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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
39/44

エピソード 38

 闘技場の入口へと繋がる扉をくぐると、錆びついた鉄格子の向こうで双子の魔人と視線がぶつかった。


「おっ……おいっ! 止まれっ!」


 闘技場で起きた騒ぎを聞きつけたのか、入口の周囲には騎士たちが隊列を組み、野次馬達が群がっていた。


「き、貴様っ……何者だっ!」


 空間の裂け目のように現れた扉から、一人の男が歩み出る。

 その異様な光景に、騎士たちは反射的に剣を構えた。


「止まれっ!」

 

 鋼が擦れ合う音が一斉に響く。

 だがその顔を見た瞬間、騎士の一人が青ざめ、震える声で叫んだ。

 

「ま、まさか……ファウストッ!」


 その名が響いた瞬間、場の空気が揺れ周囲にどよめきが広がった。

 怒号とざわめきが混じり合う中、ファウストは無数の刃をものともせず、静かに双子の魔人へと歩みを進める。


「止まれっ! それ以上動くと、貴様の首を叩き斬るぞっ!」


 警告など意に介さず、ファウストは騎士たちに背を向けたまま、静かに鞘から剣を引き抜いた。

 それを合図としたかのように、複数の騎士が一斉に駆け出す。

 鋭い剣閃が、一直線にファウストの首を狙って振り下ろされた。

 その瞬間、ファウストは躊躇なく指先を噛み斬り、滲み出た血を、自身の影へと一滴落とした。

 

「――操り人形の悪夢マリオネット・ナイトメア


 赤い滴が影に吸い込まれると、闇が波紋のように揺らぎ、輪郭を歪ませながら、やがてファウストと同じ姿をした影がゆっくりと起き上がった。

 

「騎士を無力化にしろ」


 ファウストが短く命じると、影はふわりと霧散し、この場にいる騎士たちの影の中へと吸い込まれていった。

 すると、騎士たちの動揺する声が重なる。


「なっ、なんだこれはっ!」


「どうなっている!」

 

 騎士たちの足元で揺らめいていた影が、ぐにゃりと輪郭を歪ませた。

 次の瞬間、それらは地面から浮かび上がるようにせり上がり、影でありながら“立体”となる。

 現れたのは、騎士たちの姿をそのまま写し取った、黒い人形だった。

 構えも体格も寸分違わず、彼らが手にしていた剣の影までもが実体化し、ギラリと不気味な黒光りを放つ。

 

「なっ……!?」

 

「か、影が……動いているだとっ!?」


 影の騎士たちは本体に向かって無言のまま襲いかかる。

 本物の騎士が構えた剣と、黒く歪んだ“影の剣”がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。


「今、助けてやるから離れてろ」


「――っ、ア……アンタは」


 人と影の戦闘が繰り広げられる中、ファウストは双子の魔人が閉じ込められた鉄格子へ向かった。

 南京錠に鋭い斬撃を叩き込む。


 ガチャンッ――。


 重い音を残して南京錠が床に転がる。

 ファウストは剣を鞘に収め、鉄格子を押し開けると、双子へ手を差し伸べた。


「遅くなって悪かった。……帰ろう」


 張りつめていた表情が緩んだ双子。

 だが次の瞬間、少年は険しい目でファウストを睨みつけ、パシン、と乾いた音を立ててその手を払いのけた。


「アンタが……リーナの言ってた……」


 少年は咄嗟に“リーナ”と呼んだ少女をファウストの陰から庇うように隠し、睨みつける紫の瞳が、怒りと警戒に揺れる。


「リーナに、近寄るんじゃねぇ」


 少年の紫の瞳が、淡く光を帯び始め魔の気配が空気を震わせた。


「未来予知か……。お前は確か、最悪な未来を視るんだったな」


 すると、少年は震える声で叫んだ。

 

「っ――。本当に英雄なのか……? アンタが、世界を滅ぼす姿が視える!」


 震える腕で妹を背に庇い、少年は牙を剥くようにファウストを睨みつけた。

 その瞬間。


「お兄ちゃんッ!」


 甲高い叫びとともに、リーナが飛び込むように兄の腕へしがみついた。

 泣き出しそうな顔で、震えながら必死に訴える。


「やめて! この人は……そんな人じゃない!」


「離れろ、リーナ! アイツはっ――」


「違うっ!」


 リーナは首を激しく振り、兄を見上げる。

 涙を含んだ瞳が、必死に“恐怖”と“迷い”を押し返していた。


「大丈夫……大丈夫だから。お兄ちゃん、私を信じて……」


「ッ、でもっ――」


「お願い、お兄ちゃん。私を信じて」


「クソっ――」

 

 少年は、得体の知れないファウストへ向けられたリーナの信頼に腹を立てながらも、妹の必死の説得には逆らえず、渋々従った。

 それでもファウストへ向ける視線は、疑念と警戒に満ちたままだった。


「……お前がどんな未来を視たか興味ない。でも今は時間がない。急いでくれ」


 ファウストは短く告げると、少年とリーナを牢から連れ出し、魔力を通してイリスへ連絡をとった。


「イリス、聞こえるか?」


『聞こえてるわよ。双子は無事?』


「あぁ。双子の魔人を保護した。これからそっちに戻る」


『了解。急いでね。待ってるから』


 通信を切ると、リーナが不安げにファウストを見上げ、おずおずと口を開く。


「あ、あの……帰るって、どこに?」


「ん? 魔界。今から俺と一緒に魔界に帰るから」


 そう言ってファウストが手をかざすと、空間が軋むように歪み、魔界と繋ぐ扉がゆっくりと現れた。

 その瞬間、さっきまで無関心を貫いていた少年が、勢いよく身を乗り出す。


「魔界に帰れるのかっ!?」


「あ、あぁ……」


 少年の顔に広がった表情は、驚きよりも“安堵”の色が濃かった。

 小さな身体であっても、妹を守ろうとする兄の責任と恐れは、重くのしかかっている。

 同じ境遇だったファウストには、その重さが痛いほど理解できた。

 

「もう大丈夫だから、安心しろ」


「っ、オレは別に平気だしっ!」


 強がる声とは裏腹に、その表情は牢の中にいた頃よりずっと柔らかかった。


「よく……頑張ったな」


「っ、子供扱いすんじゃねぇっ!」


 言葉に棘を散らしてはいるものの、その震えた声は安堵の裏返しだった。

 その不器用な強がりに、ファウストはくすりと笑う。

 

「さ、帰ろうか」

 

 ファウストの背後では、影たちが騎士たちと無言で剣を交えている。

 魔界へ繋ぐ扉が完全に姿を現したのを確認すると、ファウストはそちらへ視線を向け、短く命じた。


「……戻れ」


 その一言で、影の騎士たちは揺らぎ、黒い霧のようにほどけていき、本来の“主の影”へと吸い込まれるように、黒い影たちは一点へと収束していく。

 霧がまとまっていくように形を整え、最後には一つの輪郭となってファウストの足元へ落ち着いた。

 その影はぬるりと立ち上がり、主人を守護するかのようにファウストの横へと並び立つ。

 

「早くこの扉に――」


 双子を促そうとしたその瞬間だった。

 空気を震わせるような、凛とした声が響き渡る。


「ファウストッ!」


 ファウストの足が止まる。

 耳に馴染みすぎて、忘れようとしても忘れられない声。

 振り返るより先に、胸の奥がわずかに波打った。

 声の主が誰なのか、考えるまでもない。

 振り返ると、淡いピンク色の髪が、緩やかなウェーブを描きながら揺れていた。

 日の光を受けてきらきらと輝くその髪の向こうで、

 気丈な青い瞳がまっすぐファウストを捉えている。


「……ヘレナ」


 まだ少女らしさの残る顔立ち。

 だが、その立ち姿には幼いながらも気高さが宿っていた。

 

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