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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
32/44

エピソード 31

 変身薬の代金の代わりに、ローザが提示した依頼。

 それは、魔眼を持つ魔人の子供を、人間界から連れ戻すことだった。

 その子供は未来を視る力を宿しており、あまりの珍しさからフォルスター王国の首都クレスチナに次ぐ繁栄を誇るローレル街の闘技場にて、千回目の記念試合の「優勝景品」として扱われていた。

 魔界へ連れ帰るには、優勝するしかない。

 試合の申込みを済ませたファウストは、闘技場の地下にある参加者控室へと押し込まれていた。


「……落ち着きが無いな」


 既に五十人以上の参加者が詰め込まれており、優勝景品に釣られて次々と人が増えていく。

 男ばかりではなく、少数ながら女性の姿も混ざっていた。

 鋭い眼光や、均整の取れた肉体が示すのは、強烈な負けん気。

 互いを値踏みするような視線が飛び交い、ある者は他者に絡み、ある者は武器を磨き上げ、自らの筋肉を誇示していた。


「おい兄ちゃん。そんな細っこい腕で、俺たち相手に戦えると思ってんのか?」


 控室の隅で休むファウストに、巨大な筋肉に身を包んだ男が絡んできた。

 参加者同士の牽制など意にも介さぬファウストの態度が、かえって男の苛立ちを誘ったのだ。

 

「…………」


「……おい、聞いてんのか?」


 無視を決め込んでいたファウストだったが、しつこい声に眉間の皺が深まる。

 短く、苛立ちを含んだため息を吐くと、射抜くような眼差しで男を頭から足先まで舐めるように見下した。


「……そのだぶついた肉、動きの邪魔にしかならねぇな。的になりたきゃ勝手に突っ立ってろよ」


 低く吐き捨てる声は、挑発というよりもあからさまな侮蔑。

 男は顔を真っ赤にし、怒りに任せてファウストの胸倉を乱暴につかんだ。


「テメェ、このまま不参加にしてやってもいいんだぞ!」


「……やれるもんならやってみろよ、肉だるま。ただし、次に触ったら腕を折る」


 凍てつく冷たさと、爆ぜるような怒気が同時に漂い、控室の空気が一変する。

 今にも爆ぜそうな空気を切り裂くように、控室の扉が開き、主催者らしき人物が武器を抱え、静まり返った参加者たちの間へと足を踏み入れてきた。

 

「えー、まず。今回の記念試合に参加される皆さん。試合形式は、主催者の意向により変更となりました」


 告げられたのは、予想外の一言だった。

 この闘技場は参加者同士の死闘を売りにしてきたが、それが覆されたことで、場内には動揺と不満の声が広がる。


「今回の試合は、主催者が用意した相手との対複数戦です。最後まで戦い抜き、相手を倒した者が優勝となります。また、使用する武器はこちらで用意したものに限られます」


 並べられたのは両手剣や片手剣といった主流の武器から、飛び道具に至るまでさまざま。

 自前の武器を禁じられた参加者たちは口々に罵声を上げつつも、数に限りのある用意された武器を求め、一斉に飛びかかった。


「……早くしないと、目当ての武器が無くなるぞ」


 ファウストは胸倉を掴まれたまま小さくつぶやく。


「……お前を最初に狙う。覚えておけ」

 

 男は悔しげに顔を歪め吐き捨てるように言い残し、群がる参加者たちの後を追った。


「……俺も選んでおくか」


 ファウストが後から武器の山に向かうと、すでに良質なものはほとんど取られており、残っていたのは刃こぼれの目立つ使い古しばかりだった。

 

「碌な物が無いな……」


 残された武器を手に取って確かめる。

 どれも好みに合わず、数度の斬撃を受け止めれば折れてしまいそうな低級品ばかりだ。

 思わずため息が漏れる。


「……まあ、これでいいか」


 投げやりに選んだのは、刃先が細く、すらりと長い片手剣。

 刃こぼれは目立つが、握った感触はまだ一番マシだった。


「もう少し重さがあればな……」


 剣を鞘に収めたところで、先ほど絡んできた肉だるまの男が小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「そんな粗末な剣で戦えるものか。優勝は諦めるんだな」


 彼の手には重量感あふれる両手剣。

 誇らしげに見せつけるその態度に、ファウストの眉がわずかに動いた。


「ッ――」


 言い返そうとした瞬間、ビリッと体内に魔力が流れ込む感覚が走る。

 すると、イリスの声が頭の中で直接響いた。


『ファウスト、聞こえてる?』

 

「イリスか……」


 頭に響く声に、ファウストは冷静さを取り戻す。

 イリスはファウストの五感を一方的に共有できる。

 それは、ファウストの心臓がイリスの膨大な魔力で刻まれた魔法によって形作られているからだ。

 彼女が魔力を流せば、刻印が反応し、こうして五感が繋がる。

 つまりファウストは、イリスの「手」となり「足」となり、「目」となり「耳」となる。

 刻印魔法の特徴の一つではあるが、同時に相手を思い通りに操ることさえ可能にする危険な術でもあった。


『子供は見つかった?』


 ファウストは群がる参加者を避け、控室の端へと戻る。


「あぁ。見つけた。……双子だった」


『双子!?』


 イリスの驚きが、頭の奥に直に響く。


「うるせぇ、声のボリューム考えろ」


『い、今……双子って言った?』


「あぁ。兄妹だ。さっき確認した。……そんなに驚くことか?」


『驚くに決まってるでしょ! 魔族は子供を作るだけでも珍しいのに……双子なんて。しかも魔眼持ちでしょ?』


 イリスの興奮がなかなか収まらず、会話は途切れがちになる。

 その時、闘技場に試合開始を告げる鐘の音が高らかに響いた。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン――。


『え……ファウスト? アンタ今どこにいるのよ』


「闘技場だ。その双子の子供たちが優勝景品にされてる。監視が厳重で、連れ出すのは無理だ。だから正攻法でいく」


『はぁあ!? ただでさえローレルに潜入するだけでも危ないって言ってたのに! 闘技場の試合に参加!? 何考えてんのよ!』


「仕方ないだろ。方法はこれしかない」


 ファウストは小声で応じながら、参加者の列の最後尾に加わる。

 誘導の声に従い、試合会場へと続く通路を進んでいった。


「参加者は奥まで詰めてください! 全員入れるようご協力を!」


『ちょっと! 今すぐ他の方法を考えなさいって!』


「無理だ。もう始まる」


『……っ、ほんと狡いんだから! アンタだけ楽しい思いして!』


「……本音はそれかよ」


 ファウストは小さくため息をつき、ローブのフードを目深に被る。

 そして試合会場へ続く門を潜り、戦いの場へと足を踏み入れた。

 鉄の門を潜った瞬間、耳を劈くような歓声が押し寄せた。

 視界いっぱいに広がる観客席はすでに人で埋め尽くされ、無数の視線が一斉に突き刺さる。

 砂地の舞台には鉄と血の匂いが染み付き、過去の戦いの痕跡がそこかしこに刻まれていた。

 独特の空気に、ファウストはわずかに顔をしかめた。


『……ねぇ、まだ引き返せるわよ』


「馬鹿言うな。ここまで来て戻れるか」


『でも――』


「心配するな。俺は負けない。あいつらを連れ帰る――そのためにここにいるんだからな」


 ファウストの瞳が鋭く細められる。

 戦いの舞台が待つ先へ、ファウストは無言で一歩を踏み出した。

 歓声に満ちた会場の只中で、彼の意識はすでに次の戦いへと向けられていた。

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