表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双穴水鏡山  作者: 静夏夜
3/10

「鑑石市」


 私が大学一年の秋に参加し楽しんだ温泉合宿の思い出に、サークル仲間の澱んだ記憶を塗りたくられたのは八年も経った冬の事。


 二つ上の祐二(ユウジ)先輩が運転する車でサークル仲間の四人が何処かへ向かっていた最中に単独事故を起こし、同級生の貴子(タカコ)が亡くなった。

 風の噂程度に大学時代の別の繋がりから流れて来た話で、葬儀は何処か田舎の方で行われたらしく連絡も無い。


 それから数日後、仕事中に鳴った電話は同じサークルだった同級生の(タケル)から。


達郎(タツオ)先輩から話したい事があるから今週末に会えないか? て、連絡来たんだけど、知佳(チカ)も来るか?」


 健が訊いた話で、貴子が亡くなったのは本当だった。事故時に同乗していて軽症で済んだという学年は一つ上で歳は二つ上の達郎先輩からの連絡と聞き、事故の詳細でも聞けるのかと思いOKした。


 酒場で酌み交す話では無いからと、駅前で待ち合わせスーパーで食料を買い込み健の1LDKアパートで集まる事になった。


 久し振りの再会で学生気分になった私は部屋に入るなり、独り暮らしの男の部屋に女の匂いはないかとネタ探しに嗅ぎ回る。


「やめろ! 探しても何も出ねえよ」


「フッフッフ、(タケル)君、ならコレは何かな?」


 冷ややかな視線でつまみ上げた箱を見て健は焦り吹き出した。

 そのやり取りに俯き加減だった達郎先輩が笑う姿を見て、安堵した私は健と目を合わせると、互いの目的が同じだったと理解するも、箱は取り上げられた。


 机の上のノーパソや日々の生活が解る物やゴミを退けてウェットティッシュで拭き取り、適当に座らせる健のおもてなし。


「何か飲みたいのあります?」

「私このウイスキー、氷割って!」

「あ、お前それ何処から? クソっ! 達郎先輩は?」


「いや、酒は要らない」


 一度は笑顔を見せた達郎先輩だが顔を伏せ、話の深刻さを理解させられる。


 健と目を合わせ、お手上げ状態の深刻さに覚悟を決め、私は買って来た食材で料理を始めると、健はグラスと共に氷・炭酸・レモンを冷蔵庫から出しグラスに注ぎ達郎先輩に差し出し、CDを漁って私の好きな懐かしい曲を聴きながら料理を待つ。


 学生時代と変わらぬ流れに懐かしさも感じるけれど、同級生が亡くなり同乗していた先輩の重苦しい雰囲気は私や健とは距離がある。


 久しぶりに食べたいと言う健のリクエストにオムカレーを作るも、昔の記憶に少し作り過ぎたケチャップ炒飯とカレーの残りが貴子の思い出を呼び覚ます中、先に食べ終えた健が口火を切った。


「で?」


 まだ少し残る皿にスプーンを置くと達郎先輩の顔が強張る。


「うん、昔サークルの合宿で温泉行ったの覚えてるか?」


 合宿で温泉に行ったのはサークルに入って一年目の一度だけ、その後の秋合宿は近場の川原でBBQになっていただけに、初年度の事は良く覚えているけど……


「はい、確か鑑石(カガミイシ)市の下の方の宿でしたよね」


「覚えてる! 貴子に裏切られて健と二人っきりで車に乗せられた湖の近くの温泉合宿でしょ!」


 記憶に少しムカつきが戻るも、健も私を睨んで来る。


「あの時、俺等が遅れたのも覚えてるか?」


 確か、降りるIC(インター・チェンジ)を過ぎてしまい、一つ先のICで降りるも下の国道が渋滞していて遅れ、私と健が宿に着くも先輩達の姿がなく……


「あぁ、石神(イシガミ)先輩が道間違えたとかで、連絡取るも話し中で待たされたアレすか?」


「それ! 健と温泉宿に二人っきりにされたのかと思って、騙されたーっ! て、あん時凄い嫌だったもん!」


 記憶もだけど健の視線が一々うるさい。


「そお、あの時公美(クミ)が言ってたその遅れた理由なんだけど、あれ嘘なんだよ」


 昔から嘘だらけの公美さんの話は最初から信じてはいない。だろうなぁとは思いつつも、記憶の中に(ワダカマ)りがあった事を思い出した。


「なら、貴子の言ってた事故の話って恋愛話じゃなく、車で事故を起こしてたって事?」


 健は忘れていたのか、私にアホ面を向ける。

 あの日、公美さんが恋愛の事故だ等と嘘話を吐く前に、貴子は事故を起こしたと口にしていた。


 さして呑んでもないのに健の記憶力は乏しく、男の記憶力の低さを思い知らされるも、それは達郎先輩も同じようで。


「いや、そうなんだけど、え、知佳ちゃん知ってたの?」


「知る訳無いじゃん!」


 何故か健に冷めた目を向けられ、達郎先輩は何を戸惑っているのかシドロモドロに隠していた事故についての説明を始める。


 車を持たぬ達郎先輩には、当時その事故後のやり取りが普通なのか異常なのかも判らずにいたらしく、最近になってメディアの煽りに影響された同僚が、社用車で自転車に対し正義感とする横暴な運転で事故を起こし、会社の保険屋との繋ぎ役に事故現場へと駆り出され、そこで初めて当時の事故処理の異常さに気付かされたという。



 幹事役の祐二(ユウジ)先輩が運転中に起こした事故で、同乗していた他三人も無傷だった事から、事故直後に祐二先輩は三人に向け。


「健に連絡して迎えに来てもらえ」


 等と軽く話していたが、降りて確認すると自転車に乗っていた被害者の女性は同年代か少し上程で、ヘルメットを被っていたものの首が折れ、頚椎を損傷したのか動けずにいたという。



 事故は高速道路を降りた先で渋滞していた国道を避けようと、抜け道に少し山の方へと迂回する細道を使って急ぎ、車道で前を走るそれなりに速い自転車を何と無しに追い越そうと速度を上げて抜きにかかったものの対向車との速度が合わず、抜き切れていない状態にもかかわらず保身に慌ててハンドルを左に切った結果、自転車の右斜め前を車の左側面で削り倒した格好になった。


 自転車の女性は勢いよく前方へと回転しながら祐二の車体後方左側面に腰から右臀部をぶつけ弾かれ、回転しながら左斜め後ろに上げた左腕から地面に叩き付けられた。



 聞けた詳細から状況を整理すると見えて来る事に、私は出版社に勤めている関係で欧州の小さな会社の取材に同行した事がある。


 基準とされる事故時の衝突に関する実証実験のデータは、米独仏日伊の自動車生産国の大手自動車企業のグループ会社から出されており、明ら様に車の都合で創り出されている。

 そのデータの異常さを検証しようと必要な機材や車や技術スタッフを不正を知る元の自動車企業の技術者で構成する権力にも屈しない姿勢の会社だった。


 そこで知り得た情報を社に持ち帰り上にあげたが、その殆どを隠に伏して葬られ、世に出る事もなく今も平然と嘘ばかりがEvidenceとされ伝えられ、誰の都合か法の基準にまでされている。



 詰まる処、肩から真横に当たれば、警察や公安委員会が利権に叫ぶようなヘルメットの効果も多少は得られたかもしれない。

 けれどEvidenceとして出される実証実験に使われる人形と人間とでは実際の事故時の動きはまるで異なる。

 実際の事故時に人間が肩から横向きに落ちる事は(ホボ)皆無、人は反射的に顔を守ろうとする為、ぶつかり来る物を退けようと手や腕で防御姿勢をとるなり背を向けようと肩を丸める事で、真横ではなく斜めもしくは背面から回転しながら叩きつけられる。


 ヘルメットにより頭周りだけが半径にして凡そ7㌢㍍分も拡がる事で、身体が地に接面した際に曲がる首の角度も増大すると共に衝撃の負荷分が加えられる。


 当然ヘルメットを被ると頭周りが増した角度に首が折れ、頚椎損傷による窒息、もしくは全身麻痺や植物人間の危険を増幅させる。小さな会社のお陰か米国の公的機関は実証実験で得たEvidenceとしてそれを公表し周知の事実であったが、何の力が働いたのか今は見る事が出来ない。


 実際の事故現場を直視している救急隊員や警察官・鑑識官なら、日本の公安委員会や警察上層部が言うそれ等の間違いを知っている筈だが、縦社会の闇が真実の口を閉ざした結果、ヘルメット利権により女性は首を折る事となったと知るに居た堪れない気持ちにもなる。


「え、先輩達が嘘吐いてた理由って、ひき逃げ?」


「ああ、いや、そこはちゃんと……」


 [そこは]の部分が引っかかり、眉間にシワを寄せた私を見て、慌てて説明の続きを始める達郎先輩だが……



 事故を目撃したという人が現れ先に通報していたからと、祐二先輩は保険屋に連絡していたらしく、その最中に救急車が到着した。

 救急が被害者女性を搬送しようとするも警察が来ず、待たされる状態が暫く続き、救急隊員が状況確認に無線で話し先に出る旨を伝え発進。


 15分程して原付で警察官が一人だけやって来た。

 聞けば、市の中心街で内閣の国会議員が演説しており、近隣の警察官及びパトカーやレスキュー等の緊急車両は警護に駆り出され、その政治家が選挙戦略に被害者面で左翼思想の団体に狙われているだのと吐かしたが為、周辺道路に規制線を張る事態となっていた。


 結果として、市の中心部で演説している事から主要道路の導線を断たれた車が渋滞を引き起こし、その抜け道にと住宅街を急ぎ走る車による事故が多発。

 市の外寄りに位置するこの事故現場へ向かうにも、市中心部を警戒していた警察車両も国道の渋滞に塞がれ出られずにいると言い。


 先の救急車は市外の病院に搬送していたが為に運良く来れただけ、等と説明されたらしく、次に警察官が発した一言に祐二先輩は驚愕する。


「貴方の車、動ぐんですよね?」


「あ、はい。側面に多少凹みと傷が入ってるだけで、走る分には問題無いです」


「ああ、だっだら後で連絡するんで、もう行っでいいですよ」


「はい?」


「後は私の方で処理しでおぎまずから」


 意味が分からず(オモム)ろに隣で話を聞いていた目撃者を見る祐二先輩だったが、通報者でもある三十代後半程の女は更に驚く事を口にする。


「大丈夫。ほれぇ、こござヘルメット在るげに、もしもん時ざヘルメットしんかったげ転んで死んだ言う事にすんげば済む話だげ、な!」


 警察官も肯きつつ手で追い払うように、祐二先輩と後ろで見守る同乗していた仲間を車へ乗るようにと誘導し、通報者の女からヘルメットを渡され公美さんが受け取っていた。


 その潰れたヘルメットは側面からの衝撃に被っていた女性の首を折り曲げ、折れてあらぬ方にと向いた女性の悲痛な叫びに振り向いた達郎先輩がその口元を見ると、ヘルメットのあご紐が更に首を絞めている事を判らせた。

 外せば頭の傾きを変える事から勝手にあご紐を外して良いものかと、一応に本人へ確認を求めるも応えられるはずはなくオロオロする最中、無下に外したのがこの目撃者の女だった。


 あれが人助けに外したのではなく、最初から隠蔽工作に外したのだとすれば……


 そう思うと怖ろしくなった達郎先輩は仲間を見るも、祐二先輩も含め皆下を向く。

 警察官と女に言われるがまま車に乗り込み、私と健の待つ宿まで走らせた。


 宿に着いて私と健に問われ、貴子が事故で遅れたと話し始めた所で、公美さんが咄嗟に恋愛の事故だと嘘を吐いた事で、最初は一年の二人には関係ない事だからと達郎先輩も含め公美さんの嘘に乗っかったらしい。


 けれど、その後に起きた不可思議な話で、達郎先輩は祐二先輩から相談されていたという。


「何があったんすか?」


「それが、事故は無かった。て……」


 意味が解らないのは健も同じで、思わず顔を見合わせ首を傾げる。


「そう、俺も今の二人と同じで意味が解らなかったんだけど、祐二(アイツ)も解ってないみたいでさ、解らないけど事故は無かったんだ。って、無理矢理に納得させられてさあ」


 全く以て何が何やら解らない話に、だから今度の事故の件も私と健に納得しろとでも言うのか、話の本筋が見えず素直に訊く。


「なら、被害者の女性のその後は?」


 話の中に無かった事すら気付かなかったのか、健が指とアホ面を向ける。


「それが祐二(アイツ)にも判らかったんだ」


 意味がわからない。幾ら何でも保険屋を通せば相手の被害状況は伝えられる筈。そうでなければ実況見分の調書から保険料の基本料金やグレードやにも関わる割合等も出せなくなる。

 そもそも警察の実況見分の段階で凡そは判るだろう辺りの話も出ていない事に気付くが、健は別の事を訊く。


「えと、祐二先輩は事故の時に保険屋に連絡してたんすよね?」


「それがさ、保険屋から『事故が確認出来ませんでした』って言われて不安になって、確認に向こうの警察署にも出向いたらしいんだけど……」


 言葉に詰まったのか、何かの考えに至ったのか、黙り込む達郎先輩に苛つきを抑えて問い被せる。


「通報記録が在るでしょ?」


「いや、警察の方で調べてもあの日あの場所に関する通報自体が無かったって。だから、目撃者のおばさんが通報したって話も嘘で、そもそもあのおばさんも後から来た警官も何処から何処までが本当なのかも判らない話になってるんだよ」


 通報記録が無いなら、事故現場に来た警官と救急……


「救急車で運ばれたなら調べようは有るでしょ!」


 救急車での搬送という確証データは何処かに残っている筈。埒の明かない話にウイスキーを呑んでは氷を回す。


「それが無いから可怪しいんだ!」


 達郎先輩の怒気籠もる声に少し驚き健の後ろに身を隠すも、貴子が亡くなった事故にさえも不穏な物を感じて来る。


「ごめん。実は、先週貴子から封書が届いてさ、中に入ってたSDカードを確認したら動画ファイルで、観たらあの日俺等の後ろに居た車のドライブレコーダの映像らしくて、俺等が乗った車が女の子を撥ね飛ばしてる所が映ってたんだよ」


「先週って、貴子が亡くなった後に届いたって事?」


 女性が撥ね飛ばされる映像を観たのなら、先の事故の説明がやけに詳しかった理由も頷ける、だとすれば達郎先輩に確認すべき事が山程増える。

 健が自信有り気に今度こそはと先んじて訊く。


「その事故と貴子が亡くなったのは関係があるって事すか? いや、その前に貴子が亡くなった事故の話を教えて下さい! 何があったんすか?」


 一瞬、考えていなかったのか頭を巡らすような顔の動きに達郎先輩の鈍臭さが滲み出る。



「うん、そうだね。いや、二ヶ月前に祐二(アイツ)の呼び掛けで四人で飲んだ事があってさ……」


 同僚の事故処理に立ち会った事で当時の事故処理の異常さを理解した達郎先輩は、祐二先輩に確認するも答えを濁され、公美さんと貴子と合流し飲み始めると何故か皆でスキー場へ行く事になったのだとか。

 靴と板は仕立てに日数がかかる事からレンタルにしようとスノボウェアだけ買って休みを合わせ、仕事終わりに祐二先輩の車で鑑石市に向かった。


 高速道路を降りチェーンを装着すると、事故を起こした細道を行くが、今は車道も拡幅され峠道に繋がっていた。

 ナビ役の公美さんが峠道に入る手前で地図確認で脇に停めさせる。



挿絵(By みてみん)



「峠道を九十九折に走るのと湖を周るのと、距離的にさして変わらないから湖を周ろうよ」


 等と提案したが、祐二先輩はスキー場まで行く新しい道だからと峠道を選択した。


 峠道の青看板に【雪屏風】の文字を見付け、合宿帰りに私や健とも皆で観た事を思い出したのか、深夜にも関わらず祐二先輩が行こうと言い出し、またも公美さんと揉めて展望駐車場に立ち寄った。


 達郎先輩がトイレを済ませ車に戻ると、三人がスノボウェアを羽織って待っていた。

 祐二先輩が真っ暗な脇の歩道にある小さな案内看板を懐中電灯で照らすと【双穴水鏡山登山道】の文字。

〈まさか登る気か?〉

 と、達郎先輩は身構えたが……


「例のヘルメット、アレ、雪屏風に行く時に駐めた病院に捨てられてたんだよ」


 祐二先輩が真剣な顔で口にした。


 私も健も日暮れの雪道を歩き、薄暗くも月明かりに浮かぶ雪屏風は幻想的で、皆で記念写真を撮ろうと言えば、貴子が心霊写真になったら嫌だとゴネつつ撮影した思い出の地。


 不意に懐かしくもあの時の事を思い返す中、健が立ち上がりCDの棚の奥に手を入れアルバムを探す。

 けれど写真を見るまでもなく私はある事を思い出し、健を無視して達郎先輩に話を続けるよう促した。


「それで、何言ってんだって顔を皆もしてると思ってたんだ……」


 けれど公美さんも貴子もそうじゃなかったという話に、私の記憶からの予想が当たっていた事を確信した。


 今は大きな駐車場から見晴らし台へと繋がる道と店まで在るが、当時は何もなくゲートで塞がれ、病院の近くに車を駐めて歩いて雪屏風まで行くしかなく、あの日公美さんは日暮れてもう寒いからと車に残り、住民に注意されても車を直ぐに移動させられるように見張ってると言って2台分の鍵を持って一人だけ……


「あの時、公美さんだけ車に残ってましたよね!」


「え、そう、そうなんだよ。それで祐二(アイツ)が言ったんだ『公美、お前だろ?』って」


「ああぁ、俺も石神先輩に車の鍵渡してた……」


 健の記憶がワンテンポ遅れる間の悪さに私がチッ! とやると、気まずそうにゴメンと手を出しどうぞと引っ込む。


祐二(アイツ)、事故は無かったって言われた後も被害者の痕跡を辿ってたみたいでさ、トランクに在る筈のヘルメットが失くなった事に気付いて『知らないか?』って俺も訊かれた事あったんだよ」


 人身事故で運転していたのは祐二先輩なのに、公美さんが事故の証拠を処分し隠蔽工作を図る理由が分からない。

 飲酒や脇見に無謀運転の類なら同乗者にも責任を問われて然るべきだが、達郎先輩の告白を聞く限りその類ではないように思える。


「先輩、女性を撥ね飛ばした事故で他に隠してる事は無いですか?」


「え? いや、無いと思うけど……」


 達郎先輩の記憶力ではこれ以上無さそうではある。だとすれば公美さんの行動は明らかに不審だ。


「すみません、続けて下さい」


「ん、おぉ、俺には意味が分からない話ばかりだったんだけど、何か……」


 公美さんが捨てたのは病院の外ではなく、病院の関係者に渡し医療廃棄物として捨てさせようとしていた。


 けれど病院の関係者が捨てたソレを、拾い隠して祐二先輩に届け教えた者が居た。


 祐二先輩は公美さんに本当の事を話してくれと、自首するように諭していたが、公美さんは何故か貴子を引っ叩くと肩を掴み「お前か、お前だろ!」と激しく揺さぶり問い正していた。


 祐二先輩もその様子を見ているだけで、状況が全く掴めずに居た達郎先輩は、喧嘩の仲裁にと中に入るも突き飛ばされたと、何とも達郎先輩らしい話に鼻で笑ってしまった。


「すみません、らしいなと思って、続けて」


「まあ、そうだよね。いや、それがさ……」


 公美さんが貴子に食って掛かる中、その理由に思い至ったのか祐二先輩は公美さんから貴子を引き剥がし、公美さんを睨んで貴子に訊いた。


「貴子、アレはお前なのか?」


「何が! ワケのワカラナイ事言わないで! これ以上ややこしくしないで!」


 達郎先輩には解らずも、公美さんと祐二は互いに解らない何かを考えるような顔を浮かべて黙り込む。


「とりあえず、寒いし車に乗って話そうよ」


 達郎先輩の一声に渋々ながら皆も理解を示して乗り込むが、達郎先輩がトイレに行ってる間に三人が何を話していたのかは分からない。


 車に乗ると皆大人しくなり、とりあえずに祐二先輩と公美さんを離そうと達郎先輩が助手席に座り走り出すと、後部座席から公美さんが近道があると言い出し、カープミラーを見付けると脇に車を寄せて停めさせた。


「ちょっと確認してくる」


 そう言って車を降りた公美さんは道路を渡り、脇道が在るのかガードパイプの切れ目の奥へと入って行き、何かを叩くような音が聴こえたかと思うと戻って来た。


「ごめん、荷物の中に詳しい地図があるからトランク開けて」


 そう言って荷物を取り出し、公美さんは後部座席に座って荷物の中をガサゴソと探していたという。


「とりあえず今私が行った所に入って」


 後ろを確認して右折に脇道へと入ると直ぐにゲートらしきものが現れ、祐二先輩が不安に確認する。


「公美、これ入って大丈夫なのか?」


「だあ、ゲート開いてるでしょ!」


 言い争いが再燃するような雰囲気に達郎先輩も気を揉むが、意外な事にヘッドライトに照らされた道に雪は少なく、薄っすらアスファルトが見える箇所もある程で、これなら問題無さそうに思えて言ってしまったらしい。


「とりあえず行ってみれば?」


 その一言をものの数分後には後悔したという。


 道に雪が少ない理由は直ぐに解った。脇には針葉樹林の枝幹が並び尾根からの風も遮ると同時に、上空では山脈からの颪と喧嘩するのか風は巻き、山脈の颪は峠の尾根の上から吹き下ろす。

 雪は飛ばされ山脈と峠の峰との谷間風に乗り湖の方へと流される。


 峠の針葉樹林が風雪をこ削ぎ取り、幹下の斜面に積もる雪はそれ故か、先程までのオレンジ色の灯に照らされた道とは違い、灯もなくヘッドライトのみに照らされる道は何処か寒々しくも感じられる。


 先の見えない崖道を慎重に下っていると、後部座席でゴソゴソと地図を探していた公美と貴子のひそひそ話が微かに聴こえた次の瞬間。


「な、何だ! 来る! 来るぞ! 来る! 来る来る来る来る……」


 運転していた祐二が突然バックミラーを見て訳の分からない事を騒ぎ怯え出し、公美が何かしているのかと見るも荷を持つだけで、他に何が? と車内灯を点けると、祐二が叫び出した。


「来る来る来るぅぅゔうわぁぁあああっ!!」


 叫ぶ祐二先輩に驚き前を見るが時既に遅く、雪壁に向かってドーンとぶつかり気を失ったと……



「その後は?」


「いや、気付いた時には車の中で雪に埋もれててさ……」


 全身の打ち身と雪の重さで身動きが取れず、もう助からないなと思い眠りかけていたらしいが、夢見に誰かに声をかけられ気が付くと、知らない車の後部座席で全身を暖められていたという。


「で、皆その人達に助けられたと……」


「それが、違うんだよ。俺と祐二先輩が助けられたのは雪屏風の在る槍水町の整備林道で、助けてくれた人達が言うには公美と貴子は峠の反対側、鑑石市の峠の途中で拾ったって言うんだ」


「助けを求めて峠を歩いたんすか?」


 健の質問に意味が無い事を悟った私は問いを被せる事にした。


「詰まり、その時点では貴子は生きていたって事ですよね?」


 アホ面と指を向ける健を無視して話を詰める。


「先輩達を助けた車に拾われたなら公美さんと貴子が、どうして亡くなるの?」


「そこ、そこなんだよ! 助けてもらって峠を下った例の雪屏風辺りの駐車場でさ、意識のない祐二と救急車で運ばれる前に俺だけ警察に事情を聴かれてたんだけど……」


 達郎先輩と祐二先輩を助けてくれた人達を、公美さんと貴子は襲って逃げ出し、その直後に起きた雪崩に巻き込まれた可能性が高いという話に、疑問符ばかりが頭に並ぶ。


 そもそも祐二先輩はバックミラーに何を見たというのかすらも解らないまま、公美さんと貴子が峠の……


「待って! 何で公美さんと貴子は祐二先輩と達郎先輩をそのままにして行ったの?」


 健の顔に手をやり無視して話を詰める。

 

「それを警察にも聴かれたんだけど……」


 後部座席のスライドドアが開く音は聴こえたというが、意識が朦朧とする中での事らしく当人達の記憶も乏しく理解に苦しむ点でもあるとか、けれど私にとってそれ以前の疑問が湧く。


「え、ちょっと待って、亡くなったのは貴子だけじゃないって事? え、何? 公美さんも亡くなったの? え、祐二先輩は?」


 頭の中にあった疑問符全てが一気に押し寄せるような感覚に、健のバカに聞いていた話とはまるで違う展開に、何処から何処までが正しい情報なのかの整理がつかず。


「おい知佳、どしたん?」


 眉間にシワが寄り捲くる私をアホ面で見る健に苛つきMAX。


「やめっヤメッやめっヤメッ……」


 脇腹を突付き服従させつつ話を整理するに、公美さんも貴子も雪崩に巻き込まれたという情報しかまだない事に、亡くなったという話を出す段階にはない。


 風の噂の恐ろしい部分でもあるけど、そもそも達郎先輩が肝心な部分を言わないから、いや当然だ。当事者が自ら口にするまで聞かないのが気遣いというもので、敢えて訊かずも、まさか雪崩に巻き込まれ……


 そうだ! 達郎先輩では埒が明かない部分も……


「助かった祐二先輩は今何処に?」


 何故に暗い顔をするのか、達郎先輩の曇る顔に事故時の状況から骨折や脳挫傷や凍傷やと想像すると、祐二先輩もただでは済まなかった可能性に気持ちが重くなる。


「それが、精神を病んでるらしくて、例の雪屏風を観に行く時に車を駐めた、あの病院にそのまま入院する事になってさ……」


 公美さんがヘルメットを捨てた病院に祐二先輩が入院。増々怪しく思えて来る中、達郎先輩の朧気な記憶に、祐二先輩が可笑しくなる直前、公美さんと貴子のひそひそ話が微かに漏れ聴こえたが言葉の意味が解らず、私や健には解るか? と、口にした。


「あん時公美が『カンガミサマ出すから貴子、耳塞いで目瞑って!』て、何の話かは解らないけど、何か気になっちゃってさぁ」


 カンガミ様……


 首を傾げる私と健に、だよね。と諦めの肯きを見せる達郎先輩だが、ふと私は気になり訊いた。


「先輩、貴子からの封筒に差出人の住所は?」


「んん、あぁコレなんだけどさ」


 鞄から出された封筒には、二つの山が連なる妙なマークの判が押されているだけだが、私はそれを何処かで見た記憶があった……


 ▲▲


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オカルト四季刊行誌
Argo
『Argo』WEB版
― 新着の感想 ―
[気になる点] 貴子って誰……(*ノェノ)←何も読み取れてない
[良い点]  点が徐々に線になってきており、朧気ながら状況が見えてきた感じですが、触れてはいけないもの。特定の場所、何かを隠そうとする人たちがいることを考慮すると、まだ事態は混迷しており、解決するには…
[良い点]  うわぁ……。怖いです。ぞくぞくします♪  第2話と繋がってきましたね。  事故の経緯がわかってきましたが、まだまだ謎ばかり。    次話を楽しみに待っています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ