「人影②」
翌日、旧校舎の話題はクラスでも持ちきりだった。昨日、美咲が見たという不審な人影の話が広まり、興味を持つ生徒もいれば、「ただの見間違いだろ」と笑い飛ばす者もいた。
「本当に見たの?」
玲奈が美咲に尋ねると、美咲は少しむくれた表情で答えた。
「絶対に見たって! 窓の向こうに誰かいたんだから!」
「でも、旧校舎って今は使われてないんだよね? 誰かが勝手に入れるものなの?」
「そこが気になるところなんだよな……」
俺は腕を組みながら考え込んだ。旧校舎は一応施錠されているはずだが、管理がガバガバなら侵入することは不可能ではない。
「実際に行って確かめればいいんじゃね?」
健太が気軽に提案する。
「えぇ!? 怖いよ!」
「じゃあ、美咲は行かなくていいよ。俺と悠真で行くから」
俺は面倒事を押し付けられそうになり、ため息をついた。
「いや、行くなら人数いたほうがいいだろ。危険かもしれないし」
「え? じゃあ悠真も行くの?」
「何かを見たっていう以上、確かめる価値はある」
俺がそう言うと、美咲は少し驚いたように目を瞬かせた。
「じゃあ、私も行く!」
「怖いって言ってたくせに?」
「……悠真がいるなら大丈夫かなって」
美咲が小さくつぶやいたその一言に、俺はなぜか心臓が一瞬跳ねるのを感じた。
俺がいるなら大丈夫?
「……別に、守れるかどうかはわからないけどな」
「ふふっ、悠真ってそういうところ素直じゃないよね」
美咲はくすくすと笑いながら俺を見上げる。
まるでペットショップでハムスターを眺めているかのような可愛さだ。
「お前な……」
俺は視線を逸らしながらも、まんざらでもない気持ちになっている自分に気づいてしまった。
放課後、俺たちは旧校舎へと向かった。
人気のない建物の前に立つと、美咲が俺の袖を引いた。
「ねえ、やっぱりちょっと怖いかも……」
「なら帰るか?」
「……行く」
美咲の手がぎゅっと俺の袖を握る。その感触に、俺は思わずドキッとした。
「……そんなに掴まなくても大丈夫だろ」
「だって、怖いんだもん」
美咲の頬が少し赤くなっているのが見えた。健太が後ろでクスクス笑っているのが、なんとなく癪だった。
「よし、行くぞ」
俺たちは慎重に中へ足を踏み入れた。
旧校舎の中は埃っぽく、ひんやりとした空気が漂っていた。窓から差し込む夕陽が長い影を作り、不気味な雰囲気を演出している。
「うわぁ……ホラー映画みたい」
「……お前、怖がってるくせにそういうこと言うなよ」
「だって、雰囲気あるんだもん!」
俺たちは廊下を進み、昨日美咲が影を見たという教室の前で立ち止まった。
「ここ?」
「うん……」
美咲が小さく頷く。
俺はそっとドアを開けた。
ギィ……。
古い蝶番が悲鳴のような音を立てる。中は薄暗く、埃まみれの机や椅子が静かに並んでいた。
「……誰もいないな」
「やっぱり見間違いだったんじゃ——」
パタッ。
何かが動いた音がした。
「えっ!?」
美咲が俺の腕にしがみつく。
「一旦隠れるぞ!」
俺の合図でみんなはそれぞれ隠れた。
俺と美咲はそのまま一緒に隠れることになってしまった。
距離が近い......
第五話です
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