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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
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エピソード 25

 娘に案内されたのは、町からほど近い場所だった。

 

「こんな近くにいたなんて……」

 

「全然気づかなかった……」

 

 魔力の感知ができるイリスですら、今まで気配を捉えられなかった。

 その事実にファウストも驚きを隠せないでいた。

 

「魔族は、この家の中に棲みついているんです」

 

 娘が指差した先には、傷一つなく手入れの行き届いた綺麗な家があった。

 だがその整いすぎた静けさは、むしろ不気味に感じられた。

 周囲の空気はひどく冷たく、風もないのに木々の葉がざわめき、昼であるにもかかわらず影が濃い。

 

「少し離れていろ……」

 

 ファウストは息を殺し、慎重に家へと足を踏み入れようとする。

 だが、その背後には当然のようにイリスの姿があった。

 

「おい、何してるんだよ」

 

「だって、魔族がいるって聞いちゃったら……魔王として最後まで責任取らなきゃでしょ?」

 

「……はぁー。勝手にしろ」

 

 二人は足音を消し、静かに家の中へと入る。

 だがすでに気づかれていたのか、光の届かぬ部屋の隅では二匹の魔物が身を寄せ合い、まるで小動物のように震え怯えた目でこちらを伺っていた。

 

「…………イリス」


 ファウストの目の前にいたのは、彼にとって見覚えのない魔物だった。

 魔物に詳しいはずのイリスを呼んだが、彼女もその姿を見た途端に首を傾げる。


「この魔物……私も初めて見るわ。ファウストは?」


「いや、俺もだ。初めて見る」


 その姿は一見ゴブリンに似ている。

 だが、どこか違う。

 中途半端に歪んだ形をしていた。


「ゴブリン……ではないな」


「えぇ。ゴブリンなら頭一つ、いや二つは大きいし、牙ももっと鋭く尖ってるはず」


 しかしその魔物は、こちらが近づいても反撃の気配を見せない。

 むしろ無垢な子どものように怯え、身をすくめていた。

 声すらあげず、ただこちらを不思議そうに、恐る恐る見つめている。

 イリスはためらいなく魔物に歩み寄った。


「おい、そんなに近づいて大丈夫なのか」


「大丈夫。……もう少し観察したいの」


 イリスは魔物の姿をじっと眺め、冷静に特徴を拾い上げていく。


「牙は丸く短い……爪もない。それに、痩せすぎているわ」


「何かわかったのか?」


 ファウストが問うと、イリスはしばし沈黙し、思考の果てに小さく呟いた。


「…………魔界の魔物じゃない」


「魔界の魔物じゃないって……どういうことだ?」


「まず、魔力を全く感じない時点でおかしい。それに……魔物にあるはずの特徴が一切ない。――これ、普通じゃないわ」

 

「確かに。なら、コイツらはいったいどこから……。処分はどうする?」


 イリスはほんのわずかに視線を落とし、それから思いのほかあっさりと言い放った。


「――殺して」


「……いいのか?」


「詳しく調べたい気持ちはあるけど……魔界に連れて帰ったところで生きられる保証はないし、得体の知れないものを持ち帰るわけにもいかないでしょ?」


「……お前がそう言うなら」


「――あ、でも片腕ずつは残しておいてね」


「仰せのままに」


 ファウストはゲートの魔法を展開し、そこから魔剣を呼び出す。

 刃が現れると同時に、二匹の魔物は怯えたように身をすくめた。

 だが、最後まで抵抗の素振りはなかった。

 まるで自分たちが何をされるのか理解できていないかのように、ただ無垢な目でこちらを見つめていた。

 ファウストは一瞬だけ目を細める。

 次の瞬間、躊躇なく踏み込み、魔剣を振り下ろす。

 鈍い音とともに心臓を潰し、続けざまに刃を横薙ぎにして首を刎ね飛ばした。

 血飛沫が床を汚す中、魔物たちは最後まで悲鳴すら上げなかった。

 その静けさは、かえって不気味な余韻を残す。

 

「何の抵抗もしなかったわね」


「あぁ。俺たちが知らないところで……何が起きてるんだ?」

 

 残された腕を回収し、ファウスト達は家の外へ出る。

 家の外では、娘だけでなく市場で働いていた人々までもが集まっていた。


「おい、旅人! この家に棲みついてた魔物はどうしたんだ!」


「兄ちゃん達がやっつけてくれたのか?」


「国の騎士どもは何もしてくれなかったのに……ありがとな!」

 

 歓声が広がり、人々は口々に二人を讃えた。

 だが、その目の奥に混じるのは感謝ばかりではない。

 血に濡れた剣を握るファウストの姿に、誰もが一瞬だけ息を呑んでいた。

 中には子どもを抱き寄せ、視線を逸らす母親の姿もある。

 ファウストとイリスは人だかりに囲まれ、身動きが取れないまま次々と感謝の品を押し付けられた。

 両腕に抱えきれないほどの手土産を受け取り、ようやく解放されたときには二人ともどこか疲れた表情を浮かべていた。


「あのっ! 本当にありがとうございました!」


 娘が深々と頭を下げる。


「あ、いや……出来ることをしただけだ」


 ファウストは視線を逸らし、少しばつの悪そうに答える。


「ふふ……素直じゃないわね」


 イリスが横でからかうように笑い、ファウストは肩をすくめるだけだった。

 娘と別れた後、ファウストはふうと長い息を吐いた。

 両腕に抱えた荷は重く、心なしか肩もこわばっている。

 ファウストはゲートの魔法を開き、山のような手土産をまとめて魔王城へ送り込んだ。

 

「……やっぱり、こういう人助けをしてるときのほうが、アンタは似合ってるんじゃない?」


 イリスは嬉しそうに、子どものような笑みを浮かべてファウストを見上げる。

 そんなイリスに対し、ファウストは怪訝な表情を浮かべる。


「お前は、俺がこの世界に戻ってほしいのか?」


「っ、そういう……訳じゃないけど」


 ファウストの問に、イリスは思わず言葉を詰まらせた。


「……俺は、お前から心臓をもらって、お前の傍にいる事を誓ったんだ。おかしなこと、あまり言うなよ」


「………………」


 イリスはふっと視線を落とし、言葉を失う。

 その沈黙を破るように、ファウストが手を差し伸べた。


「ほら、一緒に帰るぞ」


「…………バカじゃないの」


 そう呟きながらも、イリスはその手を取る。

 二人は並んでゲートを潜り、魔界へと戻っていった。

 

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