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第8話 王子は頭を抱えてた

 執務机の前でアタシを見るラウニード侯の視線が、辛い。

 壁に掛かっている先代国王のお祖父様の肖像画からも、睨まれているような気分になる。

 手にしている戦勝祝賀会の参加者リストを持つ手に力が入ってるからか、ラウニード侯の鋭い爪が紙に穴を開けているのが見える。

「特別部隊全員、ですか」

「ええ、昼前に陸軍将が直接伝えに来てくれたの。

 部隊の隊長が王都に住んでるそうだから、戻ってもらえるよう、交渉をお願いしてるわ」

 わざとらしい大きなため息をつく、ラウニード侯。

 あのね、ため息をつきたいのはアタシも一緒だから。

「まったく下々の生まれが、あれだけの待遇に何の不満があるのか、理解しかねます」

 ちょっとちょっと、下々の生まれが、のところで思いっきり牙むいてるんだけど。

 まあラウニード侯、王族貴族以外は喋る家畜程度にしか思ってないものね。民が自分の思う通りにならないと、本当に機嫌悪くなるんだもの。

「話しを聞けば、何かしら分かると思いたいわね」

「あの時、王子にお世継ぎが出来ていれば、陛下も早くに王位継承をされ、今より何事もやりやすかったものを」

 嫌なことを思い出させてくれるわね。まあ、忘れたくても忘れられないんだけどね。

 ホント、あれは最悪の十五歳の誕生日だったわ。知らないうちに薬を飲まされて、無理やりそういう状態にさせられた上、高級娼婦たちにやりたくもないのに絞られるだけ搾り取られて……ホント、あれだけ自分が物語のお姫様にはなれないって思い知らされたことはないわ。

「アタシは、子どもが出来なくてよかったと思ってるわ。

 あんな形で産まれたって、愛せる自信がないもの」

「愛する必要などありません。

 王家の血を引くものとして、必要な教育を施し、必要なふるまいが出来ればそれでいいのです。

 愛だの恋だの、くだらない詩や物語のようなことは、下々にやらせればいいのです。必要なものは血と、教育です」

 あー、ラズがクソジジイって言うのがよく分かるわ。これで仕事が出来なかったら、王宮に近寄るどころか、国内にいることすら許したくないもの。

 話し戻しましょ、このままこの話ししてても腹が立つだけだもの。

「どちらにしても、特別部隊の運用に関しては、しばらく待ってちょうだい。

 近く開催される戦勝祝賀会までには、何とかするわ」

 ラウニード侯は狼の黒い鼻を一度鳴らし、手にした参加者のリストを見る。

「やれやれ。祝賀会ではなく、処刑会にでもなりそうですな」

 ラウニード侯、何その笑顔。見てて怖いんだけど。

「あら、そんなに多いの?

 帝国との内通者、まだアタシにも教えてもらえないのかしら」

「内通者の裏で手を引いているものが、まだ分かっておりません。可能な限り泳がせ、出せる情報を全て出させてから、お教えしようかと思っております。

 向こうからこちらへ来ますので、戦勝祝賀会で拘束し、尋問、拷問という手もありますが、あまり時間をかけては一番逃がしたくない相手に逃げられますので」

 裏、ね。その言い方だと、帝国だけじゃなくて、大公国や聖国も絡んでるってところかしら。

「もし大公国や聖国が関係してるなら、アタシがラズと婚約したせいなのかしらね」

「もしも、関係しているのでしたら、無関係ではないでしょう。

 ラズ様の生家であるタルト家は、近隣でも聞かぬ者がいない資産家の一族です。

 今までは自分たちの財力の影響の大きさを理解し、国の政には関わらずにいましたが、王子の婚約者の決め方のせいで偶然にも末の娘とは言えタルト本家の令嬢であるラズ様が婚約者となられ、王家とタルト家に直接的な繋がりができました。

 王国がタルト家の資産力を手に入れたと警戒されても、おかしくはありません」

 吐き捨てるように息を吐いたかと思ったら、次の言葉が続いた。

「当のラズ様は、そんな事も考えず無意味な学問に時間を費やしておりますが」

 ラズが聞いてたら、クソジジイって連呼しそうなことを。

 確かにラズのやってることは貴族の令嬢らしからぬことだけど、アタシの婚約者になんてならなければ今ごろ学問に打ち込めたと思うと、申し訳なさしかないわ。

 ラウニード侯なんて典型的な貴族の男だから、貴族の女は学問なんて不要で、夫に恥をかかせない程度の教養があって、家の財力をしめす程度に着飾って、人前では人当たりの良い態度がとれて、嫡子さえ無事産んでくれれば、あとは死んでようが生きてようがどうでもいいんですものね。

 ラズは末の娘だし、家に迷惑さえかけなければ何をしても許されて、自分で学問の道を選んで、その道で生きていこうなんて考えていたラズはラウニード侯としてはあり得ないでしょうよ。

「どうあれ、ラズ様がおられたから良いものの、あの選び方で該当する相応の身分の娘がいなければ、今ごろ北方辺境伯あたりがお叱りにこられたでしょう」

「止めてちょうだい、北方辺境伯は昔は事あるごとに王都まで直接的来るような人だったのよ。

 アタシが婚約者を決めたのが戦争中じゃなかったら、本当に王都まで来てアタシのこと殴ってたわよ」

 あー、イヤだイヤだ。叔父様のこと思い出すとろくな思い出がないわ。怒鳴られるか殴られるかのどっちかなんだのもの!

 双子だっていうのに、病弱でベッドから起きている方が珍しかったお父様と違って、叔父様ったら下手な軍人より強いし病気なんてしたことのないほど丈夫な人なんだもの。

 戦争の時だって最前線に出て指揮してたったいうし、本当にお父様と血を分けた双子なのか疑いたくなるわ。

「ラウニード侯、アタシへのお説教はそのへんでいいでしょ。

 それより、特別部隊の使用が遅れることで、急ぎやらなくちゃいけないことはないの」

「戦勝祝賀会のこのリストの者たちが皆参加するのであれば、祝賀会の日までに私の指揮下に入れば問題ありません。

 ですが戦争終了後以降、王都内に傭兵が多く見られます。何らか勢力の動きがあるものと思われます」

「王都内に傭兵が、ね。おかしな動きがないといいんだけど。

 後、祝賀会の参加者リストの何人かから、アタシに直接会って話しをしたい旨の書状が来たわ」

 内務長から受け取った封をラウニード侯に渡す。ラウニード侯は一通一通読んではいるけど、内容はどれも同じ。アタシに会って話したいことがある、そういう内容だった。

 全て読み終わったあと、それぞれに書かれているサインだけを確認している。

「なるほど。でしたら、余計に祝賀会の日までに特別部隊の者を一人でも多く、私の指揮下に入れたいです」

「けど特別部隊を何に使おうっていうの。

 正直、調査と捕縛なら、貴方のお抱えたちで十分だと思うんだけど」

 ラウニード侯は顎に手を当て、何かを考える。

「端的に言ってしまえば暗殺です。

 王国内の異分子、他国からの密偵を殺させます。相手の保有戦力が不明な場合もありますので、可能な限り高い戦力を求め、陸軍将に依頼し訓練させていました。

 ですが戦力の訓練のみで、思想の方は教育されていなかったようです」

 あらあら、そんなことアタシに秘密でやってたの!

 と言うことは、その隊長をやっていたガーウェイって、かなり強いってことよね。

 やだ、どこかの暗殺者に狙われたアタシを颯爽と助けてくれたりなんかしたら、完全に虜になっちゃうじゃない!

 これでもし未婚だったら、アタシと彼は出会うべき運命だったのよね! もしそうだったら、信じてない神様だって信じちゃう!

 いけない、顔に出ちゃってたかしら。ラウニード侯、スゴイ顔でアタシのこと見てるわ。

「王子、まさかまだ、子どもの頃おっしゃっていたような事を考えているのですか?

 それなら、お世継ぎを早く作るために、また高級娼婦たちでも呼んだ方がよろしいでしょうか」

「やめてちょうだい、あんなのはもうこりごりよ!

 そんな事より、貴方が目星をつけてる内通者の裏で手を引いているのが誰なのかの調査と、その人たちが祝賀会に来るよう誘導してちょうだい」

 畏まりました、とだけ言うとリストを手にラウニード侯は執務室から出て行く。

 静かになった執務室で、アタシは今抱えている問題を考える。戦争相手だった帝国との内通、その内通者を暗殺するための人の不足、周辺国の動向、周囲からの世継ぎの催促。

 ホント、戦争以来ろくな事がないわ。

 執務室の窓から空を見ると、晴れ渡った空が見えた。こんな日に一日中、楽しくもないことを考えて過ごさなきゃいけないなんて、なんの罰なのかしら。

 ラズは今ごろ、学術院の授業中よね。あの子、勉強好きだから授業を楽しんで勉強してるんでしょうね。

 もしラズがここにいてくれれば、お互いにクソジジイの愚痴でもこぼせたのに……はあ、アタシも日々に楽しみとか、潤いが欲しいわ。

 あのガーウェイって人、ラウニード侯の下じゃなくて、アタシのそばでアタシのこと守ってくれないかしら。そうしたら、どんな面倒なことでもやれるのに!

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