8話 ガラクタ
酒飲んでたので頭が痛いです、今回もお楽しみください。
夜の静寂に包まれた村の道を、俺は爺さんの後を追っていた。
月明かりが照らす広場まで来ると立ち止まり、どこか懐かしげに辺りを見渡す。
「……久しぶりに、打ち合いでもしてみるか?」
唐突な申し出に、俺は思わず目を瞬かせた。
「……爺さん、そんな酔った状態で大丈夫なのか?」
疑問を口にすると、爺さんはニヤリと笑いながら、傍らの木箱から二本の木刀を取り出した。
片方を俺に向かって放り投げる。
「ほら、これを持て」
反射的に手を伸ばし、受け止める。
馴染みのある木の質感——これは、俺が小さい頃、爺さんと毎日のように振っていたものと同じだった。
「……これ、まだ持ってたのか」
呟くように言うと、爺さんは肩をすくめる。
「そりゃな。お前が出て行っても、捨てる気にはなれなかった」
爺さんはそう言いながら、木刀を軽く握り直し、静かに構えを取る。
……なるほど、どうやら本気らしい。
俺も木刀を両手で握り、爺さんの正面に立つ。
「いいのか? そっちは年寄りなんだぞ」
軽口を叩いてみるが、爺さんの笑みは揺るがない。
「フン、まだまだ負けんぞ」
そして——。
俺たちは、静かな夜の広場で打ち合いを始めた。
「……っ!」
木刀が交差するたびに、乾いた音が響く。
爺さんの動きは、まるで現役の頃と変わらない。
手首のスナップを効かせた鋭い打ち込み、無駄のない体捌き——その一つ一つが、長年鍛え上げられた動きそのものだった。
「おいおい、歳を考えろよ……!」
「まだまだだぞ!」
俺は打ち込む。だが、爺さんはそれを寸分違わず弾き、逆にカウンター気味の一撃を打ち込んできた。
なんとか受けるが、手首にじんと響く衝撃。
「……なんでこの歳で、こんなに動けるんだよ」
交わし、受け、反撃する。
短いながらも密度の濃い攻防が続き、最後は俺がほんのわずかに押し込む形で終わった。
爺さんは木刀を横に下ろし、口元を拭いながらフッと笑った。
「お前、本当にB級だったのか?」
俺は軽く肩をすくめ、深いため息をつく。
「……そうだよ」
爺さんはしばらく俺を見つめ、微かに目を細める。
「冒険者を辞めたって聞いて、どれだけ落ちぶれたのかと思ったが……いや、むしろ腕を上げているじゃないか」
俺は、木刀をゆるく握りながら乾いた笑いを零した。
「持ち上げてくれるのはありがたいけどな……俺、冒険者には向いてなかったんだよ」
爺さんは、興味深そうに頷く。
「ほう? それはどうしてだ?」
その問いに、俺は言葉を詰まらせる。
いや——答えたくないだけなのかもしれない。
だが、爺さんは俺の反応をじっと見つめ、ふっと口を開いた。
「——あの、抜けない剣のことか?」
「……!?」
俺は、思わず顔を上げた。
まるで俺の心を読んだかのような、絶妙なタイミング。
——まさか、知っていたのか?
動揺が顔に出たのか、爺さんはククッと喉を鳴らして笑った。
「おや、図星か?」
「えっ……」
……いや、違う。これはただの偶然だ。
俺の表情を見て察したのか、爺さんは満足そうに頷くと、ゆっくりと地面に腰を下ろした。
そして、懐かしむように夜空を見上げる。
「……お前も、大きくなったもんだな」
爺さんの静かな声が、夜の空気に溶け込む。
俺も爺さんの隣に腰を下ろし、同じように空を仰いだ。
「アンタは、全く変わってないよ」
俺がそう言うと、爺さんはニヤリと笑う。
「そりゃそうだ。もしワシが変わってしまったら、お前の帰る場所がなくなってしまうだろう?」
「……それでも、俺は勝手に帰ってくるさ」
そう呟くと、爺さんは少しだけ目を細めた。
「本当に、そうか?」
俺は何も答えられなかった。
しばらくの沈黙の後——爺さんは、ぽつりと呟く。
「お前は、人一倍気遣いができて、優しい男だ」
俺は爺さんを見つめる。
「だからこそ、傷つきやすいところもある」
さらに……続ける。
「何かあったんだろう? そうじゃなければ、お前がこの村に戻ってくる理由がない」
俺は唇を噛んだ。
反論しようとして、言葉が出ない。
「……」
爺さんの目は、すべてを見透かしているようだった。
何も言い返せなかった。
けれど、それも当然かもしれない。
俺を長年育ててくれた、師匠である爺さんだからこそ、わかることなのかもしれない。
そして——。
爺さんは肩をすくめ、茶化すように言った。
「まぁ、それでも結婚くらいには応えてやればよかったのに」
「……なんでだよ」
俺は思わず呆れた声を上げる。
爺さんは愉快そうに笑い、空を仰いだまま言葉を続けた。
「いいじゃないか。あんな可愛い女の子たちが寄ってきてくれるんだぞ? それほど幸せなことはない」
「お、俺はだな……」
爺さんの言葉に、俺は何か言い返そうとしたが——言葉が出てこなかった。
頭の中では反論できるはずなのに、口を開こうとすると、妙な引っかかりが生まれる。
俺が迷っているのを見透かしたのか、爺さんはフッと小さく笑った。
「……まぁ、今すぐ答えを出す必要はないがな」
俺は小さく肩をすくめる。
「そう言って、また俺をからかうつもりなんだろ?」
「お前がそんなに素直なら、からかう必要もないんだがな」
爺さんはニヤリと笑いながら、立ち上がった。
その姿を見て、俺もようやく重たい腰を上げる。
すると、爺さんは大きく背伸びをしながら、空を見上げた。
「……月が高いな。そろそろ帰るか」
「あぁ……そうだな」
改めて夜空を見上げると、月が冴え冴えと輝いている。
静かに吹き抜ける夜風が、心地よく肌を撫でた。
「……なんだかんだ、話し込んでいたんだな」
村の夜は、都会や冒険者として過ごした街の喧騒とは違う。
静かで穏やかで、時間がゆっくりと流れているように感じた。
「ライル」
「ん?」
「帰る場所があるってのは、ありがたいもんだぞ」
爺さんの言葉は、どこか遠いものを見つめるようだった。
何かを懐かしむような、それでいて、俺に向けられた言葉でもあるような——。
俺は短く息を吐くと、足を踏み出した。
「……そんなことは、言われなくてもわかってるよ」
爺さんは満足そうに頷き、先を歩き出す。
俺はその背中を追いかけるように、一歩ずつ村の道を歩き出した。
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