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4話 師匠

今回もお楽しみください。

 三人の幼馴染からようやく解放された俺は、祖父の家へと足を運ぶことにした。

 マリーの家からそう遠くはなく、ゆっくり歩いてもすぐに着く距離だ。

 道すがら、深呼吸を一つ。懐かしい香りが微かに鼻をくすぐる。


「……久しぶりだな」


 目の前に広がるのは、変わらぬ佇まいの家。

 木造のしっかりした造りで、長い年月を経てもなお威厳を感じさせる。どこか懐かしい土の匂いが、幼い頃の記憶を呼び起こす。

 俺が幼少期を過ごした場所。


 この玄関を何度も出入りし、庭で木剣を振るい、寒い日は炉端で祖父と並んで酒粕の甘い香りを楽しんだ。

 帰ってきていい……そう言われていたとはいえ、いざ祖父と顔を合わせるとなると、妙に緊張する。

 俺はゆっくりと扉に手をかけた。

 その瞬間——


「ッ!」


 背後に微かな気配。

 バッ!

 反射的に振り向き、飛んできた一撃を紙一重でかわす。


 ——追随する第二の手。


 先ほどの攻撃が囮だったことに気づく間もなく、さらに鋭い突きが俺の胸元を狙う。俺は瞬時にそれを払い、後退しながら脚を回して反撃を仕掛けた。

 しかし、相手はただ者ではない。俺の攻撃を察知し、わずかに身を逸らしながら、まるで弾丸のような速さで懐に入り込んでくる。


 交差する組手。

 拳と拳がぶつかり合い、息をつく暇もない攻防が続く。

 普通の冒険者ならば、とっくに地に伏していただろう。

 このスピード、この的確な動き——こんな精妙な組手を仕掛けてくるのは、この村でたった一人しかいない。

 俺は腕を組んだまま、一歩下がり、ふっと息を吐いた。


「……ただいま、じいさん。熱烈なお迎えだな」


 皮肉を込めた言葉を投げると、相手は豪快に笑った。


「ふははっ! 腕は落ちておらんようだな!」

「そりゃあな。先日まで冒険者をやってたんだから、当然だろ」


 俺が肩をすくめると、祖父は満足げに頷いた。


「うむうむ! ワシの教えをちゃんと守っていたようだな!」


 白髪を後ろになでつけ、鍛え抜かれた太い腕を組みながら、俺を見下ろす男。

 俺の祖父、マルクス・ドーソン。

 ただの老人ではない。俺の育ての親であり、師匠でもある。


「……まったく、じいさんは相変わらずだな。俺が帰ってきたらまず攻撃してくるって、どういう迎え方だよ」

「はっはっは、久々の再会だしのう! それに、ワシの孫が腕を鈍らせておったら、喝を入れねばならんだろう?」

「普通は、久しぶりに会った孫に飯でも食わせるもんだと思うがな……」


 俺が呆れながら言うと、祖父はにやりと笑った。


「そんなことを言って、ワシと手合わせするのは楽しいだろう?」

「……まあ、嫌いじゃないが」


 地獄の修行の日々を思い出す。

 幼い頃、両親を亡くした俺を引き取った祖父。

 彼はかつて、名を馳せた凄腕の冒険者だった。しかし、引退後はこの村で静かに暮らしていた。そこへ転がり込んだ俺を、彼は鍛え上げることを決めた。


 ——『強くなれ』


 その一言とともに始まった修行は、俺にとって地獄だった。

 朝は日の出とともに鍛錬。昼は体を酷使する実践訓練。そして夜は、剣の構えから魔法の基礎まで叩き込まれた。


 泣き言を言っても許されない日々。

 だが、そのおかげで俺は強くなった。


「まあ、お前も大変だったのう。冒険者を辞めたんだろう?」


 祖父がふと、声を落とした。


「……ああ」


 俺は短く答える。


「もう剣を握るつもりはないのか?」

「いや、剣を握らないってわけだない。ただ、戦いのためだなくて……もっと別の形で生きていこうと思ってる」


 祖父はしばらく俺を見つめ、それからふっと笑った。


「そうか。なら、好きにするがよい。お前の人生だ」

「……意外とあっさりしてるんだな」

「ワシはもうお前に教えることはない。それに、どんな道を選んでも、お前はワシの孫だ」


 その言葉に、俺は少しだけ胸が温かくなった。


「……そうか」


 ふと、祖父は腕を組みながら言う。


「しかし、ワシが引退してしまえば村に腕の立つ者がおらん。お前が帰ってきたなら、ちょっとはワシの仕事を手伝ってくれるんだろう?」

「は?」

「せっかくの力、無駄にはできんだろう?」

「……俺は、のんびり過ごしたくて帰ってきたんだが?」

「はっはっは! まあ、そう言うな。ワシの頼みだ」


 ——結局、こうなるのか。

 俺は深い溜め息をつきながら、祖父の顔を見上げた。

 ……まあ、どうせ暇になるだろうし、考えておいてやるか。

 そうして、俺の田舎暮らしが始まったのだった。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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