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第4話 王子と婚約者

 陸軍将とラウニード侯を連れ、王宮の廊下を進む。

 窓から見える庭園は、色とりどりの花が咲き乱れている。

 外からは兵士たちの帰還を祝してか、戦車たちを悼んでか、王都中の教会の鐘の音が鳴っているのが聞こえる。

 華美を嫌った先代国王、今は亡きお祖父様が飾りを取り払った王宮は、近く行われる戦勝記念の祝賀会のために王国旗や色とりどりの飾りで彩られていた。

「陸軍将、帰還した兵士たちのこの後は」

「王都内に家族のある者はその元へ、そうでない者は一度宿舎へ戻るよう、伝令を出しております」

 広場で見た、大勢の兵士たちの姿を思い出す。全員が全員、王都に家族がいるわけではないんでしょうね。

「街道警備と魔物討伐隊の部隊編成がありますので、それまでは自由行動を許そうかと思っております」

「そうね。戦争も終わったんですし、多少はね。

 でも、編成にあまり時間をかけないでちょうだい。あまり好き勝手やられすぎて、王都の治安悪化になんてなったり、軍の悪い印象がついたりしたら問題よ」

 かしこまりました、と陸軍将が答え息を一つ吐く。

「しかし先ほどの広場でのお言葉。普段からあのように振る舞っていただきたいものですな」

「イヤよ、あんなの外向け用だもの。

 いつもあんなふうにしてたら、疲れて倒れちゃうわ。

 あんなお硬い演説なんてアタシ、嫌いなの」

 陸軍将が眉間にシワを寄せ、ラウニード侯の低い笑いを漏らすのが聞こえた。

 アタシは体をほぐすようにしなを作る。

 いいじゃない別に、アタシはこうしてるのが一番の自然体なんだもの。

「陸軍将、特別部隊の新しい運用は、その編成後からでよろしいかな」

「王子と侯爵の指示のもと、お使いください」

「ラウニード侯、内通者に逃げられる心配はないわね」

「はい。常に監視をつけておりますので、何か動きがあれば拘束は可能です。

 ですが、抵抗された場合を考えると特別部隊の者たちを早く使いたいと考えます。

 内通者の背後に帝国の反王国派の動きが見えますので、早々な対応をしたいところではありますが」

 内通者に関しては、ラウニード侯に任せておけば大丈夫ね。内通者の逃走に関しては、ラウニード侯の密偵がついてるなら、そうそう逃がすこともないでしょ。

 帝国の反王国派は気になるところだけど、それは特別部隊をラウニード侯に預けてからになりそうね。

「けど観測台からの報告通り、今年の冬は寒さが厳しかったおかげで、帝国が勝手に自滅してくれて助かったわ」

「餓死者、凍死者、魔物による被害。いずれを見ても、軍を我が国に侵攻できるような状況ではありませんでしたからな」

「その上、二人の皇子の皇位継承権争いで内乱寸前なんでしょ。

 国力が弱体化してくれるのはありがたいけど、帝国がつぶれるのは勘弁願いたいわね」

 隣国が弱いくなってくれるのは嬉しいけど、潰れようものならこっちに難民が流れ込んでくるもの。それはゴメンだわ。何の財産も持たない難民なんて、国が荒れる原因にしかならないわ。

「この戦争のおかげで、国内の切り捨てられる部分が分かったのが唯一の収穫ね」

 正直、ラウニード侯からこの件に関する報告が来るたびに頭が痛くなったけど。

 もう一度窓の外を見る。ここからは王都の街並みは見えないけど、今頃街中はちょっとしたお祭り騒ぎなのかしらね。

 しばらく廊下を進むと、一つの部屋の扉が開いた。

 中から出てきた人物を見て、陸軍将とラウニード侯は臣下の礼の姿勢をとる。

「王子。陸軍将とラウニード侯爵を連れてどちらへ」

 部屋から出てきたのは赤髪のヒューマンの少女。後ろに深く頭を下げた老メイドを従え、アタシに一礼する。

「陛下への報告よ。

 ついさっき、前線に出てた兵士達が戻ってきたの」

「じゃあ、戦争は終わったのですね。

 王妃様にも、良いお話ができそうです」

「あらラズ、お母様に会いに来てたの」

「はい、今日は王宮での作法の勉強です」

「そう言えば今日は、学術院も休みね。

 じゃあ今頃、あそこの学生たちも加わって街中は大騒ぎでしょうね」

 そうでしょうね、と言うラズは相変わらず地味だわ。

 まあ、まだ十三歳だから化粧はそんなにする必要はないでしょうけど、ラズが誕生日にお姉様から贈られたという髪飾り以外、装飾品類を何もつけていない。着てるドレスも流行りや華美とは無縁な、なんとも無難で地味な色の見た目なんですもの。

「失礼ですがラズ様、またそのようなお召し物で?」

「はい。

 どこか可笑しいでしょうか、ラウニード侯爵」

「貴女様は王子の婚約者、未来の王妃となられる方なのです。

 教会は質素倹約を良しとしていますが、貴女様は王子と並び、王国の顔、社交界の華となられるのです。婚姻前とは言え、王宮にいる間はそれに相応しいお召し物をされるべきかと」

「ですが侯爵、王国は戦時下でした。そのような中では、華美や贅沢は避けるべきかと思います」

「なら、もうそのような心配はありませんぞ、ラズ様。

 戦争は王国の勝利で終結したのです。なら耳飾りなり首飾りなり付けたところで、誰も文句も言いますまい。

 仕事が増えて、職人たちも喜ぶというものです」

 あーあ、陸軍将まで。

 少し困り顔になったラズが、後ろに控える老メイドを見る。

「侯爵と陸軍将のおっしゃる通りかと。

 ラズ様への言葉は、タルト伯爵家への言葉でもあります。伯爵家の家名を傷つけぬ為にも、相応のものを身につけられるべきです」

 あー、これは止めないと、いつもの話題が出てくるわね。

「何よりラズ様、いつまで学術院へ通われるので」

 ラウニード侯、やめて。

「伯爵家令嬢にして、未来の王妃たる方の行く場所ではありませんな」

 陸軍将、黙って。

 あ、あー、ラズってば目がどこも見てないわ。顔こそ笑顔を作ってるけど、手は思いっきりドレスのスカート掴んでるじゃない。

 もう止めて、十三歳には我慢の限界よ。

 うん、これは止めておきましょう。このままにしておくと、アタシにも矛先が向くもの。

「ちょっと貴方たち、ここでお話しするために来てるわけじゃないでしょ。

 ラズ、貴女も一緒に陛下のところに来てくれるかしら。貴女がいると、陛下が喜ぶから」

「分かりました。

 王妃様に遅れる旨、伝えてください」

 ラズの言葉を受けて、老メイドがかしこまりましたと一礼して去っていく。

「さあ、アタシたちも行くわよ」

 アタシが歩き始めるとラズが横に並び、後ろにラウニード侯と陸軍将が続く。

『あーもー! 何なんですか、会うたびにいつもいつも!

 学術院は私が行きたくて、試験を受けて合格して通ってるんです! あそこは私が唯一私でいられる場所なんです!』

 頭の中にラズの声が響く。

 横に立っているラズは、楚々とした顔。

『相応しいお召し物? どうせ胸元の見えるドレス着て、馬鹿みたいに宝石で飾ってろって言うんでしょ!

 こんな貧相な体の小娘にそんな格好させて、どんな変態なんですか! 馬鹿なんですか!』

 ラズの伝令魔法だわ。

 まだ履き慣れてない踵の高い靴でキレイに歩きながら、地団駄でも踏んでるかのような口調と内容ね。

『人が強く言い返さないからって、どいつもこいつも! この靴の踵で思いっきり踏みつけてやりたい! 小娘相手に泣いて許しを請うまで踏みつけてやりたい!』

 ただ伝令魔法も不便で、一方的にしか話しが出来ないのよね。

『王子も王子ですよ! 何で早く止めに入ってくれないんですか!』

『仕方ないじゃない、どこで言い出したらいいか迷っちゃったんですもの』

 だからアタシも、伝令魔法をラズに教わったのよね。お互いに愚痴を言い合うために。

『迷ってないでしょう、自分に矛先が向きそうだから止めただけでしょう』

 あらー、バレてるわ。

『だって、暇さえあればみんな、アタシに世継ぎ作れ世継ぎ作れって言うのよ。

 もう、逃げたくなるほど聞かされてるんだから』

『私だって王宮に入るようになってから、もっと見た目に気を使え、学術院はさっさと辞めろの繰り返しですよ!』

 こんな会話を伝令魔法でしてるけど、ラズもアタシも表情一つ変えてない。

『どうしてこうクソジジイばっかりなんですか!』

『だって仕事はできるんですもの、クソジジイのくせに!

 後ろのクソジジイどもなんて、お父様が治世を行ってた頃からいるからムダに気を使わなきゃいけないのよ!』

『あーもー! クソジジイはさっさと引退して田舎に隠居しろ! 姿見せるな声聞かせるな!

 私が王妃になったら、このクソジジイどもを王宮から一掃してやる!』

 荒れてるわー、本当に荒れてるわー。

 しかもこの子、将来本当にやりそうだから怖いわー。

「後、二年ですな」

「ええ、王子とラズ様の婚姻まで、あと二年です」

「ラズ様が十五歳になられたら、婚姻の儀を執り行う。

 そして、戴冠式も行う予定ですな」

「願うことなら、その年のうちにお世継ぎを授かっていただきたいものです。

 お世継ぎが早くお生まれになっていただければ、それだけ教育もしやすいですので」

 後ろの二人、アタシたちに思いっきり聞こえるように、その話しないでくれる。

『本当、貴族の家に生まれたのが嫌になりますね。

 私は世継ぎを残すための道具じゃないんですけど』

『そんなこと言ったら、アタシなんて世継ぎを残すための種馬よ。

 一度でいいから恋した人と愛し結ばれなんて……そうそう! 実は帰還した兵士たちの中に、特別部隊の隊長らしい人を見つけたんだけど、すっごく素敵な人だったの!』

 広場での演説の際、見つけた一人の兵士のことを思い出す。

『遠目から見ても分かるくらい綺麗な顔立ちで、でも男らしさもあってね、右目に着けた眼帯が戦いをくぐり抜けた男、て感じがあって、体つきも軍人だから逞しいのよ!

 夢に描いた騎士様って感じだったの!

 ラウニード侯の元で働くことになるんだけど、お話する機会があったりするかしら!』

『王子、あんまり興奮しないでください。顔と態度に出ますよ。

 私は王子の趣味は知ってますし、男性の愛人でしたら作ることには反対しませんが、結婚されてる方なら諦めてくださいね。

 人様の家庭に不和を持ち込むようなことは、さすがに反対しますよ』

 既婚者かどうかは調べれば分かるし、もし未婚なら積極的に行ってもいいってことよね。

 ラズと伝令魔法で話をしているうちに、お父様の、国王の寝室の前についた。

 部屋の番兵たちがアタシとラズに敬礼をするけど、その表情はどこか重たかった。

 お父様のひどい咳を聞いたか、慌てた医者の声を聞いたのかも知れない。

「陛下へ戦勝と兵士の帰還の報告を」

 アタシの言葉を聞き、番兵が扉を開く。

 この報告で、お父様が少しでも元気になってくれるといいんだけど、ね。

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