言葉の壁と試練
村に到着した亮介は、戸惑いを隠せなかった。
言葉が通じない中で、村人たちは警戒の目を向け、身振り手振りで何かを伝えようとする。亮介は地面に絵を描き、ジェスチャーで必死に意思疎通を図ろうとする。
「私の名前は亮介」「水が欲しい」「私は危険な生物を倒した」
亮介は拙い絵とジェスチャーで、必死に自分のことを伝えようとした。しかし、言葉の壁は厚く、なかなか理解してもらえない。
そんな時、一人の小さな少女が近づいてきた。彼女は、亮介の絵を見て、興味深そうに目を輝かせている。少女は、自分の持っていた果物を亮介に差し出し、何かを言っているようだった。
「アポ」
アポ……これが果物の名前か?
亮介は、笑顔で少女に向かって応える。
「アポ」
それを聞いて、少女は、明るい笑顔で亮介を見つめた。それは、まるでこの異世界でも希望があると示すような温かさだった。
亮介は、この世界にきて初めて心がやすらぐ気持ちを感じた。
亮介が少女と「アポ」という言葉で通じ合った瞬間、周囲の村人たちも少しずつ彼に興味を示し始めた。最初は警戒していた村人たちも、少女の無邪気な笑顔にほだされ、亮介に近づく者が増えていった。
一人の年長者らしき男が、慎重な様子で亮介に手を差し伸べた。彼は何かを言いながら、村の中央にある大きな建物へと亮介を誘導する。亮介はその手を一度だけ握り、促されるままに足を進めた。
村の中心に位置するその建物は、古びた石造りの堂々としたもので、村全体を見守るように佇んでいた。中に入ると、先ほど出会った村の長と思われる老人が座っていた。彼は亮介を見ると、厳かな表情で何かを話し始めた。
言葉が通じないながらも、亮介はその場の空気を読み取ろうとした。長老は何か話しながら、一枚の紙を広げる。紙は少し黄ばんでいて、手作業で丁寧に作られた地図のようだ。細かな線で描かれた山や川、そして村の位置が示されている。紙の質は、現代の日本で見られるようなものよりもずっと粗いが、それでもこの世界での技術水準を示す重要な手がかりだった。
(紙が存在するということは、少なくとも中世後期の技術水準か……いや、もっと原始的かもしれないが、あの化け物がいるような世界だ。俺の知らないとんでもない技術があるかもしれない)
長老の目は真剣そのもので、地図上のある一点を指し示しながら、強い口調で何かを語りかけている。その指示には、明らかに重要な意味が込められているようだった。亮介は深く息を吸い込み、決意を固めた。もしかすると、これから大きな試練が待ち受けているのかもしれない。それでも、村の信頼を得るためには、この指示に従うしかないと覚悟を決めた。
その夜、亮介は村人から簡単な食事と寝床を提供された。言葉が通じない不安は残るものの、初めて異世界で得た温かいもてなしに、亮介は少しだけ心が和んだ。
翌朝、亮介は村の武器庫から貸し出された簡素な剣を手に、指定された場所へと向かうことになった。村人たちは静かに見送る中、昨日の少女が再び亮介の元に駆け寄り、手に「アポ」を握らせた。
「──ありがとう」
亮介は少女に向かって微笑み返し、ゆっくりと森の中へ足を踏み入れた。そこに待ち受ける試練が何かはわからないが、ここで命をかける覚悟はできている。そして、村に戻るときには、何かを得ていると信じていた。