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貴族令嬢は婚約者を捨て、自由を手に入れる。

作者:

私の名前はリリアナ・グランシア、グランシア子爵家の長女。金色の髪と青い瞳は、母譲りだとよく言われる。18歳になったばかりの私には、幼い頃に決められた婚約者がいる。



伯爵家の長男、レオン・ハインケル。黒髪に緑の瞳、整った顔立ちと自信に満ちた態度は、多くの女性を惹きつける魅力があるとされている。私はレオンをグランシア家の屋敷の客間に呼び出した。



重い扉が開き、彼が堂々と入ってくる。いつものように自信たっぷりの笑みを浮かべ、何も隠し事がないかのような顔だ。



「レオン様、あなた、浮気していますよね?」



ソファに腰を下ろしたまま、静かに切り出す。声は落ち着いているが、目は彼を逃さない。彼はわずかに眉を上げ、すぐに笑みを深める。



「何を言っているんだ、リリアナ?」



軽い口調で、まるで冗談のように受け流す。



ならば、私も軽いジャブから始めましょう。



「2日前、背の高い美しい女性と街を歩いていましたよね。ずいぶんと親密そうでしたけど?」



私の言葉に、レオンの目が一瞬揺れる。しかし、すぐにいつもの調子を取り戻す。



「ああ、あの娘は友人の妹だよ。兄への贈り物選びを手伝ってほしいと頼まれただけさ。それだけだ!」



「では、先日夜の街で、娼婦のような女性の肩を抱いて歩いていたのは、どう説明なさいます?」



「あれは、たまたま通りかかった女性がめまいを起こして倒れたんだ。偶然居合わせた私が、休める場所まで介抱しただけさ。」



レオンは両手を広げ、無実を装う。よくもまあ、しらじらしく次から次へと口から出まかせを並べるものね。勝ち誇ったつもりでしょうが、何を勘違いしているのかしら? 私があなたの女癖の悪さに今まで気づいていなかったとでも?



「リリアナ、僕の濡れ衣は晴れたかな?」



「濡れ衣……ですか」



呆れたことを。その余裕の表情、すぐに屈辱で歪めて差し上げますわ。私はさらにいくつか質問を重ねる。



―――――街の劇場で若い女優と密談していたのは?



―――――社交会で親しげな女性と途中抜け出したのは?



―――――日中、貴族の娘と手をつないで歩いていたのは?



彼は平然と答えを返す。テーブルに置かれたコーヒーを優雅に味わいながら、



―――――劇場では今後の催しについて情報交換しただけ



―――――気分が優れないようだったから家まで送っただけ



―――――手をつないで歩いていたのはただの親睦だと。



次から次へと、雑にあしらうような言い訳が飛び出す。最後の言い分に至っては、言い訳にすらなっていない。だが、その程度では浮気を断定するには不十分。仮にも相手は伯爵家。確証がなければ、うやむやにされるのがオチです。



ではそろそろ、ストレートを打ち込むとしましょう。



「では、昨夜、男爵家の娘と宿で密会していたのは?」



私の言葉に、レオンの表情から初めて余裕が消えた。コーヒーを口に運ぶ手が、わずかに震える。私は口角を上げ、ニヤリと笑う。



「どこぞの貴族よろしく、男女で宿に泊まって何もなかった、などと言うつもりですか?」



軽く微笑みながら、言葉に詰まったレオンを見つめる。



「それは君が直接見たのか?」



「いいえ、親しい知人から聞きました。」



「そうか。」



その瞬間、レオンの表情に再び余裕が戻る。



「長年の付き合いで、僕の婚約者であるリリアナが直接見たのなら話は別だが、人の見間違いかもしれないだろう? よければ、その知人が誰か教えてくれ。今ここに連れてきても構わないよ。」



レオンが嫌らしい笑みを浮かべる。



そうきましたか。やはりこの男、性格が悪いわ。次期伯爵家の当主に対して、浮気しているなどと口にできるのは、私のような婚約者か、彼より爵位の高い者くらいでしょう。



生憎、私に情報を教えてくれたのは侍女や伯爵家より下の貴族たち。名前を明かせば、間違いなく圧力をかけるつもりね。ここに連れてきたとしても、私がいても彼の無言の圧力に屈してしまうでしょう。



「どうした、リリアナ? 証人を連れてこないのかい? 日を改めても構わないよ。僕は誠実な男だ。後ろめたいことなど何もないさ。」



レオンは気持ちよさそうに、得意げにまくしたてる。すっかり上機嫌のようだ。ふん、まったく、どこまで想定通りなのかしら。私は一瞬沈黙し、彼の余裕に満ちた顔をじっと見つめる。そして、ゆっくり口を開く。



「公爵家の令嬢、エリス・マリンベル様をご存じですよね?」



私の言葉に、レオンが不思議そうな顔をする。



「無論、知っている。だが、それがどうした?」



「実は、私、エリス様とは面識がありまして、こう見えて友人と言える間柄なのです。」



「だから、それがどうしたんだ?」



レオンの表情に困惑が滲む。私は淡々と、しかし鋭く続ける。



「エリス様、最近、身ごもられたご様子でしてね。お相手は仰りませんでしたが、友人である私に相談にいらしたのです。」



その瞬間、レオンの顔に動揺が走る。何か心当たりがあるかのように、目を見開き、額に汗が滲み始める。



「おかしいですよね。エリス様はこれまで婚約者もおらず、男性と親密なお付き合いをしたこともないと仰っていたのに。」



私は静かに微笑みながら、言葉を重ねる。レオンの顔から余裕が消え、焦りがはっきりと浮かぶ。



「レオン様、何かご存じありませんか?」



「し、知らない!」



レオンが焦った様子で声を上げる。額に滲む汗が、彼の動揺を隠しきれていない。



「そうですか。調べればすぐに分かることですよ。ちなみに、この話は今のところ私しか知らないようです。どうなさいますか? 私なら、エリス様に秘密裏にお子を堕させる手配もできますけど?」



私が静かに、しかし鋭く切り込むと、レオンが一瞬びくりと震える。何かを言いかけたその瞬間、私は彼の言葉を遮るように声を重ねる。



「まあ、でも、レオン様は無関係でしたよね? 調べればすぐに分かりますが、エリス様と男女の関係なんて、一切なかったんですものね。そんなレオン様が、公爵家の令嬢に子を堕ろせなどと口にできる立場ではないですよね? ねえ!」



最後の「ねえ!」をやや声を張り、挑発するように言い放つ。レオンの顔は青ざめ、言葉を失っている。私は冷静を装いながら、ゆっくりと席を立つ。そして、音もなく彼の背後に回り込み、そっと耳元で囁く。



「相手は公爵家の令嬢ですよ、レオン様。浮気は頑なに否認なさるのに、行為に及ぶ際の避妊はおざなりにされるのですね。」



私の声は静かだが、刃のように鋭く彼の耳に突き刺さる。レオンの肩が小さく震え、反論の余地もない様子で固まっている。



「レオン様、一つ提案がございます。」



私は静かに、しかし鋭く切り出す。レオンが動揺を隠しきれず、声を上げる。



「提案だと?」



「はい、簡単なことです。今ここで、私との婚約解消をお約束ください。そうすれば、私はこの件を一切口外しません。あなたは責任を取ってエリス様を娶ればよろしいだけです。お互い都合がいいことに、私たちの婚約は内輪で決めたもので、公には発表されておりませんから。」



私の言葉に、レオンの顔が一気に青ざめる。勢いで行為に及んだとしても、エリスを妻に迎える気はないのだろう。失礼ながら、エリス様はレオンの好む容姿ではない。



「私がエリスを…嫁にだと!?」



「あら、呼び捨てですか? 公爵家の令嬢でいらっしゃいますよ。」



私は冷ややかに指摘する。レオンは慌てて言い直す。



「エリス様は、確かに素晴らしい女性だが…私には君がいる! 君と私の仲ではないか!」



必死に取り繕うその言葉に、私は内心で冷笑する。レオンはどうしても私との結婚にしがみつきたいらしい。だが、見境なく女性と交わり、挙句、公爵家の令嬢に子を宿させたのは他でもないレオン自身だ。



「エリス様はあなたを心から愛していらっしゃいますよ。ただ、あの方は、私から見ても少々愛が重い方です。もし私とレオン様が婚約していた事実を知れば、烈火のごとく怒り狂われるでしょう。」



私は静かに、しかし刺すような視線でレオンを見つめる。過去に何度も、レオンの他の女性との親密な関係を両親に訴えたが、真剣に取り合ってもらえなかった。



やっと、やっとこの忌まわしい婚約を解消できる。私は昔からこの男が大嫌いだった。伯爵家の跡取りという肩書ゆえ、表向きは礼儀正しく、人間性も優れているなどと評されるが、その本性は腐りきった性悪男だ。



私の容姿にのみ価値を見出し、親の権力を利用して無理やり婚約者に仕立て上げたような男。こんな人間と、これ以上連れ添うつもりはない。



両親はレオンの表向きの人間性しか知らないからだろう。私に対しても、礼儀正しい仮面しか見せない。だが、彼の滲み出る性悪さは、普段の言動から嫌でも伝わってくるのだ。



けれど、今日でこの男ともおしまいだ。私の完全勝利です。




「レオン様、ご安心ください。両親には私から納得のいく説明をしておきますので。」



私はそう言い放ち、固まるレオンを横目に、優雅に部屋を後にした。



☆☆☆


その後、場所は変わって、とある社交会。華やかな会場には、貴族たちが集い、色とりどりのドレスと笑顔がきらめいている。



私は並べられた料理を軽くつまみながら、知人たちと談笑している。



そこへ、公爵家の令嬢、エリス・マリンベル様が姿を現した。



「エリス様、ごきげんよう。」



私はスカートを軽く持ち上げ、優雅に一礼する。内心では、彼女の登場にほくそ笑む。



「リリアナ様、ごきげんようですわ! 実は、あなたに伝えたいことがございまして。まだ、あまり大きな声では言えないのですが…」



エリス様はそう言うと、そっと私の耳元に囁く。



「実は、伯爵家の殿方と婚約が決まりまして。」



その言葉を聞いた瞬間、私は内心で微笑む。どうやら、すべてが私の思惑通りに進んだらしい。だが、表面上は驚きを装い、穏やかに応じる。



「まあ! それは本当におめでとうございます!」



エリス様は頬をほのかに染め、嬉しそうに続ける。



「リリアナ様のご相談に乗っていただいたおかげですわ。最近、彼からの連絡が途絶えていたのですが、昨夜急に連絡が入りまして、それで…」



彼女の顔は幸福に輝き、頬はさらに赤らむ。私は微笑みを浮かべ、相槌を打つ。



「それは素晴らしいことですわ、エリス様。」



そうして会話をしていると、エリス様は他の貴族に声をかけられ、別の場所へと移っていく。



「で、ではまた!」



エリス様が少し慌てた様子で去りながら言う。私は軽く会釈を返す。彼女の幸せそうな背中を見送りながら、会場のにぎわいの中でふと立ち止まる。



これでやっと、縛られていた鎖を断ち切り、自分達の道を歩める。



私はそっとお腹に手を当て、考える。



―――――あら 少し、大きくなったかしら?





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