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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
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エピソード 28

 ローザに「イリスを知れ」と言われてから、数日が経とうとしていた。

 魔王の間で、今日もイリスが溜め込んだ仕事を片付けていると、イリスが不満げな表情で声をかけてきた。


「ねぇ。なんか最近、余所余所しくない? ……隠し事でもしてるわけ?」


「……そんなこと、あるはずないだろ」


 思い返せば、ファウストはイリスのことをほとんど知らなかった。

 イリスの好きな食べ物や趣味はもちろん、幼少期にどう育ち、何を考えて魔族の王になったのか。

 肝心なことを自分は何も知らない。

 少しでも知ろうと努めてはいるものの、今さらどうすればいいのか分からず、言葉を選ぶうちに距離ができ、結果、こうして怪しまれる始末だった。


「私に隠し事なんて、通用しないんだからね?」


「分かってる。今さら俺が、お前に隠し事なんてするわけないだろ」


「……なら、いいんだけど」


 とはいえ、イリス本人に「お前は何を思ってる?」などと聞けるはずもない。

 どうしたものかと悩んでいると、魔王の間の扉が勢いよく開かれた。


「こんばんは。魔王様、そしてファウスト」

 

 視線を向けると、そこには仏頂面のローザが立っていた。

 どうやら機嫌が悪いらしい。


「……ローザ」


 とんでもないタイミングで現れただけでなく、何やら面倒事を抱えていそうな様子に、ファウストは思わず迷惑そうな顔をしてしまう。

 

 ――しまった。

 

 すぐに視線を逸らしたが、当然ローザの目ざとさからは逃れられなかった。


「……客が来たのに、飲み物ひとつ出ないのかしら?」


「っ、わかったよ……」


 渋々立ち上がったファウストに、さらに追い討ちをかけるようにローザが注文を重ねる。


「私、人間の言う“スイーツ”が食べたい気分なのよねぇ」


「あ、私も食べたい!」


 イリスまで加勢してきては、もはや断れるはずもない。

 ファウストは小さくため息をつき、しぶしぶ頷いた。


「……イリス。お前は仕事をしてろ。お前の分は仕事が終わってからだ」


「なんでよ! 少しくらい休憩したっていいじゃない!」


 休憩を要求して喚くイリスを残し、ファウストは厨房へと向かう。

 ローザのご要望通りにスイーツを準備し、茶も添えて三人分を盆に載せて戻ると――。

 魔王の間ではすでにローザとイリスのあいだで花が咲いたように話が盛り上がっていた。

 

「……イリス、お前。仕事は終わったのか?」


「もちろん終わらせたわよ! ほら、ちゃんと!」


 確認してみると、溜め込んでいた分も今日の分も、きちんと片付いていた。

 珍しく真面目に取り組んだのだろう、机の上には整然とした書類の束が積まれていた。


「はぁ……次からは計画通りにやれよな」


 深いため息をつきながら、ファウストはイリスとローザの前にスイーツとお茶を配り、自分もようやく腰を落ち着けた。


「あら、可愛らしい盛り付けね」


「美味しそう!」


 女性陣は白い皿に並べられたデザートに興味津々の様子だ。

 生地の端からはアイスが溶けて光を帯び、フルーツの鮮やかな赤や橙が皿に映えていた。


「ファウスト、これって何のスイーツなの?」


 イリスの問いに、ファウストはお茶をひと口すすってから答えた。


「これは“クレープ”って呼ばれてるスイーツだ。薄く焼いた生地の上に、牛の乳から作ったアイスクリームとフルーツを乗せて包んで食べる。……魔界じゃ生のフルーツは日持ちしないから、甘く煮込んだフルーツで代用してる。人間界でもごく一部の人間しか口にできない、珍しい食べ物だ」


 説明を聞き終えたイリスとローザは、そっと生地でアイスとフルーツを包み込み、緊張した面持ちでかぶりつく。

 口いっぱいに広がる濃厚な甘さ。

 ひんやりとしたアイスが舌の上で溶け、果実の酸味と混ざり合う。

 二人は目を丸くし、気がつけばあっという間に食べ終えてしまっていた。

 

「……もう一つ、欲しい」


「あ、私も!」


 皿を差し出す二人に、ファウストは額を押さえて頭を振った。


「……お前ら、少しは味わえよ」


 それでも女性陣は満足げで、笑顔のまま顔を見合わせていた。

 追加のクレープを食べ終えたローザは優雅にお茶をすすりながら、何気なくファウストとイリスを交互に眺める。

 その瞳には観察者らしい鋭さが宿っていた。


「やっぱり、料理に関しては天才ね。他は残念だけど」


「“料理に関しては”ってなんだよ……」


 ファウストが不満そうに眉をひそめる。


「だって本当のことでしょ?」


 ローザが何を言いたいのか。

 言葉の意味を理解したファウストは、バツが悪そうに視線を逸らす。

 

「あなたの不器用さなんて、見ていれば一目で分かるわ」


「ふ、不器用って……」


「剣を振るうことなら誰よりも巧いのに、肝心な相手の気持ちを測ることとなると、途端にぎこちなくなる」


 ローザの冷ややかな視線が突き刺さる。

 イリスはきょとんとした顔で二人を見比べていたが、やがて頬をふくらませてそっぽを向いた。


「ねぇ、二人だけで何か話してるみたいで、感じ悪いんだけど」


 その拗ねた声に、ファウストは一瞬言葉を詰まらせる。

 ローザはそんなファウストの反応を楽しむかのように、からかうような笑みを浮かべた。

 満足げな笑みを浮かべたローザは、茶を再び一口含んだ後、ゆるやかに本題を切り出した。


「さて――甘い時間は終わりよ。仕事の話をするためにここに来たの」

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