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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
28/44

エピソード 27

 書斎に籠もって、どれほどの時が過ぎただろう。

 ローザは依然として魔王城に留まり、帰る気配を見せない。

 ふと気になった疑問を、ファウストは口にした。


「なぁ、さっき言ってた魔力を可視化する方法だが……あれで、遠くにいる魔力の持ち主を探すことはできるのか?」


 ローザは少し顎に手を当て、考え込んだのちに小さく漏らす。


「……まぁ、出来なくはない……かな?」


 その答えに、ファウストの瞳がパッと輝いた。


「っ、ならその方法を俺に教えてくれ!」


 珍しく熱を帯びた声に、ローザは目を瞬かせる。

 普段のファウストからは想像しづらい迫り方に面食らいながらも、肩をすくめて答えた。


「いいわよ。ただし、教えるのは一度きり。一発で覚えなさい」


「あぁ! 任せてくれ!」


 こうしてファウストは、ローザから魔力を可視化する秘法を伝授することになった。


「こう、まずは自分の魔力の流れを感じ取るの」


「……魔力の流れ?」


「最初は楽な姿勢をとって、体から余計な力を抜くこと。体内を巡る血の動きを意識してみて」


 ローザはファウストの正面に座り、静かに目を閉じる。

 一呼吸置くようにして、ファウストも彼女に倣った。


「心臓の鼓動を感じるの。そこから血の流れを追えば、自然と魔力の気配が分かるはずよ」


 深呼吸を繰り返し、耳を澄ませる。

 やがて頭の奥に、トクリ、と心臓の音が反響した。


「……なかなか筋がいいじゃない。そのまま、血の巡りを意識し続けなさい」


 言われるまま集中を深めると、全身を駆け巡る血潮の軌跡が、次第に熱を帯びて浮かび上がる。

 ふわりと温かな繭に抱かれるような感覚。


「さすが“大英雄”ね。もう、目を開けてもいいわ」


 ファウストがそっと瞼を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは。

 赤、白、そして黒。

 光の奔流が、現実を侵食するかのように揺らめいていた。


「本当に一発で出来るなんて……さすがね」


「これが……俺の魔力」


 光に触れた瞬間、ぱっと眩い閃光が走る。


「アナタが誰を探そうとしているかなんて興味はないけれど――応用すれば、相手を探せるかもしれないわ」


「どうやって……?」


「相手の魔力を思い描くの。身内なら似たような魔力が流れているはずだし、強く願えば可視化した魔力が反応するはずよ」


 ファウストは深く息を吸い込み、瞼を閉じた。

 ――リュドミラ。共に過ごした日々。

 笑顔、声、温もり。

 その全てを強く思い浮かべた瞬間、白い光が激しく脈動し、書斎いっぱいに広がった。


「これは……」


 光は次第に形を変え、大きな翼を持つ鳥となる。

 白銀に輝く羽がひときわ眩しく、ひと振りで風を巻き起こす。


「白……翼……まさか、そんな……」


 鳥は翼を大きく広げ、ふわりと風に乗って舞い上がり――やがて視界の彼方へと消えていった。


「ど、どういうことだよ……」


「……そんな、ありえないわ」


 呆然と鳥の消えた方角を見つめるファウスト。

 その横で、ローザの顔色はわずかに変わっていた。

 彼女には、あの鳥の姿にどこか覚えがあるようだった。


「知ってるんだろ……? 頼む、あの鳥は何なんだ」


 縋るように問いかけるも、ローザは小さく首を振るだけだった。


「……私にも、分からないわ」


「何だよ、それ……。ようやく手掛かりを掴んだのに……」


 差し伸べた手は虚空を掴み、光は遠く消え去った。

 残されたのは、再び失われた希望への虚脱感だけだった。

 

「……ほんと、あの子は厄介事ばかり持ち込んでくる」


 ローザは小さく嘆息すると、本棚へ歩み寄った。

 埃をかぶった分厚い一冊を抜き取り、音を立ててファウストの前に差し出す。


「私から言えるのは一つだけ。――アナタ、自分が何者か理解していないでしょう」


「何者って……どういう意味だ」


「本来、魔力も魔法も神から与えられた特別な力。人間が持っていいはずのものじゃない。なのに、アナタは人間でありながらその力を宿している。それ自体が異常なのに――さらに三色の魔力を兼ね備えている」


 ローザの声音は冷ややかに沈み込む。


「その意味が、分かる?」


「……その、意味?」


 次の瞬間、本は勝手にページをめくり始めた。

 ペラペラと音を立て、やがて一枚の図で止まる。

 そこに描かれていたのは、古びた家系図。


「少し考えれば分かるはず。人間は魔力を持たない。なのに、アナタは生まれながらに魔力を宿していた。――つまり」


 ローザは冷然と告げる。


「アナタは最初から、人間ではなかったのよ」


「……人間じゃ、ない……」


「人間でもなく、魔族でもない。中途半端な存在。――あの子と同じ」


 視線を落とすと、開かれたページには歴代魔王たちの名と肖像が列挙されていた。

 

「……これは」


「この本は、魔界の歴代魔王を記録した大切な書物よ」


 開かれたページには数多の魔王の名と肖像が並び、その中に――見覚えのある名が刻まれていた。


「……ゼルギウス・イェルムヴァレーン……」


 黒衣に身を包み、金色の瞳が鋭く光る。

 だがイリスにはない、黒々とした角が額から伸び、その存在を誇示していた。


「ゼルギウス。先代魔王の名よ。……イリスは正真正銘、その娘」

 

「じゃあ……」

 

「でも、彼女が“先代魔王の娘”として認められることはない。この本に名が刻まれることも、決してない」


「なんで……っ」


 ローザはわずかに視線を歪め、肖像のゼルギウスを見つめる。


「だって、あの子もアナタと同じ。魔力を持って生まれただけの――魔族ではない存在だから」


「それって、どういうことだよ! イリスは……」


「自分が何者かを知りたいのなら、まずはイリスを知ることね」


「イリスを……知る……?」


「ええ。イリスを深く知れば、自分の正体も。……そしてアナタが探す妹の行方も、分かるかもしれない」


 ローザは深く息を吐き、肩を竦める。


「はぁ……本当は頼みごとがあって来たのに、すっかりそんな気分じゃなくなったわ。また近いうちに来るから、その時にお願いするわね」


 そう言い残すと、黒い翼を広げて宵闇の街へと飛び去った。


「イリスが……魔族じゃない……?」


 謎は深まり、ファウストの思考は渦を巻く。

 そのとき、城の中が急に賑やかになった。


「ファウストー! こんな暗いところで何してるの! お腹すいちゃったから、お茶にしよー!」


「あ、あぁ……すぐに準備する」


 慌てて本を閉じ、イリスに気づかれないよう隠す。

 心の奥に重い影を抱えたまま、ファウストは彼女の元へ歩み出した。

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