丈夫か!」


「お兄ちゃんっ……!」


「あぁ……。早く……魔法を……」


 荒い呼吸の合間、意識を繋ぎ止めるように、レオンはファウストの腕を強く掴んだ。

 

「あぁ……いくぞ」


 ファウストは、まだ小さなレオンの体を支えながら、ゲート魔法の呪文を唱えた。


ゲート魔王城――イリスの元へ」


 その言葉に、遅れてレオンも続く。


「っ……ゲート……。ま、魔王……城……イリスの、元へっ……!」


 掠れた声が、必死に言葉を繋ぐ。

 次の瞬間。

 ファウストたちの眼前に、魔界へと繋がる扉が、静かに。

 しかし確かな存在感をもって出現した。


「……やった……」


 ゲート魔法によって増加していた魔力が消費され、レオンの体から力が抜けていく。

 あの激痛は嘘のように遠のき、彼は安堵した表情でファウストを見上げた。


「よく、頑張ったな」


 緊急事態ゆえの強硬手段。

 それでも無事に成功したことに、ファウストはようやく胸を撫で下ろす。

 その、瞬間だった。

 ぞわり、と。

 背筋を這い上がる、言い知れぬ悪寒。

 直感が、告げている。


 ――なにかが、来る。


「っ、急げっ! 早く、扉の中に入れ!」


 “なにかが来る”そう確信した瞬間、ファウストは荒々しくレオンとリーナの背を押し、そのまま扉の向こうへ叩き込むように放り投げた。


「な、なにすんだよっ!」


「いいから行け! 早く! 何かが――!」


 言葉の途中で、突如として凄まじい魔力の圧が襲いかかる。

 見えない手が、喉元を掴み上げたかのように、ファウストの呼吸を締め上げた。


「カヒュッ――!」


 足元が揺らぎ、立っていることすら困難になる。

 その、次の瞬間。


「ゴホッ――!」


 警告もなく、ファウストの口から血が噴き上がった。

 重い音を立てて地面を叩き、真紅の水たまりが、みるみる広がっていく。


「ファ、ファウスト!? ねぇ、しっかりして!」


 ヘレナは取り乱しながらも駆け寄り、崩れ落ちるファウストの身体を必死に抱きとめた。


「ゴホッ……ゴホッ……カッ……ヒュッ……!」


 咳とともに血が泡立つ。

 肺にまで血が入り込んだのか、ファウストは空気を求め、獣のような苦悶の声を漏らした。


「オイッ! 大丈夫なのかよ!」


 止まらない吐血。

 苦痛に歪むその表情が、異常事態をはっきりと物語っていた。

 リーナとレオンは、息を呑み、顔を青ざめさせる。


「い……いい……から……っ、早く……行け……!」


 ファウストは震える指先で扉の縁を掴み、閉めようと必死に押し返す。


「ヘレナッ……子供たちを……扉を閉めるのを……手伝って、くれ……っ」


「わ、わかりましたっ!」


「この先……進めば……魔王城の……中だ……っ」


 その言葉の途中で、喉の奥から血が泡立ち、再び激しい咳とともに噴き出す。

 胸を押さえ、内側から引き裂かれるような痛みに耐えながらファウストは、声を絞り出した。

 

「イリスに……っ、伝えて……くれ……っ……!」


 二人がかりで、なんとか扉を閉めきる。

 レオンとリーナを乗せた影は、ファウストを残し、闇の奥へと沈んでいった。


「ファウストッ! 急に、どうして――!」


 見えない何かに押し潰されているかのようなファウストの姿に、ヘレナだけでなく、周囲の騎士たちも言葉を失う。


 ファウストは口元から溢れ続ける血を、乱暴に手の甲で拭った。

 だが、拭っても拭っても、赤は止まらない。

 ボタ、ボタ、と重たい音を立てて地面に滴り落ちる。


「っ……こんな、魔力量……初めてだ……」


 押し寄せてくるのは、皮膚の内側を焼き切るような、禍々しい魔力の奔流。

 息を吸うたび、肺が裂けるような痛みが走り、視界が揺らぐ。


 ――このままでは、死ぬ。

 いや、ほぼ間違いなく。


 この魔力の圧は、イリスを超えている。

 魔王である彼女さえ凌駕する存在が、人間界に現れるなど、本来あり得ない。

 それに黒い煙が噴き上がるその瞬間まで、これほどの魔力に、ファウストはまったく気づけなかった。

 まるで、この世界そのものに溶け込み、気配を完全に消していたかのように。


「……なにが……起きてやがる……ッ」


 握り締めた拳からも血が滴り、地面を赤く染める。

 立っているだけで精一杯の身体を無理やり奮い立たせ、ファウストは、闇に染まりゆく空を睨みつけた。


「……やっぱり、来たか」


 ふらつきながらも、迫りくる“何か”を見据える。


「姿を現さないなんて……随分、卑怯じゃないのか?」


「ファ、ファウスト……? いったい、何に話しかけて……」


 見えない相手に言葉を投げるファウストに、ヘレナは困惑した表情を向ける。


 ――たしかに、姿は見えない。

 だが、そこに“いる”。


 ファウストは、確信していた。


「狙いは……俺、だな……」


 魔法は使えない。

 武器もない。

 いや、仮に武器があったとしても、抗える力など、もう残っていない。

 そう思った瞬間。

 ヒヤリ、と。

 氷のように冷たい感触が、ファウストの喉元に触れた。

 じりじりと力が加わり、見えない何かが、気道を締め上げていく。


「ぐっ……!」


 ファウストの表情が、苦悶に歪む。

 圧はさらに強まり、ついにその身体が、宙へと持ち上げられた。


「ガハッ……グッ……!」


 その時だった。


 ――その魔力を、神に帰せ。


 姿を現さぬそれは耳元で囁くように、しかし抗いようのない重みをもって、そう告げた。

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