5話 ごちそう
今回もお楽しみください。
祖父に案内され、家の奥へと進む。
「部屋は昔のままだ。好きに使え」
そう言われ、懐かしさを覚えながら扉を開けた。
目の前に広がるのは、幼い頃から使っていた部屋
木製の机、棚に並べられた本、窓際の椅子。すべてが昔のままだった。
俺はゆっくりと中へ入り、荷物を床に置く。
ベッドに腰を下ろし、ふうっと息をつく。
「……変わらないな」
それが率直な感想だった。
この村を離れて長い時間が経ったというのに、まるで昨日までここにいたかのような気がする。
部屋の空気は澄んでいて、埃っぽさもない。
誰かが掃除してくれていたのだろう。
「……もしかして、俺が帰ってくるのを見越してたのか?」
祖父はそんなそぶりを見せなかったが、こうして部屋が整えられているのを見ると、やはり気にかけてくれていたのかもしれない。
「……ありがとう、じいさん」
小さく呟きながら、視線を枕元へと移す。
そこに、俺は大事に扱ってきた剣を置いた。
「……結局、お前を使いこなせやしなかったんだけどな」
柄をなぞりながら、ぼそりと呟く。
この剣は、俺が冒険者だったころの相棒だ。
何度も戦場を共にし、何度も命を救われた。
だが、最後まで使いこなせたとは言えない。
戦いのたびに自分の未熟さを痛感し、強さを求め、手を伸ばしても届かなかったものがある。
それが、俺が冒険者を辞めた理由なのか。
「……もう、今となっては分からないな」
剣を握りしめたまま、静かに目を閉じる。
思い返せば、今日は久しぶりに幼馴染たちと再会した。
外見は多少変わっていたが、あいつらはあの頃と同じだった。
いや、変わらない部分があったからこそ、俺は安心したのかもしれない。
何が言いたいんだろうな、俺は——。
苦笑しながら、天井を見上げたそのとき
「おーい! そろそろ飯にするぞ!」
祖父の声が、遠くから響いた。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「今いくよー」
日も暮れ、丁度腹が減っていた頃なので助かる。
リビングへと足を踏み入れた瞬間、思わず足を止めた。
「……なんだ、これ」
目の前のテーブルには、豪勢な料理がズラリと並んでいた。
サラダにロースト肉、香ばしい焼き魚、煮込み料理、さらにどこかで見たことのあるパンまで。食卓を彩る料理はどれも美味しそうで、まるで王侯貴族の晩餐のようだった。
「これ……まさか、俺を歓迎するために?」
そう思うと、なんだか気恥ずかしいどころか、引いてしまう。
だが、同時に疑問も浮かんだ。
あのじいさんが、ここまで手の込んだもてなしをするなんてありえるのか
普段のじいさんなら「飯は食えればいい」くらいの感覚だろうに。
「どうしたんだ? さっさと座らんか」
不意に、祖父——マルクスの低く響く声が背後から聞こえた。
「え、あぁ……」
俺は戸惑いながらも席へ案内され、椅子に腰を下ろす。
じいさんは、腕を組みながら得意げに俺を見ている。
「なぁ……これって……?」
言いかけた瞬間、じいさんは誇らしげに笑い、胸を張った。
「ふははっ! すごいだろう! お前が帰ってくるから、特別に豪華にしてやったんだ!」
どうやら、本当に俺のために用意してくれたらしい。
「……マジで?」
少し意外だった。いや、正直言って、信じられない。
「じいさんがこんなことするなんて、何か企んでるんじゃないのか?」
俺が疑いの目を向けると、じいさんは不服そうに眉をひそめた。
「企む? ワシが? 何をだ?」
「いや、流石にこれ、二人で食う量じゃないだろ」
テーブルの上の料理を見て、改めて思う。
豪華なのはいいとしても、この量はどう考えてもおかしい。まるで五、六人前はある。
じいさんは俺の言葉にしばし首を傾げ——それから、何かを思い出したように「ああ、そうだった!」と立ち上がった。
「んなモン、野郎二人で食うわけないだろ、つか食いたくもない! ちょっと待ってろ!」
そう言い残し、じいさんは玄関へ向かい、そのまま外へ出て行った。
「……全く、冷めるだろ」
俺は呆れつつも、箸を手に取る。
別に、じいさんを待っている間に少しくらい食べたっていいだろう。
「先に食うか……」
そう思いながら、一口つまもうとした瞬間——
「ライルくん、来たよ」
セラの柔らかな声が響いた。
ふと顔を上げると、彼女がニコリと会釈しながら入ってくる。
続いて、後ろから二人の姿が現れた。
「な、何かと思えば……」
驚きに目を丸くするノエルをよそに、マリーが優雅に微笑む。
「ごきげんよう。まあ、なんて美味しそうな料理ですの!」
ノエルは腕を組みながら、軽く息をついた。
「まったく……ドーソンさんったら、サプライズ好きすぎでしょ」
「ふははっ! こういう場は賑やかな方がええじゃろ?」
じいさんが豪快に笑う。
俺は改めて、目の前の料理を見つめた。
これは、俺のためだけではなく、幼馴染たちとの再会を祝うための宴だったのだ。
「せっかくだから、みんなで食べようよ」
セラが椅子を引いて座ると、マリーも優雅に腰を下ろし、ノエルは少し照れくさそうに席についた。
「それじゃあ、ライルくんの帰郷を祝って——」
セラがグラスを持ち上げる。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
グラスが軽やかに触れ合う音が響いた。
嬉しいような、恥ずかしいような。
別に歓迎されるようなことをしたのだろうかと、戸惑う俺であった。
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