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美少女戦士ヨシコ

作者: 光太朗

 私立グリセリン小学校。

 この小学校には、だれもが知る、しかしだれも知らない、『秘密』がある。



   *



「好きです、つ、つ、付き合ってください!」

 一村一郎は、うわずった声で、それでもはっきりと思いを告げた。

 告げられたのは、グリセリン小学校でも有名な美少女、花水木ヨシコ。体育館裏に来るまでは笑顔のはずだった彼女は、高い位置で二つに結んだ髪をちらりと揺らして、困ったような顔をした。

 その表情だけで、一郎には今後の展開が見えた。はっきりと、明確に。

 それでも、いまさら引くわけにはいかない。

「ゴメン、あたし、一郎くんとは付き合えないよ」

 予想通りの答えが返ってきて、一郎はヒザをつく。ショックではあるが、こうなるような気はしていた。

 わかっていても、伝えたい思いだったのだ。

 親の仕事の都合で、転校を繰り返すこと八回。五年生にして、初めての恋。

 またいつ、転校になるかわからない。それならば思いを告げようと、かたく決意していた。

「ど、どうしてですか」

 ブロークンハートを押さえつつ、問う。ついでに、簡単にはあきらめない決意もかためていたのだ。

「あたし、秘密があるの。誰にもいえない秘密。お付き合いなんて、できないよ」

「秘密」

 一郎は、口の中でつぶやいた。

 グリセリン小学校には、『秘密』があるらしいという噂は耳にしていた。だれもが知るものの、知らないことになっている、公然の秘密というやつらしい。

 転校して間もない一郎には、それがなんなのか知るよしもない。クラスメイトや先生たちに聞いたところで、知らないの一点張りだ。

 それが、この美少女に関係あるのだろうか──一瞬そんな考えがよぎるが、さすがにそれはないだろうと思い直す。

「秘密なんて、気にしないです。あの、ボクのこと、キライですか?」

 一郎は、なおも食い下がった。しつこいと嫌われるとか、ウザがられるとか、そういう思考はなかった。押せ押せ一本勝負。

 ヨシコは、首を振った。

「キライだなんて、そんな。むしろ……」

 言葉を切り、いい淀む。一郎の目には、漂う甘い空気が見えたような気がした。

 キライではなく、むしろ──とくれば、答えはひとつしかないではないかと、否応なく期待が高まる。

 しかし、続きは声にならなかった。

「きゃ────!」

 けたたましい悲鳴が、体育館裏まで届いた。一郎はびくりとし、思わずあたりを見回す。尋常ではない様子の悲鳴が、続いて複数聞こえてくる。

「な、なにが……」

 情けないことに、声は震えていた。校庭まで様子を見に行くべきなのかもしれないが、身体が動かない。

 放課後の小学校に変質者、危険な午後の小学校──等々、さまざまな文句が脳裏をよぎった。

 しかし、ヨシコには慌てた様子はなかった。それどころか、ぎりりと歯噛みをし、

「ゾンガーイだわ!」

 謎の単語を口にした。

「ぞ、ぞんがーい……?」

「ヨシコ! 大変チュピ!」

 目を白黒させる一郎とはまったく異次元のテンションで、ヨシコのピンク色のランドセルから小動物が飛び出す。

「え、ハムスター?」

「失礼チュピ! チューピーチュピ! 空気読めチュピ!」

 ハムスターらしき小動物は、つぶらな瞳でそう抗議した。ハムスターとの違いは、背でパタついている小さな羽だ。人語を操るというのもハムスター離れしすぎている。

「ヨシコさん、これはいったい……」

「チューピー! ゾンガーイが出たわ! 変身よ!」

 ヨシコの目には、すでに一郎は映ってはいないようだった。聞き捨てならないセリフとともに、右手を高々と掲げる。

「了解チュピ!」

 チューピーがくるりとまわり、口を開ける。そこから、チューピー自身の大きさを完全に無視した、手のひらサイズのコンパクトが飛び出した。高く上げた手でそれをキャッチすると、ヨシコの身体が虹色に輝き出す。

「ヨシコ、行きます! チェィンジ、メタモルマリリンパ──!」

 どこからともなく流れるバックミュージック。ヨシコの全身がシャララランと光を帯び、彼女がゆるりと三回転する間に『変身』は完了した。

 ピンクのトップスにデニムのスカート姿だったはずのヨシコの衣装は、いまやグリーンとオレンジのコントラストがまぶしい、ミニスカ仕様のヒラヒラに変わっていた。高い位置でまとめた短めのツインテールがふわりと揺れ、首もとには赤いブローチ。白い手袋とブーツはどちらもロングだったが、絶対領域はかたくなに確保。

「夢を照らす愛とか希望の星! 美少女戦士ヨシコ、参上!」

 決めゼリフを叫び、ポーズ。チューピーが肩に飛び乗り、光が消える直前に便乗してポーズをとった。

「チュピ!」

 ここで、音楽も鳴りやむ。計算され尽くされた変身シーンだ。

 一郎は、一ミリも動くことができなかった。

 秘密、という単語が頭をよぎる。これがまさか、彼女の──ひいてはグリセリン小学校の秘密ということなのだろうか。堂々と目の前で変身しておいて。

「ヨ、ヨシコ、さん……?」

 そうこうしている間にも、校庭からの悲鳴は激しさを増す一方だが、ここははずすことのできないプロセスなのだろう。ヨシコはたっぷり十数秒ポーズをとり続けた。

「あたしはヨシコさんではないわ。美少女戦士、ヨシコ! さあ、あたしが来たからにはもう安心よ! 逃げて、一郎くん!」

 どうやら、いま駆けつけたという設定らしい。一郎はよろめいたが、とりあえずつっこみは言葉にならなかった。なにはともあれ、ヒラヒラの衣装がヨシコに非常に似合っており、止める必要性は感じられなかったのだ。

「さあ、いくわよ!」

 美少女戦士ヨシコは跳躍すると、校庭に向かって走り出す。

 逃げるべきかと逡巡しつつ、結局一郎もあとを追った。



 校庭では、巨大な勉強机が暴れていた。ぎょろりとした大きな目、そのすぐ近くにまで迫る口。飛び出した金属製らしき手足を振り回し、教科書を逃げまどう少年少女に投げつけている。

「な、なんだあれ……」

 一郎は驚愕したが、グリセリン小学校の児童たちは驚きはしていないようだった。むしろ慣れた様子で逃げる姿も多い。逃げ遅れた少年少女は巨大机に捕まり、強制的に勉強をさせられていた。泣きながら教科書を読み上げるものや、鉛筆を走らせるもの、様々だ。

「おーほほほほん! 放課後にさっさと帰るなんて言語道断! 悪の組織ゾンガーイのゴールデン・ツリー様が、お勉強させてあげましてよ!」

 巨大机の肩らしき部位に仁王立ちし、異様に露出の多い真っ赤な衣装の女性が叫ぶ。どこかで見たことのあるような顔だと思うものの、一郎はどうしても思い出せなかった。そもそも、ゴールデン・ツリーなどという名の人物に心当たりはない。

「さあ、よい子のみんな! 復唱なさい! ゾンガーイの心、ひとーつ! 挨拶を徹底しよう!」

 ゴールデン・ツリーが叫ぶと、巨大机に捉えられている少年少女は叫び始めた。

「挨拶を徹底しよーう!」

 洗脳されている様子はないが、身体の自由は利かないらしい。無理矢理いわされているようだ。

「ひとーつ! 学校には休まず行こう!」

「学校には休まず行こーう!」

「ひとーつ! お年寄りには敬意を払おう!」

「お年寄りには敬意を払おーう!」

「く、なんて卑劣な……!」

 ヨシコがぎりりと歯噛みした。一郎は真剣に考える。至極まっとうなことをいってるような気がするんですが、とはなんとなくいえない雰囲気。

「今日も今日とて悪事をはたらくゾンガーイ! このあたしが来たからには、好きにはさせないわ! 月に代わってとっととお家に帰りなさい!」

 いろいろ混ざっていた。けれど一郎は、懸命に口をつぐんだ。

「来たわね、美少女戦士ヨシコ! 毎度毎度アタクシの邪魔をして──! でも今回は負けなくてよ! さあ、ツクエーン、やっちゃいなさい!」

「ツクエエエエン」

 ゴールデン・ツリーが叫び、ツクエーンという名らしい巨大机が吠える。投げつけられた教科書を、ヨシコはひらりと跳んでかわした。

「勉強させようったって、そうはいかないんだから!」

 白熱のバトルだ。

 完全なる置いてけぼり感をかみしめつつ、一郎はぼんやりと戦いを眺める。

「ヨシコ、このままじゃいけないチュピ! ピッコリンソードを使うチュピ!」

 鬼気迫る様子で、チューピーが叫ぶ。ヨシコはくるくるとまわると、両手を空に向かって高く上げた。

「ピコピコー、ピッコリン!」

 叫び声と同時に、またもや流れるバックミュージック。虹色に光輝き、ヨシコの手にハンマー状の武器が現れた。少なくともソードではない。

 中央には眩しいばかりのハートマーク、ハンマー部分は金属ではなく、赤くやわらかそうな素材でできている。

「ピコピコハンマー!」

 さすがに一郎は叫ばざるを得なかった。

「違うわ、一郎くん! ゴルディオン的なものよ!」

「それはそれで!」

 ありなのだろうか。しかし、もはや一郎の感覚も麻痺していく一方だ。

「ふふん、そんなものであたくしたちに勝てると思ってるの? ゾンガーイは存外に強いのよ!」

「存外に」

 一郎は唸る。なるほど、深い。

 たしかに、ゴールデン・ツリーのいうことももっともだった。ピッコリンソードを手にしたところで、ツクエーンとのサイズの差は超えられるものではない。どうする、ヨシコ! とかだんだんその気になってきて、一郎は手に汗握って美少女戦士を見守る。

「甘いわね、ゾンガーイ! 行くわよ! 巨大化──!」

 ヨシコは、とんでもないことを叫んだ。

 およそ美少女戦士らしくない効果音を響かせつつ、現実に巨大化していく。ズモモモモ。

「ヨ、ヨシコさ……じゃない、美少女戦士ヨシコさん、巨大化まで? あの、一体、なんなんですかっ?」

 どうしようもなくなり、思わず聞いてしまう。スルーされるかと思ったのだが、巨大になったヨシコはにこやかに一郎を見下ろし、爽やかな笑顔を見せた。

「あたしの両親がね、昔流行ったアニメとかの大ファンだったのよ」

「それだけでは超えられない一線を超えてますよね?」

 まっとうな意見は、もはや意味を成さなかった。巨大ヨシコはピッコリンソードを構え、力の限り振り下ろす。

「ほとんど必殺! ピッコリンアターック!」

 ズシャァ──ソードで切った的な音をたて、ツクエーンがまっぷたつに割れる。断末魔の叫びを残し、巨大机は砂へと姿を変え、校庭にはごく普通サイズの机と、転がり落ちたらしいゴールデン・ツリーとが残った。

「く……美少女戦士ヨシコめ! 覚えてなさい!」

 捨てぜりふもしっかりと残し、ゴールデン・ツリーは校舎へと逃げ込んでいく。

 強制的に勉強させられていた少年少女も解放され、彼らはそろってヨシコに礼を告げた。ありがとう、美少女戦士ヨシコ。助かったよ、美少女戦士ヨシコ。等々。

「超、スッキリ!」

 巨大ヨシコがポーズを決める。

「ええと……」

 一郎は言葉を探した。なんといえばいいのかわからなずぎた。

 ヨシコだけではなく、この学校内の全員の、手慣れた感じはなんなのだろう。

 そのうちに、巨大ヨシコの首元にある赤いブローチが、ピコーンピコーンと鳴り出した。巨大ヨシコの身体が再び輝き、風船がしぼむように通常サイズに戻っていく。

「さ、これでもう安心ね! あたしはこれにて……ドロンッ!」

「チュピ!」

 そんな言葉を残して、校舎のなかへと姿を消す。それからすぐに、ランドセルを背負った花水木ヨシコが出てきた。

「だいじょうぶだった、一郎くん?」

 あたしは何もしてないわ的スタンス。うん、と一郎はうなずく。それが精一杯だ。

「さあさあ、そろそろ下校時刻よ。みんな早く帰りなさい」

 校舎から、赤いスーツの教師が顔を出した。児童たちは返事をしつつ、バラバラと帰って行く。

「さようなら、金木先生」

 ヨシコもにこりと笑って、校門へ向かう。

「あ、さようなら、金木……かね……ゴールデン……?」

 一郎は重大な何かに気づいたが、気づかなかったことにして、さっさと帰ることにした。



「今日は大変だったねー」

 帰り道、何食わぬ顔で、ヨシコがいう。

 成り行きとはいえ、途中までの帰路を一緒に歩くことになった一郎は、背筋をのばしてギクシャク歩いた。いろんな緊張に支配されそうだ。

 驚くことはたくさんあった。彼女の秘密は、一郎の想像をはるかに超えるものだった。

 しかし、だからといって、彼の気持ちが変わるということはなかった。

 むしろ、アリだ。

「あ、あ、あの、ヨシコさん」

 意を決して、名を呼ぶ。

「なあに?」

「あ、あの……! ぼぼぼぼぼく、やっぱり、あなたのことが……す、好きです! それで、その……」

 もじもじとうつむく。ヨシコはじっと、待ってくれている。

 一郎は、深呼吸をした。色々ありすぎて大変な思いをしたが──だからこそ、いまなら、もう一押しできるはずだった。

「さっきの! そ、その、『キライだなんてむしろ』、の続きを、聞かせてください!」

 真っ赤な顔で、いいきる。

 ヨシコは、小首をかしげた。そんなこといったっけ、という顔。

 それでも一郎は、辛抱強く待つ。

 やがてヨシコは、ああ、と手を打った。

「あたしが一郎くんのことどう思ってるかって話? キライなんかじゃないよ。キライっていうよりね、むしろまったく興味ないっていうか、アンタだれ、って感じかな」

 極上の笑顔だった。

「そ、そうですか」

 なんかすみません、と一郎は謝った。



   *



 私立グリセリン小学校。

 この小学校には、だれもが知る、しかしだれも知らない、『秘密』がある。

 帰宅した一郎に、今日はどんなことがあったのかと母親が問うたが、一郎は首を左右に振り、まったく全然何もなかったよ、と虚言を吐いた。 







読んでいただきありがとうございました。

愛田美月さまのブログ、『美月のお家』1万ヒット記念リクエストとして「美少女戦士」をリクエストしたところ、大変素敵なイラストを描いていただいたので、それを元に物語を構成しました。

愛田さま、ありがとうございます!!


愛田さまのイラストは、

HP『美月の館』 

http://mitukinooutihego.blog.shinobi.jp/

ブログ『美月のお家』

http://mitukinoyakata.okoshi-yasu.com/

等々よりご覧いただけます。



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[一言] 存外に、ツクエーンがツボでした。みんな、寝る前には歯を磨こう!
[一言] 好きっ!!! あっと、違うけど、違わないけど!(笑 光太朗さまワールド全開で、笑いを堪えるのに大変でした~♪ 頑張ったね、一郎くん。ってゆーか、ママンには……言えないわなぁ(笑 すんごく楽…
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