表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編 ①
20/44

エピソード 19

「やめろ…………ッ!」


 ファウストは全身を震わせ、抱きついてくる“妹の姿”を強く突き飛ばす。

 そして、胸の奥から込み上げる激情に駆られるように、呪文を唱えた――。

 

「ゲート、宝物庫。ヴァルグリムッ!」

 

 ファウストが低く呪文を唱えると、空気が濁りはじめ、黒い霧がその場に湧き上がった。

 霧の中で何かが蠢き、やがて鉄製の重厚な扉がひとつ、ひんやりとした存在感を伴って現れる。

 ファウストは無言で手を翳した。


 ギギギギィッ―――。


 錆びた軋む音が一帯に響き、扉がゆっくりと開く。

 内部からは禍々しい光が漏れ、ファウストはその影の中から一本の魔剣を引き抜いた。

 剣身は黒曜のように深く、刃の周囲からは不穏な気配がうごめいている。

 黒い剣身が空気を切り裂いた瞬間、店内にいた客たちの肌が一斉に粟立った。

 誰もが息を呑み、思わず後ずさる。

 その剣に触れただけで魂を削られるような錯覚を覚え、視線を向けることすら恐ろしい。

 ざわめきは広がり、数人のインキュバスは本能的に距離を取った。


「お前っ! 魔剣を取り出すなんて卑怯じゃねぇか!」


「イリスには許可を取ってある。宝物庫のものは好きにしていいってな」


 ファウストは剣を握り、最終警告を告げるかのように剣先をアレクへと向けた。

 剣先に映るのは、氷のように冷えた決意。


「さっさとその変身魔法を解け。これ以上その姿でおかしなことをするなら――その大事な顔を斬り落とす」


「なんでそんなに怒ってんだよ! わかったっ、わかったから、元の姿に戻るってば……」


 アレクの声は急にか細くなり、しぶしぶ手をひらつかせる。

 だが、その動きに店内の空気はまだ震えていた。

 

「ったく……これでいいだろ?」


 アレクは深くため息をつきながら、渋々と元の姿へ戻した。


「……次は無いからな」


 ファウストの声音は低く、剣先はまだ揺るがない。

 その冷たい眼差しに射抜かれ、アレクは苦笑を浮かべながら一歩、二歩と後ずさった。

 黒い魔剣が放つ禍々しい気配に、部屋の空気はしばし張り詰めたまま。

 やがてファウストは静かに剣を下ろし、霧の中の扉へと収めていった。

 ファウストに執拗に迫るこの男――アレク。

 この繁華街をローザと共に取り仕切る、インキュバス族の長である。

 通常、サキュバスやインキュバスは「自分が気に入った精気」を狙い、その味を貪るものだが、アレクは違った。

 好みなど一切関係なく、ありとあらゆる精気を集めては喜ぶ。

 いわば“精気コレクター”であり、その偏執的な収集癖から『モノ好きアレク』などと揶揄されている。

 そんな彼にとって、元大英雄ファウストの精気は垂涎の的だった。

 どんな味がするのか。

 その興味を抑えきれるはずがない。

 喉から手が出るほど欲していたアレクは、ファウストの周囲を常に嗅ぎ回り、今のように「少しでもいいから」と縋りつくのが日常茶飯事となっていた。

 これまでに数々の迷惑を被ってきたファウストの我慢も、とうに限界に達していた。

 だが、相手は繁華街の長を務めるインキュバスの頂点。

 そう易々と排除することもできず、鬱憤を抱え続けていたのである。

 店内の客たちは、好奇心に駆られて騒動の中心へと群がり始めていた。

 

「おい見ろ、あの剣……!」

 

「魔王の宝物庫から出されたって噂の……」

 

「本物の英雄はやっぱり格が違うな」

 

 野次馬の輪は狭まり、熱気と冷気が入り混じり、空気は一触即発の緊張に包まれていく。

 そのとき。


「……店の中で揉めるなんて、営業妨害で訴えてもいいのよ?」


 低く艶のある声が割って入り、場の熱を一瞬で冷ました。

 振り返れば、飽きれ顔のローザが腰に手を当てて立っていた。

 彼女が姿を現すと同時に、場にいたサキュバスたちが一斉に背筋を伸ばす。

 インキュバスたちも思わず視線を逸らし、空気が一段落ち着く。

 艶やかでありながらも容赦のない支配力。

 繁華街が彼女の掌の上にあることを、誰もが思い出す瞬間だった。

 ローザの登場に、アレクは面倒くさそうに眉をしかめる。


「アレク。大通りの一部の店の売上が落ちてる件。見直せって言ったわよね? 確か今日、その報告を聞けるはずだったと思うんだけど?」


「……あ。やべ」


 肩をすくめるアレクに、周囲のサキュバスたちからくすくすと笑いが漏れる。


「ファウスト」

 

 今度はローザがファウストへ視線を向けた。

 

「依頼されていた薬、出来てるわよ。子供の相手なんてしていられないから……早く主人を連れて帰ってちょうだい」


「……あぁ。今回も急な依頼をして悪かった」


「本当よ。この魔界で、急な調薬で私を振り回せるのは、アナタだけなんだから」


 ファウストは受け取った小瓶を手に取り、薬代を支払おうと腰の袋に手を伸ばす。

 だが、その手をローザがすっと制した。

 

「今回の支払いは要らないわ。その代わり、次に私がアナタにお願いしたことは、絶対に受けてもらう」


「…………それは、絶対にか?」


「えぇ。絶対によ」


 ファウストには、それが厄介ごとに違いないと分かっていた。

 しかし今回の騒ぎでローザに迷惑をかけたのも事実。


「分かった」


「近いうちにお城にお邪魔するわ」

 

 借りを作ったまま背を向けることはできず、渋々頷くしかなかった。

 そうしてファウストはイリスを連れ、騒がしい繁華街を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ