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双穴水鏡山  作者: 静夏夜
9/10

「叫哭丿淵」


「両生類って、雪の中でも動けるんだっけ?」


 門戸の外に居たアレが鑑見様(カンガミサマ)なら、何故ココに居るのかを問うより先に、何故に雪の中を駆け抜けられるのかを問う丹羽(タンバ)


 ふと大山椒魚(オオサンショウウオ)を調べた際の記憶を辿るが、厳冬期に関するを書かれた物まで目を通していなかった事が悔やまれる。


「そんなの考えた所で実際動いてんだから意味無えだろ!」


 口は悪いが田中の言う通りにも思える。

 大山椒魚ですら確認されているだけでも人の歳程に生き(ナガラ)え越冬するのだから、似た個体の鑑見様が越冬能力を有していても何ら可怪しくはない。


 ともすれ大山椒魚が夜行性動物である事を踏まえれば、鑑見様とて夜行性の可能性が大いにあるとも考えられ、これまでも加々見方の住民が寝静まる夜間に鑑見様がこうして動き回っていた可能性だって無きにしも非ず。


 とはいえ雪の中で映像がブレる程の俊敏な動きを見せられては流石に目を疑いたくもなる中、そうは言っても気にはなるのか丹羽の映像を見返していた田中が何かに気付く。


「なあ、この上から三番目の奴、他よりデカくねえか?」


「んん、確かに。こいつらも鮫の赤ちゃんみてえに坑道(ハラ)ん中で共喰いして生き残った奴だけ外に出れるとかなら良いけどよ」


「良くはねえだろ! いや、だとすれば外に居る個体の大きさも……」


 先の門戸の外の映像を求め飯尾のノーパソを奪おうとする中、私はアッコが双見(ソウケン)精神病院に在ると目して考え、道すがらに気付いたのだろう具体的な排水坑道の出口の場所を訊ねる事にした。


 私を置き去りにした事への恨み節を顔に出さないようにとして……



「正確にば病院でばねが、水鏡(ミカミ)峠さ行ぐ折渡る、橋ば下の加々見川渓谷に叫哭丿淵(キョウコクノフチ)言う滝壺みてぇな深い淵が在るでね……」


 母親と話す度に地元訛りがキツくなるアッコの話を頭の中で翻訳しながら地形を浮かべる面倒に、眉間にシワが寄るのを感じつつも聞き逃さぬよう訛りか固有名詞かの判断に難儀するが、話を要約すれば……



 冬幻郷(トウゲンキョウ)に落ちて尚も加々見の川を流されたなら、峡谷の淵まで行けば叫ぶも届かず不知となり、上がるも適わず渓谷の流れに身を落とすか底に沈みて骨となる。



 詰まる話が、叫哭丿淵の名はここ加々見方の云われに語り継がれる地元の子供ですら近付かない場所で、渓谷とは言うも危険な峡谷の中の淵らしく、岩場も危うく事故が起きるのは間違いない事から観光名所等にする予定も無く、地元の云われで正式名称ですらない。


 元より渓谷に沿う道自体が、双穴水鏡山(フタロクミカミヤマ)側にある取水施設の水を渡す今の水鏡峠へ行く橋から冬幻郷(トウゲンキョウ)向かいのお社までの道以外には無く、冬幻郷への観光用に架けた吊り橋も増えたものの、加々見川を渡る橋自体が双見湖に到るまでその二本のみ。


 観光渋滞を避ける為にと造られた水鏡峠建設に伴い橋も架替えた訳だが、突如として『病院への道路も拡幅すべきだ!』とする話が持ち上がり、槍水町(ヤリミズチョウ) に買い取らせた町道である事から一応に試掘調査をした折に問題が起きたという。


「試掘中に淵からの横穴に当だったがよ! そげ横穴さ延びち先ば病院に新設されだぢ言う閉鎖病棟だげ!」


 精神病院には自発的に誰でも入れる開放病棟とは別に、身体拘束着や拘束具を用いて監禁する閉鎖病棟が在る事を、以前殺人事件等の犯人が精神鑑定で不起訴になり送致されたと聞き、事件の真相を追い面会を求めた折に初めて知った。


 ましてや不起訴で送致された殺人事件等の犯人の殆どは何の拘束もなく自由の身であり、拘束着で閉鎖病棟に入っているのは身寄りの無い国の補助者や世間体に隠したいからと渡された者が多く、面会謝絶で人権は疎かその生死すらも伝えられる事は稀と聞く。


 殊更日本では閉鎖病棟での拘束率が高く、人権侵害が甚だしいとの指摘を海外から受けてもいる事から、メディアを使い看護士等が反発に声を上げる機会も多く、日本での精神病院のイメージ自体が暴れる精神病患者というレッテルに、精神病への蔑みが止む事はない。


 けれど実態には差異があり、閉鎖病棟を持つ精神病院の中には、診療報酬のポイント稼ぎと思われる薬物治療の乱用から虐待死まで発生している実態を、内部告発により度々報告されてもいる。


 にも関わらず精神病院はその特性上から、特定施設は議員にとっても美味しい医療組合票田という利害関係を得られる事に、問題を起こしても勧告処分程度で病院理事は他の地で別名の精神病院を建てれば不問に付されてしまうのが実状だ。


 先の双見精神病院の経営者の件を踏まえれば、凡そにも不道徳な話が透けて見えもする。


 しかも叫哭丿淵に間歩の排水坑道が在ると目されるとした話の中に、試掘で見付かった淵から延びる横穴と新設された閉鎖病棟が繋がっているともなれば、面会謝絶に生死も判らぬ患者が何をされるか等……


「正しく餌食だな」


 飯尾とのノーパソの取り合いを諦めたのか、煎餅を齧りながらデリカシーの欠片もない田中の横槍に嫌悪の目を向けたものの、間違ってはいないだろう話に目くじらを立てている気にもなる。


 ともすれ病院と間歩が繋がる話に鑑見様を介し、その病院経営者が▲▲創穴鑑見構(ソウケツカガミコウ)の幹部である羽出(ハデ)寿美吉(スミヨシ)に代わっていたともなれば、教団に都合の悪い者が入れられている現状にも患者が人体実験に使われている可能性が高く、双見(ソウケン)の読みにも総研の意を重ねずには居られない。


「んで知佳、お前何の為にノーパソ取り行ったんだよ」


「ああ、そうだっ……」


 田中に言われて思い出した自分に腹を立てつつノーパソを起ち上げる。


 上からのもみ消しに腹を立て『迫る影に怯えて本質を見失ってはジャーナリズムの名に恥を塗る』と、飲み屋で私に説いた中谷さんの顔を浮かべては、迫る影も質の違いに〈仕方ないじゃん!〉と、開き直りで息巻き気合を入れ直す。


「これです。八年前、大学のサークルで鑑石の温泉宿に泊まって合宿した時に、先輩達が車で事故を起こしていたらしく……」


 映像を再生しつつ達郎先輩から聞いた経緯(イキサツ)を事の発端から話していると、先輩達の車に撥ねられ被害者が横たわる姿にアッコが声を漏らした。


及川(オイカワ) 結希(ユキ)だ……」


 私の疑問の抜けた欠片を補うようにアッコの疑問が凹凸面を重ね合わせて、錯覚なのか全ての答えが解かれ見えたようにも思えて来る。


 公美(クミ)さんと貴子(タカコ)の愚行を目の当たりにしたアッコの話に、達郎先輩の話から得られた情報の少なさを理解させられると共に、アッコが単独で調べた内容の濃さに舌を巻く。



 アッコは双見湖で起きた事故を調べていて及川家の件に行き着いたその折、湖南(コナン)に在る酒屋へと嫁いだ各務(カガミ)家出の泰子(ヤスコ)という家系に石神(イシガミ)家に嫁いだ姉が居る事を知る。


 叔父の洞弥(トウヤ)宮司に頼み各務の家系を調べみると、男系が途切れ姓を失くした家の生まれに富子(トミコ)と言う娘が石神家へと嫁いでいた事が判った。


 その家系図に石神の家系に纏わる走り書きが見付かり、富子が嫁いだのは過去に消えた鏡石(カガミイシ)神社の宮司の家系で、鑑石寺は元来石神家ではなく堀内(ホリウチ)家であったと知り、先の堀内家の古井戸の名に歴史に消えた鏡石神社の位置にもヒントを得ていたようだ。


 鏡石(カガミイシ)神社こそが鑑石村という名の元になった鑑石を奉る神社だったようで、以前は調べても出なかった理由がこの神社の歴史上のお家騒動にあるらしく、その石神の家系を調べ知る事になったのが公美さんと貴子の意外な関係。


「石神家ば過ちを繰り返しどるがよ」


 予想通り公美さんは創穴鑑見構の教祖である石神宇曽(ウソウ)の娘で、第四位に立場を置く幹部の卵となっていた。


 教団内外で囁かれる噂に、第二位に居るのは教団に関与していない堀内家の名を持つ者という話があるらしく、それを裏付ける所に貴子の家系があった。


 狭い世間に年末年始で帰省していた加々見家出のアッコより十は上の先輩が、以前まで双見(フタミ)精神病院に勤めていた事を知り内情を訊けた事は大きく、双見精神病院に勤める看護士の中に貴子と同じ井上姓で四十過ぎの看護士が居た。


 その看護士が貴子の母親と思しき理由に、遠縁とはいえ堀内家の出である事と共に娘が教団に勧誘されてしまい困っている話を聞いていたという点。


 それが事実なら、奇しくも同じ大学で出会った公美さんと貴子は遠縁の親戚で、公美さんから教団に勧誘されたのだろう貴子は、蓋を開ければ公美さんの跡目相続に邪魔となり得る存在……



「あ、それだと公美さんからヘルメットを預かったのも、祐二(ユウジ)先輩に渡したのも……」


「だげ、貴子ば疑われだ言う話も解るがで、そげさ折に娘ば雪崩に巻ぎ込まれだ言う話ざ聞げば、コゲな映像を川口君に送り着けるがも肯けるがぢ」


 けれど貴子の母親は中立の立場を崩して尚も、教団の物となった双見(ソウケン)精神病院の中でやっていられるのかに達郎先輩の安否にも関わる話。


 不意に先の布端が気にもなる中、問いを溢す田中の一言が感じていた違和感の答えと気付き、事の流れに解を見る。


「これ、民間救急車両だろ」


 民間救急車は公的な消防救急車とは異なり、緊急性の少ない者の病院への入退転や社会福祉施設への移動手段に、料金を支払えばレジャー利用も可能な医療補助機能付きのタクシーみたいな役割を提供するサービス車両だ。


 請け負う事業者によりカラーリングも様々で、見た目の違いは多少あれども知らぬ者には判らぬ物まであり、本来サイレンや赤色灯を付けるのは違法だが、付いているかに思えるカラーリングの物も多くあり、初期の物には赤色灯が付いている車両も見受けられた。


 映像に感じた違和感の正体が救急車両のカラーリングと判れば、調べるべきは事業者の経営母体と関連企業、介護タクシーの営業許可に患者等搬送乗務員基礎講習を執り行う消防局と許可認証に関わる国交省、経営実態に則した活動実績の中に双見精神病院や教団との関わりを探すのみ。


 民間救急車が精神病院への搬送を行う事は多くあると何かで聞いたが、そこでは他の病院も経営する理事が代表を務め、感染症での儲けに民間救急車を開業した後始末に、再利用等と称し使っていた後味の悪い話でもある。


 仮にこの民間救急車が双見精神病院と同じ羽出寿美吉が代表なら、本来予約で動き介助タクシーと変わらぬも八㎞位で四千円程と高額な車両が、傷病者の緊急搬送に使われた理由も肯けるというもの。


 だが調べようにもノーパソで映像を再生している今は我慢し待つしかない中で、映像に出て来る者を知るアッコや田中が声を上げた。


「こげ、病院の受付に居だ女に似どるがよ!」


「いや、それよりここ、車の中にもう一人居るぞ!」


 車のフロントガラスに映り込む手を指す田中の声に、イヤホンを着けてノーパソで作業中の飯尾以外の皆が私の小さなノーパソの画面を覗き込もうと端に寄る。


 者の影を見付けた田中の功績に少しの嫉妬も、半信半疑の決断にも映像を観せて良かったと納得出来て胸をなでおろした途端、何を言わずもアッコがスペースキーを叩いて再生を止め、ノーパソを奪うと映像を戻して再生速度を弄り、コマ送りにして顔を近付ける。


 それを脇から観ていたが、よくよく見れば映像の中で及川結希が運ばれるのを先輩達が見守る中、公美さんがチラリと車に向けて笑みを見せていた。


 顔を戻した公美さんが目撃者という女と目を合わせると、女は笑みと指を車に向けて何かを促す。


 すると、ほんの一瞬何かの操作に男らしき顔がフロントガラスに映り込んだが、その男の顔に覚えがあるのか一時停止にして凝視したアッコが珍しく怯えた口調で、自問するように答えを出した。


「ウソだば! こげ、工務店の専務でねが……」


 アルゴも私も知らない地元の知り合いのようだが、アッコが怯える理由は親しいからこそなのだろう事は容易に解る。


 私自身、公美さんと貴子が宗教に入っていた事すら知らなかっただけに、凡そその手の事とは無縁に付き合っていた人が、裏では平然と人を貶め傷付け殺める行為に身を染めていると知れば……



「そうか、工務店の専務なら地元の噂話も人の繋がりも、家の中まで全て把握出来るうまい手だな。町の人間を掌握するには打って付けの商売だろそれ!」


 巧妙いと言うより姑息な手といった方が適当にも思え、アッコの心中を察する処か心を(エグ)る田中の言葉が私を苛つかせる。


 それが商売人に多い思考だとは知るも、悪事も金儲けの勉強と見れば「巧妙い」と持ち上げ、金を儲けているのだから物は考えよう等と言うが商売人。

 それを見習えとまで吐かす者まで居るのだから、商売人に心無しこそが正にとすら思えるが、商売人らしさを口にする田中は鼻につくも、四季刊誌に墜ちたアルゴの虚しさに鼻で笑う。


「何鼻で笑ってんだよ、デリカシーのねえ女だな」


 んぐ、この……


「マズい!」


 ぼそりと溢したアッコが何の考えに到ったのか、俯く顔を起こすと危機感を目に映して皆を見るも、何から伝えるかを迷っているのか片眉を寄せ睨み見る琴線に、こちらも前のめりにアッコが発するを待ち固まる。


「私が及川結希ば探っでるの……鑑見様の事ば勘繰っでんのも知られどるがで、あげの事故もこげば知られるが怖れで封じんばがかもだぢ、コゴざに皆が来どるがも教団に知られで、だげで知佳ちゃんば見たがば、狙われぢいう事が?」


 話が纏まらないままに口にするアッコらしくもない明らさまな動揺にも、工務店の専務と親しいが故にある程度の話を漏らしていたのだろう事は察せられ、それが何処まで伝わり影響を及ぼしたかを考え自分を責めているようにしか見えない。


「まとめて始末するにもアレを放つってのは随分雑なやり口じゃねえか?」


 昨今の悪事に悪い事をしておいてミスだとか騙された等と吐かす姑息な嘘で逃げ果せようとする輩が多い事から、本当に騙されミスしただけの人まで勘違いや間違いで責められる事が往々にして起こる。


「大丈夫、アッコのせいじゃない!」


 悪い事をする奴等が悪いのであって、ミスや騙された人を責めるのは間違いだと解っているしアッコを責める事など有り得ない。



「おーい。あのさ、とりあえずコレ着けてみてくれるか?」


 鬼気迫る話に間の抜けた声で割って入った飯尾は、テーブルの上にぐるぐる巻きの安っぽいイヤホンと麻雀牌程のクリップの付いた何かの端末を出し拡げ、ノーパソ画面をコチラに向けて音声ファイルを指し示し、皆がイヤホンを着けるのを待っている。


 話を切られた田中も怪訝な顔で手に取ると、何かに気付き端末を覗き込む。


「おいコレ、前にアキバで投げ売りされてた五百円もしねえMP3プレイヤーだろ! 今更こんなの何に使うんだ?」


 当たっているのか飯尾がニヤけて言葉を返す。


「ほれ、知佳が音響攻撃に対抗する物がどうこう言ってたから一応に作ってたんだよ。まさか本当に必要になるとは思ってねえから玩具程度だけど無えよりマシだろ!」


 ノーパソの音声ファイルが何かと問えば、コレ自体の説明にニヤけた理由がデジタルマニアのソレと分からせ、フーリエ級数展開やら数式を言いたがる辺りに自慢が見えてうんざりもする。


 元の基盤を抜いてセンサーマイクと、反射的に設定した周波数帯をイヤホンに流すだけのシンプル設計の基盤に元の怪しい中華バッテリーを繋げた物らしく。


「凡そセンサーに反応無ければ二日は保つんじゃねえか……」


 等と、そこに正確性が無いのが中華バッテリー故かと思えば、拾った鑑見様の音もあの数から発せられた坑道内の音では、単体から発せられる危険な音域がどれかまでは判らず、とりあえずに無数の音域から限りなく元音に近いだろう周波数の逆位相となる周波数帯を設定したという。


「たださ、コレで打ち消せれば良いんだけど、音が外れてたらコレが別の影響を起こし兼ねないからさ、とりあえず一回鳴らして聴いてもらおうかなと思って……」


 詰まる話が、人柱になれと言う……


「俺は嫌だぞ、丹羽お前やれ! 写真撮るだけなんだから頭やられても大丈夫だろ!」


「ふざけんな! 撮るのにも頭使ってんだよ!」


 人柱を決めるのに子供の喧嘩を始めるアルゴに冷めた目を向ける中、アッコがイヤホンを持ち前に出る。


「やって!」


 一番頭を使うだろう大学講師にさせてはマズいと、アッコを遮り私が声を上げれば、田中と丹羽が笑顔にどうぞどうぞとイヤホンを指し示す。


「あ、いや、もう俺一回自分で聴いてみて大丈夫だったからさ、駄目な人が居るかどうかの確認なんで皆も着けてくれないと困るんだけど……」


 呆気に取られる皆と共に、アッコも先程までの自責の念も取り払われたのか、物言いたげに飯尾の顔を見詰めながらイヤホンを耳へと。


「多分聴こえないと思うけどね。行くよ」


 飯尾が流したのは鑑見様の音で、その音域にセンサーが反応して逆位相となる周波数帯の音波がイヤホンに送られる仕組みらしいが、音量はイヤホンで塞いでいる分聴こえる音と同レベルより少し小さめに設定したとの事で、殆どというかまるで聴こえない。


 最初にブツッと言う電気が通った反応音が少し聴こえた気はするものの、知らない内に防御してくれるのは有難いけど、耳が塞がっている状態では鑑見様が近くに居ても気付けなそうで不安でもある。


 何よりこの安物イヤホンが耳に合わないのかポロポロ落ちるアッコの姿に、襲われ動きながらに防御出来るのかも怪しく思え、音質云々よりも先ずは装着していられる事を優先にと、アッコに自分のイヤホンに差し替える事を勧めていると、丹羽がカメラマンの立場に訊く。


「これ、近くに居るかどうか判るようになんねえのか?」


「ああぁ、一応基盤に付いてるダイオードが微妙に反応してると思うけど、それ以外の物付けるとセンサーも安物だから誤作動起こしちまうんだよ……」


 端末の何処が光るのかと見ていると、元からLEDが在ったのだろう穴から物凄く微かな灯りが明滅しているのが見えて飯尾に確認する。


「この穴の中の微妙な点滅の事?」


「ああ、そうそうそ……え?」


 何がマズいのかノーパソを確認する飯尾だが、すぐに顔を上げると周囲を見渡す。


「居る。これ、かなり……近いぞ!」


 詰まる話がノーパソでは鳴らしていなかったという事か、皆も端末の穴を覗いて確認する中、アッコはイヤホンを耳に手で抑え部屋の四隅を注視する。


――DAKADAKADOGONN!――


 水場の方で何かが暴れ動く振動音に、皆が顔を合わせて動きを止める。


――KABASYANKARAKRARA――


 何かが落ちて散らばる音に食器棚の上のクッキー缶を頭に浮かべ、棚裏の壁との隙間に入って登り棚天板に居るようにも思えるが、勝手口の出入りを塞がれ武器とも成り得た包丁類を奪われたとも言える状況に、後手に回った気がしてならず両生類に対する敗北感の言い訳に、鑑見様を今だけ神とす。


 そもそも音以外は対抗する手があるのかすら判らないままの今、ハンザギの名の由来に則せば半分に斬って尚も生きているようなモノを相手に、出て来られた所でどうしようも出来ない。


「おい飯尾、ネット繋げて両生類の急所を探せ!」


 現段階で考えられる事は皆同じ、飯尾が調べるものの両生類と闘う想定に書かれる説明が有る訳もなく、小さな両生類の天敵や住環境しか出て来ない。


「おっ! コモドドラゴンとか、どうよ?」


 田中も焦っているのか爬虫類を言い出す始末に、恐竜を相手にしている気にもなるが、ふとあの紙に書かれた事を思い出した。


「薪ストーブの近くに居れば、持ち運ぶ上での設計温度に書かれてた20度は軽く超えるし、何とかなるんじゃないの?」


 私の考えを安易と見るか、爬虫類を言った田中が他人の話には厳しく、指摘を返す。


「両生類も体温調節に日向ぼっこしてなかったか?」


「だあっ! それ、爬虫類でしょ!」


 苛つき私が口にした途端、『あ』と気付き口と目を開け固まる田中を横目に、飯尾が何かを思い出す。


「あ、そうだ! 即席で作った電気ショックが車ん中に在るよ! あでも、まだ一つしか充電してねえな……」


「一つんばええげっ!」


 けれど鑑見様が外に居ないとは限らない、そもそも先の音が鑑見様か否かも判らない中で外へ出るリスクは高いが、確認に門戸の外映像を観る限りは……


「待て、飯尾君それ、フレームレート幾つ?」


「んん? ああぁっと、長録モードで、これ15fpsになってる!」


「録るより観るのに30位に上げてみなよ!」


 アルゴの会話は解らずも、観えていない何かが丹羽には視えているのか、飯尾の設定にカメラマンとしての口を出しているのだろう事だけは理解する。


 けれど則ちそれは、外に鑑見様が居る可能性を示唆しているのと変わらない。


 飯尾が設定を弄る中、私は鑑見様が叫ぶ音の意義に違和を感じ、反響定位(エコーロケーション)の役割と解いた先の記憶に則して考え直してみた途端、これが攻撃としての音ではないように思えてならず、何故に家の中へと入って来たのかにも他の理由があるように感じ出す。


「嘘だろ! あれインターレースじゃなかったのか……」


 慄く飯尾のノーパソを覗くと、数体の鑑見様が蛇や鰻の如くに動き雪上を這い、画面の端から端へと泳ぐ姿を映す。


 先程までの映像で横線が走るノイズのような物こそが、鑑見様の残像だったと理解すると同時に、蠢く姿に何処か不自然さが感じられ、薬物中毒で半狂乱に騒ぐチンピラや、知恵遅れか会話も出来ずにオラつく中学生にも似た頭の動きが、妙に気になり凝視する。


「これって、何かの中毒症状じゃない?」


「なるほどな、だとすると……」


 皆まで言わずも理解したのか、田中は地図を開いて叫哭丿淵から閉鎖病棟までの横穴の長さを測り出す。


「病院の横ざ道だげ、もう穴ば塞いどるげよ?」


 鑑見様の出所を探っていると見るアッコの思考も理解出来るが、恐らく田中が測りに睨んでいるのは閉鎖病棟までの距離を考え、叫哭丿淵に居る鑑見様を閉鎖病棟まで誘い出す為の何かを教団が持っているだろう事。


 何かを与えて狂わせ放ち、被害が出ても何れ鑑見様が正気に戻り、落ち着けば雪上から消えると見越しての手なら、雑にも見えるが限定的な狙いであれば効果は絶大だ。


 認めた訳では無いものの、アルゴに対し一応に同志感が芽生えているようで苦虫を噛む私。


「別に変な薬物与えなくても、生姜湯みてえなモンを食わせるなり投与するなりすりゃ、体が火照って雪の中にも身を投じるかもな……」


 生姜湯が両生類にも効くかは知らないが、一理ある話に納得も出来得、扉の向こうに居るだろう個体のソレが動かなくなっている理由も、既に効果が切れたとも思えて来る。


「うちの親ば家にも、どがするげね?」


「そっか、とりあえずこの周波数帯のMP3送ってみるか。アドレス!」


 電気ショックの在る車がより遠くにも思え、隣のアッコはガムテでイヤホンを耳に固定し親に電話でコレを知らせる中、突然の悲鳴に皆が飯尾を見た。


「うがあぁぁっ!!」


 胴体が扁平とはいえ巻いた毛布程の鑑見様が、座る飯尾の左脇腹に喰らい付き、デスロールに回り出そうと身体をくねらせ服を引く。


 何とかしようと丹羽が掴みに挑むも、鑑見様の表皮から出る粘液に滑り敵わず、付いた粘液は接着剤のような役割に自分の服に付いて離れず焦りに喚く。


 飯尾は必死に守るノーパソを手放しテーブルを滑らせて遠くにやると、抵抗に向け立ち上がり、服を脱ごうと右腕だけ抜くも、痛みに堪えきれず唸り声を上げて崩れるように左膝を着く。


 その途端、地に尾と脚を着けた鑑見様がデスロールを開始したと同時に、飯尾の腹から吹き出した鮮血が妙な粘液と共に飛び散り、(クレナイ)色の飛沫を壁に着け染めて行く。


 ふと田中を探すが姿はなく、何処へ逃げたかアッコを見るも、アッコの後ろにはもう一体の鑑見様が頭部の口を開けて威嚇していた。


 恐らく端末のダイオードが点滅しているだろう事を祈りながらに、アッコを連れ出す為の逃げ道を探すも、そもそも何処から鑑見様が現れたのかに部屋の周囲を見回すと、角に置かれた箪笥(タンス)の裏から別の個体が顔を出す。


「はああ?」


 意味が判らずムカつきに変わる。

 けれど足下からの暖気に薪ストーブの在る家の構造に関する記憶が頭を過ぎる。


 コチラが女と判りクソ生意気に古民家を語る同い年程度の店長を取材した後、古民家カフェの改装要件を調べた折に、隙間風が入るのが正しい家だの何だのと書かれた部分に今の現状を重ね見る。


「都市部ならゴキネズ共の巣窟だっての!」


「何?」


 この家の話では無い事を説くより、今は不義理に見捨てるを選ぶ他にない事を解らせる必要に、アッコの後ろに居る鑑見様を知らせ走って玄関へと行き、靴を履くより持って逃げ、車に乗れば何とかなるのかも判らない中。


「飯尾、踏ん張れ!」


 丹羽の声も虚しく、先ずは薪ストーブのテーブル上に足を乗せ踏み強度を確認。


「アッコ、乗って」


「え、ああ!」


 二人で乗るも問題無いようだが、場所により足裏熱く端へ寄る。


 薪ストーブの熱さに近寄らないのは想定内だが、一㍍半程も離れれば関係無いのか、棚裏から来た鑑見様がそこで留まり、アッコの後ろの鑑見様と威嚇し合う。


 思わず端末を見れば、微妙な明滅が灯っていた。


 

■あとがき


▼フレームレートとは、映像において1秒間内に表示される画像の数を表す単位で、frame per secondsの略でfpsと表記されます。


 アナログ放送時は30枚程の画像が使われ、昨今のデジタル放送では60枚や120枚程の画像も使われており、フレームレートが高ければ高い程滑らかな動きの映像にもなり、スロー再生した折にも役立ちます。

 逆に、フレームレートが低いとカクカクとした動きになり、動きの速い物を撮らえる事が出来ず、防犯カメラが在るのに犯人を撮影出来ていない事から、逆立証に使われる等の問題も起こっています。

 特に被害の多い夜間の撮影において、レンズ集光率や赤外線照射率の低いカメラでは、フレームレートを下げて集光率を上げる為、動く人影が線上に伸びるような映像になる物も多々あります。

 fpsが高いとそれだけデータ量も多くなりファイル自体も重くなる事から処理速度を求められ、映像を転送するなら通信速度も求められる事になります。


 昨今はリモートでの仕事や授業やでfpsを知る機会も多くなり、知っているかとは思いますが、一応までに。


 

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[良い点] 『Argo』WEB版の最新四話を拝見してから、再び初めからまた拝見しておりました(^人^) やはり双方併せて読み返すと味わい深く感じられる作品は好いですね♪(●´ω`●) 教えていただ…
[良い点] ついにアッコたちの目の前に現れた鑑見様。恐ろしいほどに危険ですね。また、病院と坑道を繋ごうとしていた人間もまた恐ろしいです。 当地の歴史と地理、家系、登場人物同士の関係など、様々な要素が…
[良い点]  ああ……影はヤツだった……。  いろいろと繋がってきましたね。そうだったのか……と、頭の中で相関図も懸命に繋げております。    アルゴのメンバーは結構頼もしいと思うのですが、知佳は馬…
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