3話 荷物運び
今回もお楽しみください。
「ねえ、ライル。このあと時間ある?」
不意に声をかけられ、俺はノエルを見た。
「ん? どうかしたか?」
「これからパンを運ばないといけないんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」
彼女は軽く肩をすくめながらそう言った。どうやら結構な量があるらしい。
「え、でも俺、これから祖父の家に行く予定なんだよ。帰ってきたばっかだし」
すると、ノエルはふっと笑って肩を叩いてきた。
「いいじゃない、付き合いなさいよ。それに、マリーにも会えるんだから」
「……え? マリーも?」
意外な名前に驚いていると、横でセラが微笑んだ。
「うん。ノエルのお店の大事なお得意様なんだよ。だから、今日もお仕事でパンを届けるの」
「そういうこと」
ノエルは軽く頷く。
確かに祖父の家に行く予定はあるが、そこまで時間がかかるわけでもないだろう。
「まあ、ちょっとくらいなら……いいか」
俺は肩をすくめ、結局手伝うことにした。
こうして、俺の田舎での一日目は、少しだけ予定が増えることになった。
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ノエルの店から運ぶことになったパンは、まさに山のようだった。
「これ、全部何に使うんだ?」
俺が息をつきながら尋ねると、ノエルは当然のように答えた。
「彼女の従業員や、お客様に提供するパンよ。毎日これくらい運んでるんだから」
「ノエルちゃんちのパンは美味しいからねぇ」
隣でセラが補足する。
確かに、この村のパン屋は評判が良く、俺も小さい頃は何度かお店に寄せて貰ったこともあった。
だが、問題はその量だ。
「……いや、なんで俺だけこんなに持たされてるんだ?」
俺の両腕は、いくつものパンが詰まった袋でいっぱいだった。
対して、ノエルとセラは手ぶら同然の軽やかな足取りで歩いている。
「だってライル、男の子でしょ?」
ノエルがさらりと言い放つ。
「別にいいけどさ……重いんだよ、これ」
パンというのは基本的に軽いものだと思っていたが、どうにも一部異様に重いものが混ざっている気がする。
これは何が入っているんだ?
そう思いたくなるほど、ズシリと腕に負担がかかる。
「……まあ、セラに持たせるよりはいいか」
俺は肩をすくめる。
今はどうかわからないが、昔のセラは病弱だった。
無理をさせるわけにはいかない。
そうしてたどり着いたのは、この町でも有名なハーヴェストの宿。
立派な木造の建物が堂々と建ち、旅館特有の落ち着いた雰囲気が漂っている。
ここは村の名所でもあり、多くの旅行客が足を運ぶ人気の宿だ。その跡取り娘が、俺のもう一人の幼馴染——マリー・ハーヴェスト。
俺たちは玄関をくぐると、ノエルが中に向かって声をかけた。
「パンをお届けに来ましたー!」
しばらくすると、奥から軽やかな足音が響き、姿を見せたのは一人の少女。
「ご苦労さま、今日もありがとうございます……あら?」
足を止め、俺をじっと見つめる。
金髪をふわりと揺らしながら、彼女は目を丸くした。
「ライル……?」
そう呼ぶ声は、どこか驚きと懐かしさが混ざったものだった。
俺の知る、最後の幼馴染。
——マリー・ハーヴェストとの再会だった。
彼女が驚いた顔のまま、勢いよくこちらに駆け寄ってくる。
「ライル!? いつ帰ってきたんですの!? どうしてここに!? まさか、お化けじゃありませんわよね!?」
そう言いながら、思い切り俺の肩を揺さぶってきた。
「お、おい! 荷物が落ちるからやめろって……!」
容赦ない勢いで質問攻めにされながら、俺はなんとか体勢を整えようとするが、マリーの手はなかなか離れない。
「ちょっと、マリー。ライルが本当に困ってるでしょ」
ノエルが呆れたようにため息をつくが、マリーはまるで聞こえていないかのようにさらに身を乗り出してきた。
「だって、何も知らせずに帰ってくるなんて失礼じゃありませんこと!? わたくしたちはあなたの大切な幼馴染なんですのよ!?」
「いや、悪かったって……でもそんなに揺らしたら、ほんとに荷物落ちるから!」
「ふふ、ライルくん、モテモテだね♪」
そんな俺たちの様子を見て、セラが微笑みながら呟く。
「いや、笑ってないで助けてくれ……!」
「どうしようかなぁ~?」
セラはわざとらしく考えるふりをしながら、くすくすと笑った。
まったく、こいつはこういうとき本当にマイペースだ。
「はいはい、もうその辺でやめときなさいって」
さすがに俺が本気で困っているのを察して、ノエルが間に入ってくれた。
「ほらほら、ライルが困ってるでしょ。ちゃんと離してあげなさい」
ノエルの言葉に、マリーはようやく手を離す。
「まあ、仕方ありませんわね。でも、本当に驚きましたの」
「黙って帰ってきて悪かったよ」
そう言うと、マリーは不満げに頬を膨らませる。
「そうですわ! 私たちに一通も手紙を寄こさないなんて、どういうことですの!? もしかして、わたくしたちのことを忘れていたんじゃありません?」
「そんなわけあるか。ただ、いろいろ忙しくて……」
「まあまあ、そんなに怒らないで。ライルくんも、帰ってきたばかりで疲れてるだろうし」
セラが優しく間に入ると、マリーはむうっとした表情を浮かべながらも、ふんわりと微笑んだ。
「まあ、久しぶりに会えたのですから、今回は許して差し上げますわ」
そう言って、彼女はパンの詰まった袋を指さす。
「とりあえず、その荷物をこちらに運んでくださいませ」
「もちろんだ」
贖罪のつもりで、俺は言われたとおりに荷物を奥へ運ぶことにした。
旅館の廊下を歩いていると、途中でマリーの両親と鉢合わせる。
「おや、ライルくんじゃないか!」
「まあまあ、いつ帰ってきたの?」
二人とも目を丸くして驚いていた。
「ついさっきですね。まだ村に慣れてないくらいです」
俺がそう答えると、マリーの母親が懐かしそうに微笑んだ。
「久しぶりねぇ。元気にしてた?」
「はい。まあ、いろいろありましたけど……」
「そっかそっか。でも、帰ってきてくれて嬉しいわ。マリーもさっきまでびっくりしてたみたいだけど、実はすごく喜んでるのよ?」
「お、お母様! 余計なことを言わないでくださいませ!」
マリーが慌てて母親の言葉を遮る。そんな彼女の姿を見て、俺は少しだけ微笑んだ。
——こうして、俺の田舎での時間は、懐かしさとともに賑やかさを増していくのだった。
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