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シュナの洞窟

 ある人々が、生きた洞窟、食物を運ぶ蠕動運動をする動物の消化管のような動きをする洞窟の中に住んでいた。痩せた村だが賢い人々が多く、明かりも差し込むためなんとか暮らせていた。だが魔物が多く、ある理由によってここを訪れるものも少なく、子どもが少ないことにも困っていた。


 その村の優秀な戦士のアドは、人望が厚く聖人ともされたが、その妹に常に困らされていた。賢い人々が多い村なので、足手まといに対する視線は厳しい。幼いころは過保護だった兄も、次第に人々の目をみて彼女に強くあたるようになった。

「お前には力がたりない、勉学もたりない」

 兄にむかしから厳しくしつけられていた妹のシュナ。どうしてこんな場所に集落があるのか、昔話では村がまるまる“怪物”に飲み込まれてしまった。といってもこれはある食人ダンジョンの内部であるという。といってもこの洞窟の外を見た事のない人々は、ただそういう昔話を信じていただけである。


 天真爛漫な少女シュナは人々にいじめられてもふざけてからかわれても気にしなかったし、だからこそ日に日にアドの言葉はつよくなっていたが、アドはその度にシュナを避けるようになっていた。シュナは、剣術や魔法の訓練を欠かさなかったし、知識を蓄えることも欠かさなかった。しかし元来の才能がないためか、なかなか彼女は成長ははかどらなかった。


 ある時シュナが、兄のアドにこんな事をいいだした。

「三つ目のネックを超えたわ!」

 ネックというのは、蠕動運動の狭まる地点のことである。四つのネックがあるが、その四つ目は誰もが超えることができたがその先に進むことができなかった。出口らしき光は遠くにみえるのみである。言い伝えでは、二つ目をこえさえすれば、一つ目のネックは難関ではないという。


「バカな事をいうな、俺に嫉妬しているのだろう」

 アドは軽くあしらったが、シュナを見てどこかで彼女が自分のしたことを本気で信じているのだとおもった。アドは三つ目のネックを超えかけたことがあったのだ、すんでのところで村に魔物がでて、戻らなければならなかったが超える実力はあると思われた。

「でも、私みんなのために」

「いい、お前はもう挑戦をするな、人より秀でたことがあると思うな!」

 アドは初めて、自分の中に彼女に対する嫉妬心や恐怖が生まれたのを感じた。と同時に、これまでは皆のつらい視線から守るために一番強くあたってみせる演技をして、裏であやまかしてはいたが、今度ばかりは本当にあたってしまった。


 それから、彼は妹の訓練や座学をよく観察するようになった。問題があれば、メモを残し、名前を残さなかった。家族は他にいなかったため、妹は二人での食事の際に祖父が現れてメモを残しているのだといっていたが、やはりこの子は少し知恵が足りないのだと思うばかりだった。


 一方シュナの方は、このことでさらに自身をもつようになった。わずかばかりの友人がおり、メリという仲のいい少女もいたが、彼女も背中をおしてくれていたが、ある夜のこと、小さな花畑の中で、メリはシュナにつげた。

「あなたは、もう少し素直になるべきよ、メモの人に教えを乞うべきよ」

「え?」

「本当は、そんな事したくないんでしょう?だって伝説では、外の世界には危険があり、初めに外にふみだしたものは傷を負うと書かれているわ」

 シュナは一瞬ためらい、そして答えた。

「それでも試したいの、お兄ちゃんは、いいえ、皆は外の世界へのあこがれを捨ててしまったみたい」

 そして、まるで何かを見透かしたようにメリを悪戯っぽくつついていった。

「あなたこそ、兄ちゃんを早く自分のものにしたら?」

 メリは顔を赤らめた。


 その次の週末の夜に彼女は、ふたつめのネックへの挑戦を試みた。三つ目を超えることにした。祖父の墓の前で祈った事は、村の人々が幸せになってくれることだ。もちろん嫌な思いもした。それに、兄だって自分をばかにしていた。だが自分だってどうだろう、祖父に甘やかされていた時代は兄をばかにしていたのだ。

 

 祖父は、昔ダンジョン攻略を目指す冒険者だった。どこかで勇者を目指していたという。しかし諦め、むしろ平和になっていく世の中で、勇者を育成するためのダンジョンが人を襲い、近代化に伴い穏やかになっていく世界の中で、冒険者、戦士や兵士が必要のない世界を望むようになった。祖父はいつもいってきかせてくれた。

「覚悟さえあれば何でもできる、そしてその覚悟はゆるぎなきものでなくてはいけない」

「ゆるぎなきもの……」

「それまでの自分を変えてくれるような自分の中の思いだ」

「思い……」

 祖父との会話を思い出すと、もうひとつ頭の中に浮かんできた思いがあった。シュナは兄をだましていた。兄こそが自分に助言を与えるメモを残した存在だとしっていた。祖父が亡くなる前は周囲の存在より頭ひとつぬけて、学業も魔法や剣術もすぐれていたが、祖父が亡くなったとき、呆けたようになった。


 だがその時からだ、もっともよわかったシュナが洞窟抜けを試みるようになったのは、しかし彼女の夢はさらに大きかった、勇者になりたかったのだ。


 そもそもその意思さえも、祖父が死んで村の重要な役割を兄が背負っていくのをみていたからだ。困りごとや相談事さえ、まだ若く、しかし知的な彼を、人々はたよった。兄はいつもいっていた。“期待に応えすぎるな、小物の修理や、子どもにものを教える役なんて、俺は本当は得意じゃない、爺さんががんばりすぎたために、俺が背負うはめになった、だがお前はきにするな、俺が皆の目をごまかしてやる”


 いつのまにかシュナの頭の中に兄へのつよい尊敬の念はうまれた。

「いくぞ」

 覚悟をきめて洞窟の直線状にたつと、全力で突き進んだ。風系の魔法はこころえていた。三つ目のネックは、彼女が思ったより早くぬけた。しかしはやり、二つ目のネックが問題だった。進もうとするたびにつるつるとすべった。それに彼女が挑戦を始めた瞬間から、洞窟は瘴気に満ちていて、穴自体が狭まっている感じがする。もし異変に気付かれれば、すぐに村の人がかけつけてきてしまう。その前に、この挑戦をおえなければ。口に布切れをはさんでかみしめると頭の中でさけんだ。

「うわああ!!」

 シュナには特別な手法があった、蠕動する洞窟の中で、二つの剣をつかってその流れに巻き込まれないようにする。しかし、蠕動する洞窟は、感覚的なものだが二重らせん構造に風の魔力を流している。だから後方に向けられる流れがずっとある。そしてその気配に、シュナは覚えがあったのだ。

「この先にいくには、真実を隠すものが重要だ……正直さが重要な村で……真実を隠す必要が……」

 祖父の言葉を思い出す。今ならわかる気がした。祖父の話てくれた冒険の話の中に、嘘つきの魔物の話を聴いたことがあった。その嘘つきの魔物は、ひとたび出会うと延々と人をおってくるという。

 

 脳裏に声が聞こえた。

『お前は兄に復讐がしたいのだ』

 つるり、と手がすべった。

『お前が挑戦をあきらめるのならば、私はお前にこの村で一番強い力と知恵とをやろう、だが、約束をすることだ、二度とこの穴に挑戦をしないと』

「黙れ!」

 幾度となくささやかれるが、しかし彼女は答えなかった。なぜなら彼女は、いくら他人より劣っていようと、自分が努力をして自律しようとしてきた確信があったからだ。


 シュナは、この洞窟のようなダンジョンの性質をしっていた。祖父が彼女だけに教えてくれたのだ。

「このダンジョンは、嘘つきを捕食するようにしくまれていた、私たちの村は、かつて勇者を目指した人々達が、試練の森を抜けて勇者の塔を目指すために作られた場所だ、魔王が現れてから、勇者を育成するダンジョンや試練はいくつも生まれたが、魔王が死んだあと、いまや軟弱な人々には、これこそが試練になってしまった、そういう村は昔からたくさんあったが、私が未来をあきらめた時に、私たちの村だけがいきのこった、やがて、ダンジョンに捕食されたのだ」

 だから信じ続けていた。自分こそがこのダンジョンから抜け出すことができるのだと。彼女はプライドを満たしたり、見せかけの評価にこだわることはなかった。おしゃれもしなかったし、人に自分の剣技や魔法スキルを見せびらかしたりはしなかった。


「やめろ!シュナ!」

 振り返ると、村では騒ぎが起きていた。シュナがいない事にきづいたのだろう。メリが四ネックを超え、三ネックを超えた。村人たちはそんな現状にもかかわらず、その彼女の能力に驚いてざわついた。

「シュナ!無理をしないで、私はあなたが傷つくのをみたくないの!」

「今更やめることはできないわ!自分にウソをついてしまう、嘘をついた瞬間に、魔物に捕食される」

 その時だった。メリの体にとぐろを巻いたヘビのようなものが飛びついたと思ったら、あっという間に体にまきつき、口を塞いでしまった。シュナはいったん進むのをやめて、彼女に巻き付いたヘビを倒そうと考えた。だがその背後から、同時にアドが迫ってきていた。


 アドは、簡単にヘビを引き裂いてしまった。だがシュナは魔物の額についた“魔法石”をみてきづいた。

顏だけになってもまだメリに襲い掛かっていたので、アドがその間に入って、メリをまもった。

「シュナ、戻れ!お前には無理だ!」

「おかしいわ、お兄ちゃん」

「何だ!?」

「このヘビは、ダンジョンと同化しているのよ」

 みると、ヘビのしっぽはダンジョンからでいた。そしてシュナは洞窟の入り口からの風が止んでいることにきづいた。そして、いちかばちか、シュナは魔法石に向けて唱えた。

「風よ!」

「やめろ!シュナ!お前には、無理だ」

 メリと兄は仲が良かった。もし超えられないと本気で思うなら、彼が自分を止める必要はないはずだ。危機にあるのは彼だ。なぜならきっと動物の魔物は、このヘビなのだから、これがあれば、蠕動運動にもまけず、前に進める。最初に否定したときも、本当はもともと自分の力でネックを超えた信じてくれたのだろう。シュナはつぶやいた。

「初めて、私のことみとめてくれたね」

 兄は呼び止めた

「よせ!」

 シュナはそのまま勢いよく洞窟の外へ吹き飛んでいった。そして悲鳴とともに、グシャリ、というひどい音が聞こえた。その時洞窟は動きを止め、村人たちは皆外に出る事ができた。シュナの姿は見つからなかった。

「あの因習は本当だったんだ……」

 呟くアド、しかし彼の肩をたたいて、メリはいった。

「みて、さっきまで洞窟の入り口があった場所を……彼女がおちたのは、勇者の滝よ」

 アドはそちらをみて“探知”の能力を使うと、シュナの魔力の気配を少し感じられた。彼女は、きっと勇者を目指す森を抜けたのだろう。彼はつぶやいた。

「傷ついたのが俺たちでよかった」

「そうね、彼女は旅立ちの時よ」

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