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10話 初仕事

今回もお楽しみください。

 部屋を出て、ひんやりとした井戸水で顔を洗う。

 流れる水の冷たさが、まだぼんやりとした意識を徐々に覚醒させていく。


 その間に、セラは帰ったらしい。

 扉が閉まる音が微かに聞こえた。

 きっと、他にもやるべき仕事があるのだろう。

 手ぬぐいで顔を拭き、すっきりしたところで、俺はリビングへと向かう。


「おはよう、じいさん。何か用があるって聞いたけど?」


 そう声をかけると、じいさんは手にしていた道具をぽんとテーブルに置いた。

 それは、見慣れた木柄の斧だった。


「……薪割り?」


 俺が怪訝そうに尋ねると、じいさんは満足そうに頷いた。


「察しがいいな。その通りだ」


 差し出された依頼書に目を通すと、そこには仕事場や各家庭で必要とされる薪の数が細かく記されている。

 要は、薪を割って納品すれば完了、というわけだ。

 特に難しいことはない。

 だが俺は、ほんの少しだけ微妙な顔をしてしまった。


「……これ、誰でもできるような仕事だよな?」


 もちろん、働くこと自体に不満はない。

 だが、冒険者クラスで言えばE級、せいぜい人手不足のD級が請け負うような仕事だ。

 ずっとB級やA級の仕事をこなしていた俺にとっては、あまりにも単純すぎて拍子抜けしてしまう。

 じいさんは俺の表情を察したのか、目を細めて尋ねてきた。


「……どうした? まさか、嫌なのか?」


 俺はすぐに首を横に振る。


「いや、嫌じゃない。むしろ楽だし、全然いいんだけど……」

「だったらなんだ、その腑に落ちない顔は。物足りないのか?」

「違う。ただ、俺がやっていい仕事なのかなって思ってな」


 B級冒険者の仕事といえば、少々危険な依頼が多かった。

 簡単には人手が集まらない案件や、魔物討伐のようなものがほとんどだったからこそ、今回のような“のどかな日常の延長”のような依頼に、どうにも戸惑いを感じる。

 じいさんは俺の考えを見透かしたように、ふっと笑った。


「なんだ、そんなことか」


 そう言いながら、俺の肩に手を置く。


「いいか、ライル。田舎ってのはな、こういうもんだ。日々、平和でのんびりしてる。それが普通なんだよ」

「……そういうものなのか?」

「そういうものさ」


 じいさんは豪快に笑いながら、大きく腕を組んだ。


「まぁ、たまに魔物は出るがな。言うてもそこまで強いもんじゃない。もし手に負えないような奴が現れたら、遠くの助っ人を呼んで解決してもらう。それで十分さ」

「なるほど……」

「その時はお前さんも駆り出されたりしてな、ガハハッ」


 都会や冒険者として過ごした街では、常に緊張感があった。

 依頼が舞い込むたびに気を張り、命の危険と隣り合わせの日々を送っていた。

 だが、この村は違う。

 のどかで、穏やかで——まるで時間の流れさえゆったりしているように感じる。


「田舎暮らしって、思った以上に別の意味で大変そうだな……」


 どこか肩の力を抜くことを強いられるような、不思議な感覚を覚えながら、俺はじいさんの差し出した斧を手に取った。



 ——————————————————————



 仕事場は村の外れ、少し標高の高い山の方にあった。

 足を踏み入れると、辺りには木々が生い茂り、澄んだ空気が広がっている。

 見晴らしのいい場所に立てば、眼下には村の景色が一望できた。

 小さな家々が整然と並び、その奥には海沿いの教会が静かに佇んでいる。


「セラはもう、あそこに戻ったんだろうな……」


 遠くに見える教会の尖塔をぼんやりと眺めながら、俺はふっと息を吐いた。


「さて——そろそろ始めるか」


 火起こしのための薪は、想像以上の量だった。

 だが、俺とじいさんの鍛え上げられた剣技と腕力があれば、そこまで苦にはならない。

 俺たちは黙々と斧を振るい、硬い丸太を細かく割っていく。


「せいっ、せいっ……!」


 パシンッ! ガツン!

 乾いた音が響き、薪が次々と積み上がっていく。

 結果、二時間程度で作業は完了した。


「おう、早かったじゃないか」

「爺さんもな」


 一般人なら、その倍以上はかかるだろう。

 まぁ、それくらいの差はあって当然か。

 積み上げられた薪の山を見て、俺は軽く満足感を覚えた。


「さて、行くか」


 じいさんがそう言うと、手早く薪を束ねて背負い始める。


 次の仕事は、この薪を各家庭に配ることだ。


「体力仕事だから、俺がやるよ」


 そう申し出たが、じいさんは不敵な笑みを浮かべると、頑なに首を振った。


「馬鹿を言え。まだまだワシは現役だ」

「……腰を壊しても知らないからな」


 肩をすくめながら、俺も薪を背負い、じいさんと共に坂道を下っていく。

 ——最初に向かうのは、村で最も薪を消費する家庭。


 まぁ、旅館のハーヴェスト家あたりだろうな。

 そう予想していたが、辿り着いた先は、意外な場所だった。


「ご苦労様」


 俺たちを出迎えたのは、ノエルだった。


「……え? お前の家って、こんなに薪が必要なのか?」

「そうよ。パンを焼くのに大量に使うの」


 なるほど。店を営んでいる以上、一般の家庭よりも多くの薪を使うのは当然か。

 ただ、それにしてもこの量は……。


「なんだか異常じゃないか?」

「なにが? まぁいいわ、早速使いましょうか」


 ノエルが軽やかに言いながら、薪をくべる場所へと向かう。

 外側に薪を入れ、内側からパンを焼く仕組みらしい。

 俺はその造りをじっと見ながら、ふと疑問を抱いた。


「……なんか変な構造じゃないか?」

「さっきからなに、ちょっとどいてて」


 そんなことを考えていると、ノエルが扉を開けた。


 ゴゴゴゴゴウッッ!!!


「……は?」


 まるで灼熱の爆風が吹き荒れるような轟音が響いた。

 勢いよく噴き出した炎が、まさに"劫火"のごとく燃え盛る。


 俺の顔に熱気が押し寄せ、息が出来なかった。

 ノエルは慌ててバンッと扉を閉める。

 俺はしばらく沈黙し、それから冷静に問いかけた。


「お前の家……何を作ってんだ?」

「パンよ?」

「……焦げないのか?」

「ふふん、大丈夫よ。パンは火力が命だから」


 自信満々に胸を張るノエル。

 いや、どう考えても普通のパンが焼ける温度じゃない。


 鉄が溶けてもおかしくないレベルだぞ……!?

 てかまず、なんでお前の手は火傷していないんだ?

 さすがに何かの間違いだろうと混乱していると、背後でじいさんが愉快そうに笑った。


「そうだ! パンは火力だ!!」

「ね? ドーソンさんもわかってるじゃない!」


 ガハハと大笑いしながら、じいさんとノエルは意気投合していた。

 その横で、俺は未だに信じられない気持ちで燃え盛る炉を見つめている。


 ……田舎のパン屋って、こんなに恐ろしいものだったか?

 いや、俺の常識が間違ってるのか?

 思考が追いつかないまま、俺はただ呆然とその場に立ち尽くしていた——。


面白い、続きが見たい!思った方は評価、ブクマ、リアクションもよろしくお願いします。

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