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7話 約束

今回もお楽しみください。

 俺は、泥酔したじいさんを支えながら寝室へと運んだ。

 相変わらず豪快な飲みっぷりだったが、まさか撃沈するとは思わなかった。

 ベッドに転がすと、じいさんは何かを呟きながら、そのまま深い眠りへと落ちていった。


「……まったく、飲みすぎだろ」


 そうぼやきながら、そっと部屋の扉を閉め、リビングへと戻る。

 そこでは、すでに食器類が片付けられ、テーブルの上には軽いお菓子だけが残されていた。


「おかえりライル。助かったわ、ありがと」


 そう言って微笑むのは、食器を片付け終えたノエルだった。


「いや、こっちこそ片付けてくれて助かるよ」


 俺がそう返すと、ノエルは軽く肩をすくめる。

 そして、テーブルに目をやると——。


「……なんだこれ?」


 そこには、お菓子が山のように積まれていた。


「食後のお楽しみだよ♪」


 セラが楽しそうに笑う。


「どれだけ食べても、甘いものは別腹だもんね」


 俺は思わず苦笑する。

 たしかに、女の子は甘いものに目がないって言うけど……これは予想以上だ。


「ライルくんも一緒にガールズトークしよ?」

「俺がいたらガールズトークにならないだろ」

「いいの、だってライルくんは私たちにとって特別だもん♪」


 セラが無邪気に微笑みながら、俺の袖を引いた。

 その笑顔に、思わず苦笑しながらも、俺は椅子に腰を下ろす。

 食器を片付け終えたノエルとマリーも席につき、ふぅっとひと息ついた。


「にしても……たくさん食べましたわね。もうお腹いっぱいですわ」


 パリッ……。

 そう言いながらも、マリーは軽やかな音を立てながら、お菓子を口に運んでいる。


「結局、食べるんだな」


 俺が呆れたように言うと、マリーは優雅に紅茶を口に含みながら、微笑んだ。


「甘いものは別腹ですわ♪」


 ノエルは苦笑しつつ、俺に視線を向ける。


「ライル、美味しかった?」

「あぁ、もちろん美味かったよ。ありがとうな」


 そう言うと、三人は揃ってほっとしたように微笑む。


「最初はね、ライルが帰ってくるまでちょっと緊張してたんだ」


 セラがぽつりと呟く。


「でも、やっぱり変わってなかったんだなって思って」

「そんなことないわよ。意外と変わったところもあるでしょう?」


 ノエルが身を乗り出しながら、俺をじっと見つめた。


「例えば?」


 俺が問い返すと、セラが勢いよく手を挙げた。


「ほら、女の子としての部分とか!」

「……お前はそのまんまじゃないか」

「違うよ! ちょっとはおっきくなったもん!」


 そう言いながら、セラは胸を張る——いや、張ろうとするが、あまり効果はない。

 俺は思わず吹き出しそうになったが、必死に耐えた。

 そのやりとりを見ていたマリーが、上品に咳払いをする。


「まぁまぁ。変わらないことも、良いことですわ」


 そして、紅茶のカップをそっと置くと、ふと俺の方を見つめる。

 紅茶のカップをそっと置くと、マリーは微笑を浮かべながら、俺をじっと見つめた。


「それでライル、昔の約束を覚えていらっしゃるの?」

「……昔の約束?」


 思わず聞き返すと、セラとノエルもどこか意味ありげな表情を浮かべる。


「まさか……忘れているなんてこと、ありませんわよね?」


 マリーが軽く紅茶を口にしながら、優雅に問いかける。


「いや、昔の約束って、いったい何のことだ?」


 俺が首を傾げると、セラがふくれっ面になりながら抗議するように言った。


「もう、ひどいよライルくん! あんなに一緒に遊んでたのに!」

「いやいや……子供の頃の話なんて、そう簡単に全部覚えていられるわけないだろ?」


 するとノエルが呆れたようにため息をついた。


「はぁ……まったく。やっぱり男の子ってそういうところ適当よね」

「だから、何の話なんだ?」


 俺が食い下がると、マリーがクスリと笑った。


「ライル、あなた小さい頃、私たち三人と“お姫様ゲーム”をしていたのを覚えていません?」

「……お姫様ゲーム?」


 その単語を聞いた途端、遠い記憶がふっと蘇る。

 子供の頃、この村で俺たちはよく遊んでいた。

 その中のひとつが——「お姫様ゲーム」。


 四人で札を引いて、一枚だけある「お姫様」の札を引いた者が、王子様役の他の三人に好きなお願いをできるという遊びだった。

 子供じみた遊びだったが、俺たちは何度も何度もやっていた。

 そして——。


「ライルくんが王子様のとき、言ってくれたじゃない?」


 セラが目を輝かせながら言う。


「大きくなったら、みんなと結婚してやる! って!」

「……は?」


 俺は思わず固まった。

 そんなこと……俺、言ったのか?


「言ったわよ、確かに!」


 ノエルが腕を組みながら頷く。


「しかも、誰かひとりじゃなくて、三人まとめてって言ったのよ?」

「ちょ、ちょっと待て、そんな解釈は——」

「ええ、確かに。だから、ライルは責任をとるべきですわ!」


 マリーが微笑む。


「それでライル、今のあなたは誰をお嫁さんに迎えてくださるのかしら?」


 マリーが優雅に微笑みながら、静かに紅茶を口にする。


「それとも……全員を取るおつもり?」

「いやいや、ちょっと待て!!」


 思わず椅子から立ち上がりかける。

 冗談なのか? いや、冗談のはずだ。

 なのに、どうしてこんなに真剣な雰囲気なんだ?


 確かに、普通に考えれば男にとって嬉しい話なのかもしれない。

 でも、俺にはそんな資格があるのか?


 だって冒険者という仕事を辞めた身だ。

 これからじいさんのツテで働くつもりではあるが、何も持たない俺が、こんな中途半端な俺が……結婚?


「だってもう、私たち二十歳超えちゃいましたし」


 ノエルがさらりと言う。


「田舎だと、結婚適齢期は過ぎてるくらいだし……」

「それに、ここには他にまともな男の子なんていませんのよ?」


 マリーが優雅に言葉を重ねる。


「つまり、選択肢はライルくんしかないってこと!」


 セラが無邪気な笑顔を浮かべる。

 確かに、村の男は年上ばかりか、既に所帯を持っている者ばかりだ。


 だが、それは理由になるのか?


「あのなぁ、子どもの頃の約束なんて……」


 俺はゆっくりと息を吐いた。

 俺はただ、ゆっくり田舎の生活を満喫したいだけだ。

 しかし、そんな俺の迷いを見透かしたように、三人の視線が真っ直ぐ俺を捉えていた。


 そこには、子供の頃のような無邪気さはない。

 ——けれど、冗談と笑い飛ばすには、あまりにも確かな意思が宿っていた。


「え、ええと……」


 思わず喉が鳴った。

 彼女たちは、どこまで本気で、どこまで冗談なのか——。

 と、そこで扉が開かれた。


「これこれ、ライルが困ってるだろう」


 頭を押さえながら起きてきたじいさんが、のっそりとリビングへと姿を現した。

 酒がまだ残っているのか、目元を擦りながらも、俺と三人の幼馴染を交互に見て、苦笑交じりに言う。


「……お前ら、少しは考えろ。男ってのはな、急に結婚なんて言われたら、そりゃビビるもんだ」

「えー、でもー……」


 セラが頬を膨らませ、不満げに言う。


「ライルくん、昔約束したもん」


 その言葉に、俺はため息をついた。


「いや、誰だっていきなり『結婚しろ』なんて言われたら、戸惑うに決まってるだろ」


 すると、ノエルが腕を組みながら、真剣な顔をして考え込んだ。


「……そうかしら?」

「いや、一番真面目そうなお前がそこで悩むな!」


 思わずツッコミを入れる。

 だが、ノエルの表情はどこか納得がいかないようで、何か言いたげに視線を逸らした。


「それに、コイツは無職だぞ」


 ……悲しい事実を告げられた。

 だが、この言葉でようやく彼女たちも少しは冷静になってくれるかと思った。

 しかし——。


「そんなの関係ありませんわ!」


 マリーがピシッと背筋を伸ばし、力強く言い放つ。

 彼女の金色の髪がふわりと揺れ、まるで舞踏会で宣言する貴族の令嬢のような雰囲気を漂わせていた。


「わたくしの家には、それなりの財力がありますのよ? ライルを養うくらい、何の問題もありませんわ!」


 ……いや、そんな堂々とした宣言をされても。

 確かに、彼女の実家であるハーヴェストの宿は、この村でも名の知れた一流の旅館だ。金銭的には困ることはないのだろう。

 だが——。


「いや、ヒモになるつもりはないから……」


 俺は小さく頭を掻く。


「じゃあ、どうやったら結婚してくれるの?」


 セラがテーブルに身を乗り出し、真剣な表情で尋ねてくる。

 その問いかけに、一瞬言葉を失った。

 どうやったら、結婚するのか。


 そんなこと、考えたこともなかった。

 俺はそもそも——。


「いや、あのなぁ……」


 呆れながら言葉を濁していると、じいさんが大きく伸びをして告げた。


「そんな話は置いておいて、もう遅くなるぞ。女どもは帰るんだ」


 その一言に、三人は不満げに口を尖らせた。


「えぇ~、まだ話したいのに……」

「もっとライルとゆっくり過ごしたかったわ」

「……仕方ありませんわね」


 名残惜しそうにしながらも、彼女たちは渋々席を立つ。


「じゃあ、また明日ね!」


 セラが手を振りながら玄関へと向かい、ノエルとマリーもそれに続く。


「また明日……?」


 玄関の扉が閉まり、リビングが急に静けさを取り戻す。

 俺は深いため息をつき、椅子に沈み込んだ。


「本気じゃないよな……?」


 ぼんやりと天井を見つめながら、今日一日を振り返る。

 幼馴染たちからの突然の結婚宣言。

 約束なんて覚えてすらいないのに、俺は彼女たちの視線の中心に立たされていた。

 あれはちゃんと向き合うべきことなのだろうか。


「……お前さん、少し付き合え」


 不意にかけられた声に、俺は顔を上げる。

 そこには、じいさんが立っていた。

 先ほどまで酒で潰れていたはずのじいさんは、いつの間にかしっかりとした足取りで俺の前に立っていた。


「外に出るぞ。酔い覚ましも兼ねてな」

「……今からか?」

「いいから来い、田舎の空気は美味しいぞ」


 じいさんはそう言いながら、玄関へと向かう。

 俺は訝しみながらも、席を立ち、あとを追った。

 ——外には、静かな夜の空気が広がっていた。


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