6話 皆で食事
最近は眠気と戦いながら書いています。
今回もお楽しみください。
席に着いた俺たちは、それぞれに食事を楽しみ始めた。
料理の香ばしい香りが広がり、久しぶりの温かな食卓に、どこか安心する気持ちがこみ上げる。
しかし、一人だけ妙に楽しそうな奴がいる。
「ぐはははっ!」
「じいさん、笑いすぎだろ……」
俺の祖父、マルクスは豪快に笑いながら片手に酒を持ち、一向に料理には手をつけようとしない。
「なんじゃ、お前も飲むか?」
「遠慮しとく」
すでに頬が赤らんでいるあたり、すでに結構飲んでいるようだ。
ふと、隣に座ったセラを見ると、彼女は目を輝かせながら、俺の近くに置かれた魚料理をじっと見つめていた。
「……そんなに食べたいのか?」
俺が取り分けてやると、セラは嬉しそうに笑い、「ありがとう」と小さく呟いた。そして、ふわふわとした白い魚の身を口に運び、幸せそうに目を細める。
「ん~、美味しい……♪」
まるで猫のように満足げな表情を浮かべる彼女を見て、思わず頭を撫でかけたが、ギリギリのところで思いとどまった。
一方で、マリーはというと、上品にナイフとフォークを使いながら肉料理を味わっていた。
「やはりお肉が絶品ですわね! どこで手に入れたのですの?」
興味津々な様子で尋ねると、じいさんが得意げに鼻を鳴らした。
「これはのう、山で狩ったモンスターの肉じゃ。確か……ブルベヒモスとか言ったかのう」
「ブルベヒモス……?」
マリーが興味深そうに眉を上げる。
「あんな凶暴な魔獣を……?」
「おぉ、あいつは臭みが強くて普通に焼いたらとても食えたもんじゃないが、調理の仕方次第でこうして美味くなるんじゃ。ハッハッハ!」
「なるほど……!」
マリーは興味深げにじいさんの言葉に聞き入っている。
仕事に生かそうとしているのだろうか?
この旅館の跡取り娘であるマリーは、将来店を切り盛りする立場になるのだろう。しかし、彼女の家柄を考えれば、わざわざ自分で料理の研究をしなくてもいいはずだ。
それでもこうして料理の知識を深めようとする姿勢には、どこか好感が持てた。
「おじいさま、この肉の下処理の方法、詳しく教えてくださいませ!」
「おう、いいぞ! こういうのは実践あるのみじゃ!」
じいさんのノリノリな様子に、俺は思わず苦笑した。
「ったく……」
目の前にはこんがり焼かれたパン。表面は少し硬そうだが、中はふわっとしていそうだ。
俺は手元のパンをちぎり、口へ運ぶ。
そして、ゆっくりと噛みしめた瞬間——。
口の中に広がるのは、小麦の素朴な甘みと、ほんのりとした塩気。
そして、かすかに漂う香ばしい焼き加減が、どこか懐かしさを感じさせた。
「……よかった」
思わず、胸の奥から安堵のため息がこぼれる。
その呟きに、向かいのノエルがピクリと反応した。
「何がよかったの?」
俺はパンをもう一口齧りながら、さらりと答える。
「いや、歯が折れるんじゃないかと思って」
その瞬間、ノエルの表情がスッと険しくなった。
「……失礼ね。うちのパンをなんだと思ってるの?」
「鈍器?」
俺が冗談めかして言うと、ノエルの頬がピクリと引きつる。
「……次から焼きたてじゃなくて、カチカチのやつを出そうかしら?」
睨むように言い放つノエルに、俺は肩をすくめて笑う。
「冗談だって。でも、普通に美味いから文句はないよ」
パンをもう一口頬張りながら言うと、セラが嬉しそうに目を細めた。
「おいしいね、ライル♪」
「あぁ、そうだな」
口の中に広がるパンの香ばしい味を楽しみながら、俺はふと、この村の味を噛みしめていた。
変わらないものがここにはある——そんな気がして、少しだけ心が落ち着く。
だが、その穏やかな空気を破るように、セラがふと俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ、ライルって、冒険者ってどんな感じだったの?」
フォークを手に取ったまま、俺は思わず動きを止める。
「……どんな感じって言われてもな」
「大した仕事じゃないぞ」
適当に言葉を繕おうとするが、セラはまったく引き下がる気配がない。
「えー、もっと詳しく聞かせてよ! モンスター退治とか、危ない任務とかあったんでしょ?」
無邪気な声で問いかけられる。
俺はフォークを皿に置き、少し考え込んだ。
「まぁ、そんなもんだな……」
説明しようとしたが——驚くほど言葉が出てこない。
何年もこの村を離れ、数えきれないほどの仕事をこなしてきたはずなのに——。
まるで、自分が何もしてこなかったかのように、言葉が出てこなかった。
何を言えばいい? 何を話せばいい。
この村を出てからの俺は、どこかに向かって突き進んでいたはずだった。
けれど、その道の先には何もなかったのかもしれない。
「えっと……」
気まずい沈黙が落ちる。
だが、そのとき。
「まぁまぁ、きっと語るには多すぎるってやつよね?」
ノエルがさらりと間に入った。
「そうなの? でもそうだよね、ライルって昔から強かったし!」
セラの無邪気な言葉に、俺は曖昧に笑う。
「はは……」
話が逸れてくれて助かった。
俺のせいで変な空気になるのは嫌だからな。
ふとノエルが俺に向かって、悪戯っぽくウィンクをした。
「……借りができたな」
俺は小さく呟く。
と、そこで
「ライル! せっかくの歓迎会なんだから、貴方も飲みなさい!」
隣の席から、マリーがグラスを手に取り、俺に向かって微笑んだ。
意外な申し出に、俺は思わず眉を上げる。
「珍しいな。マリーが酒を注いでくれるなんて」
「当然ですわ。今日はあなたが主役みたいなものですから!」
胸を張って堂々と言う彼女の姿に、俺は苦笑する。
気を遣ってくれたのかどうかは分からないが……ありがたく受け取るとしよう。
差し出されたグラスに注がれた液体は、透明で、どこか独特な香りがする。
ひと口飲んでみるか——そう思った、その瞬間だった。
「どっひゃぁぁぁ~~!!??」
ボンッ!!
——爆発したように顔を真っ赤にしたじいさんが、テーブルの向こうで悶えていた。
「おい、じいさん!?」
俺は慌てて声をかける。
じいさんの手には、なみなみと注がれたジョッキ。
そして、その中身は——今まさに俺が飲もうとしていたものと同じ液体だった。
「まさか……」
俺はゆっくりとマリーの方へ視線を向ける。
「おい、マリー?」
「なんですの?」
彼女は涼しい顔をしている。
「なんで酒カスのじいさんが酔い潰れてるんだよ?」
俺はジョッキを指さす。
マリーは、まるで答え合わせをするようにコツコツと指を顎に当て、小さく笑った。
「ああ、それですの? うちで改良中のお酒で、飲みやすいと定評がありますわ!」
「ほう……」
それなら問題はない。
しかし、彼女はすぐに付け加えた。
「ただ、アルコール度数が80%を超えているという点を除けば、ですが」
「飲めるか!!」
俺はダンッとテーブルにグラスを叩きつけた。
「何てものを飲ませようとしてるんだ、お前は……」
ノエルは呆れた顔をして腕を組み、セラは物珍しそうにグラスを覗き込んでいる。
「ねえマリー、それって普通に飲めるものなの?」
「私は、まだ試していませんわ!」
「試してから提供しろよ!?」
じいさんは顔を真っ赤にしたまま、しばらく天井を見つめていた。
俺は大きくため息をつきながら、未だに手元にある酒を睨みつける。
まったく、危うくとんでもない目に遭うところだった。
……まあでも。
久しぶりの再会で、気まずい沈黙が流れるよりは、こうして騒がしいくらいがちょうどいいのかもしれない。
俺は静かにグラスをテーブルに戻しながら、小さく笑った。
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