「始まりの日常」
朝の空気は澄んでいて、穏やかな風が桜ヶ丘高校の校門をくぐる生徒たちの間を抜けていく。
俺、篠原悠真は、いつも通りの時間に家を出た。黒髪を無造作に整え、ネクタイを適当に締め、片手には小説を持っている。無駄なく最短ルートで学校へ向かうのが日課だった。基本的に一人で行動するタイプで、友人がいないわけではないが、群れることを好まない。
家を出てすぐ、そんな俺の前に、1人の女子高生が手を振ってこちらに向かって走ってきた。
「おはよ、悠真っととととぉおお!」
!!!!!!
「痛ったぁ〜」
今目の前で盛大にコケて俺に向かって倒れ込んできたのがまさしくこのラブコメのヒロイン、桜井美咲だ。
高校にはいってから知り合ったが、妙に懐いてくる。
いや、なつくというより、つきまとってくる。
美咲はこの学年、いや学校でも女優顔負けと噂されるほど容姿端麗だ。
その上、あまり大きな声では言えないが、スタイルもとても良く、各方面の男子からモテている。
そんなやつがなんで俺みたいな根暗ミステリー小説好きのthe陰キャとか変わってくるのかはわからない。
話を戻すと、俺はたったいまその美咲から体当たりを食らって彼女の下敷きになっている。
俺の体に触れる柔らかい何か、これはまるでマシュマrっっ
そんな単語を思い浮かべるよりも早いスピードで俺の右頬に何かがぶつかった。
いや、ぶつかったと言うより、それによって俺は吹き飛ばされた。
全く朝から何が起こっているのか理解ができない。
地面に這いつくばる俺に向けて茶色のロングヘアをなびかせ、頬を赤く熱らせている彼女は、俺とは正反対の性格だ。
「ドスケベ!!いい、いや今のは私が悪いかも!?」
「……うるさい。朝からそんなに元気なやつ、珍しいな」
「何それ! 挨拶しただけで文句言われるとか、理不尽すぎ!」
美咲は不満げに頬を膨らませる。
挨拶とは....
「別に文句を言ってるわけじゃない。ただ、もう少し静かにしてくれると助かる」
「ふーん、でもさ、朝に元気出しておくと一日が楽しくなるんだよ?」
「理論的な根拠は?」
「そ、そんなの考えたことないけど……!」
俺はため息をつき、小説のページをめくった。
それにしても美咲は容姿が整いすぎている。
テレビに出ている芸能人と比べてもクオリティは劣っていない。
「悠真ってほんと理屈っぽいよねぇ。もっと直感で生きた方が楽しいのに」
「直感で生きると、失敗する確率が上がる」
「それを含めて楽しむの!」
美咲が得意げに言うと、その場にもう一人の人物が割り込んできた。
「おーっす! 朝から相変わらずやり合ってるな、お前ら」
住吉健太だ。ショートヘアで少しぽっちゃり体型の彼は、クラスのムードメーカーとして場を和ませる存在だった。
彼は少しぽっちゃりしているが、これでもうちのサッカー部の鉄壁ディフェンダーだ。
動けるデブってやつ(ボソッ)
「別にやり合ってるわけじゃない。ただの意見交換だ」
「いや、どう見ても口喧嘩だろ!」
「健太、悠真はこれを“意見交換”って言うんだって」
「へぇ~、じゃあ俺も先生に怒られたとき、“意見交換です”って言えば許してもらえる?」
「いや、それはただの言い訳だからやめとけ」
三人でそんな会話を交わしながら校門をくぐる。朝の学校は活気に満ちていて、廊下には楽しそうに話す生徒たちが溢れていた。
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教室に入ると、遠藤玲奈の姿が目に入った。
彼女は窓際の席で静かに本を読んでいた。黒髪ロングにメガネという落ち着いた雰囲気の彼女は、クラスの中でも一線を引いているタイプだ。
「おはよう、玲奈」
美咲が明るく声をかけると、玲奈は顔を上げ、わずかに微笑んだ。
「おはよう、桜井さん」
「もう~、また“桜井さん”って言ってる。美咲でいいよ!」
「……じゃあ、美咲。おはよう」
「うん!」
玲奈の小さな変化を見逃さず、美咲は嬉しそうに頷いた。
一方、俺は自分の席に座り、小説の続きを読み始める。授業開始までの静かな時間が、俺にとっては貴重だった。
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昼休み、俺たち四人は自然と集まり、教室の隅で昼食をとっていた。
「そういえばさ、最近ちょっと不思議なことが起こってるらしいよ」
美咲が興味津々な顔で話し始めた。
「不思議なこと?」
「うん! 例えば、誰もいないはずの教室から物音がしたり、机の中の物が勝手になくなったり……」
「ただの勘違いじゃないのか?」
俺は冷静に返す。
「そう思うでしょ? でも、意外とそういうのって積み重なると本当に怪しいことになったりするんだから!」
「それってもしかして、例の“旧校舎の幽霊”の話と関係あるんじゃね?」
健太が楽しそうに話に乗った。
「え、何それ?」
「知らないの? 旧校舎で、夜になると誰もいないはずなのに足音が聞こえるって噂」
「……またオカルトの話か」
「ちょっと悠真、そういうのも面白がらないと損だよ?」
美咲が不満げに言うが、俺は気にせずに昼食を続ける。
「まぁまぁ、こういう話は聞くだけでも楽しいって!」
健太が場をまとめ、俺たちは雑談を続けるのだった。
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放課後、俺は図書室へ向かっていた。
本を借りようと本棚を見ていると、玲奈の姿があった。
「玲奈も本、借りるのか?」
「ええ。たまにここで静かに過ごすのが好きなの」
「俺もだ」
二人はそれ以上言葉を交わさず、それぞれ本を手に取る。
こうして、俺たちの日常は続いていく。
しかし、それがいつまで“日常”でいられるのか——。
俺たちはまだ知らなかった。
第1話です
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