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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
34/44

エピソード 33

 ゴゴゴォォォォオ――――。


「ッ、は――?」


 それは、あまりにも唐突だった。

 ファウストが被っていたローブのフードは風圧に煽られ、視界が一気に開ける。

 そこに飛び込んできたのは、炭と化した遺体の数々だった。

 目の前に転がるそれが、元は人間の体だったと理解するまで、数瞬の間があった。

 ファウストは隣へと視線を移す。


「……肉、だるま?」


 そこにいたはずの男は、すでに原形を失っていた。

 半身は黒焦げ、山のように盛り上がっていた筋肉も影形すらなく、焦げた肉片がカサカサと音を立てて崩れ、ファウストの足元へと転がり落ちる。

 それはもはや判別不能な塊だったが、よく見れば頭部の形をしている。

 地面に叩きつけられた衝撃でさらに砕け、滓となって風に散った。

 ファウストだけでなく、運良く生き残った参加者や、一部始終を目撃した観客たち。

 この場にいた全員が、今まさに起きた出来事を理解できずにいた。

 

『――ッ! ファウスト! ファウスト!』


「ッ、あぁ……」


『良かった……無事だったのね』


 イリスの呼びかけに、ファウストは意識を引き戻される。

 混濁する頭を振り払いながら、周囲を見渡した。


『そこで何が起きたの?』


「……試合が始まった瞬間、炎の攻撃を受けた。生き残ったのは……二十人もいない」


 その一撃で、参加者の過半数が犠牲になった。

 射程外にいた者も呆然と立ち尽くし、現実を受け止めきれずにいる。


『炎? 魔力の反応は?』


「今、探ってる」


 意識を集中させ、魔力の痕跡を辿る。

 そこには、この場にいるはずのない人物の気配があった。


「…………イリス、視界を共有してくれ」


『えっ……わ、分かったわ……』


 戸惑いながらも、イリスはファウストの視界に意識を繋ぐ。

 途端に、彼の瞳を通して惨状を目の当たりにし、イリスは息を呑んだ。

 

『こ、これは……』


「目の前にいるの、見えるか?」


 土煙の中から、ぼんやりと小さな人影が浮かび上がる。


『……子供?』


「やっぱり、そうか……」


 ファウストもイリスも、思わず息を呑んだ。

 荒くれ者が集い、血の匂いに満ちたこの場所に、まだ年端もいかない少年が立っていたのだ。

 その少年の瞳はどこか遠くを見つめるように虚ろで、正気を失っているかのようだった。

 細い首には鎖が巻かれ、自由を奪われている。

 そして先ほどの炎の攻撃は、どうやらこの少年の仕業らしい。

 参加者たちへと翳したその手から、いまも黒い煙が立ち上っているのが何よりの証拠だった。


『ど、どういうことなの……』


「……アレは、魔族なのか?」


 困惑を隠せないファウストの問いに、イリスは思わず声を荒げた。


『そんなはずない! あの子は――人間よ!』

 

「なら、なんで魔法を放ったんだよ! 魔法を扱えるのは魔族だけだろ!?」


『っ……ファウストだって気付いてるはず! あの子自身からは魔力を感じないって!』


 イリスの言葉に、ファウストは奥歯を噛みしめる。

 ――そう、すでに気付いていた。

 確かに微弱な魔力は感じ取れる。

 だがそれは少年の体内からではなく、別の場所から発せられているものだった。

 つまり、イリスの言う通り、この少年は正真正銘の人間。


「……じゃあ、どうすんだよ!」


『あの子供は調べる必要があるわ。だから、双子の子と一緒に魔界へ連れて来て!』


「……無茶ばっかり言いやがって」


 この大勢の視線が集まる中で、自分の正体を隠したまま、謎の少年の魔法攻撃を掻い潜り、さらに双子をも抱えて逃げなければならない。

 到底無理難題に思えたが、ファウストは主人の無茶な命令に舌打ちしつつも、剣を鞘から抜き放つ。

 少年が再びファウストへ掌を翳した。

 チリチリと空気を焦がすように、灼熱の魔力が集まり始める――。


『また仕掛けてくるわよ!』


「言われなくたって分かってる!」


 何十人もの命を奪った攻撃が再び始まろうとする緊迫の中、ヒンツの声が闘技場に響いた。


「アレは対魔族用に造られた兵器だ! 我らはついに、魔法に対抗する力を得たのだ!」


 恐怖と混乱のただ中で放たれたその言葉は、多くの者の胸に突き刺さり、ヒンツへ注目が集まった。


「数年前、魔族の襲来によって我々は無知と無力ゆえに多くの命を失った。かつてこの国を救った大英雄は今や魔族に堕ち、我らを護り導く者はもういない──だが、我らはもう無知でも無力でもない! 力には力を以て制す。憎むべき魔族に鉄槌を下す時が来たのだ!」


 ヒンツの熱を帯びた演説が闘技場に響き渡ると、間を置いて嵐のような大歓声が湧き上がった。


「何を言ってるんだ……」


 常軌を逸した拍手に呑まれ、ファウストは呆然と立ち尽くす。

 彼の視界を共有していたイリスは、ため息を漏らした。


「だからって、子供をあんな殺しの兵器にする理由にはならないだろ……」


『ぶっ飛んだ思考は、相変わらずね』


 大人の身勝手な理由で自由を奪われた少年の姿に、怒りを抑えきれずファウストは問いかけた。


「……元に戻せるのか?」


『分からない。でも、不可能じゃないわ』


「了解。これ以上、好きにはさせない」


 そう言うと、ファウストは剣を鞘に収め、無防備なまま少年へ歩み出る。


『ちょっと! 何してるのよ! あの子供は上位魔族に匹敵する力を持ってるのよ!? 素手で挑むなんて危険すぎる!』


 焦るイリスをよそに、ファウストは淡々と答える。


「気が変わった。あの子は無傷で魔界に連れて行く」


『はぁ!? 正気なの!? いくら子供でも、あの魔力量は――』


「武器は使わない」


 それ以上説得しても無駄だと悟り、イリスは口をつぐむ。


『……あぁ、もう! 分かった! 好きにしなさい! でも、アンタが血を流しすぎたらどうなるか、忘れてないでしょうね?』


「…………善処はする」


 ぷつりと、イリスの魔力の気配が途絶えた。

 機嫌を損ねたのだろう。

 ようやく静かになったと思う一方で、この後が面倒になるのは間違いない。

 だが今は、目の前の問題に集中するしかなかった。


「手荒になるけど……我慢してくれよ」


 短く息を整え、ファウストは拳を構えた。


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