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双穴水鏡山  作者: 静夏夜
1/10

「冬幻鏡」


挿絵(By みてみん)



 流れ着く先では一級河川の大河ともなる源流を持ち、山脈と低山に挟まれる陽射しの乏しい谷間の町だが、雪の積もるこの時期にしか見る事の出来ない幻想的な景色がある。


 元は神社への敷石が置かれただけの参道脇に熊笹が生い茂る河岸上の土地、見晴らし台と土産物屋を建て、駐車場と道路を整備して観光地化してからは、シーズンになると住民の生活道路へまで侵入しての観光渋滞を引き起こす程だ。


 それは山から湧き出る水を川へと流す稜線の岩肌に、積もる雪が湧水と交わり凍り、氷瀑の如き塊が岩に妙な紋様を作り出す屏風絵(ビョウブエ)の如き姿から、断丘崖の雪屏風とも呼ばれている。


 だがそれは見晴らし台や道路を敷く際に観光用にと付けた名であり、元々の名前は全く違う。地元の云われに冬幻鏡(トウゲンキョウ)と呼ばれ、冬の積雪期に近付けば幻を見せられ川へと落とされる。読みは桃源郷と同じでも、行き先は天国ではなく地獄とも言える話に、昔から住む者達に恐れられていた。


 その云われ名通りの危機が町に訪れたのは観光地化する直前の事。


 当時はレンタカー屋と提携するツーリストやタクシー運転手等が、温泉宿やスキー場から近い所にある観光名所として勝手に雪屏風等と紹介する事もあったが稀なもの。


 神社への参道も雪に埋もれて見えなくなるが、山からの颪に吹かれた熊笹が葉の雪を振り落として風の道に緑が顔を出し、見事なまでに両脇を熊笹の緑が線を成す道が現れる。


 そこにスキー帰りのチェーンを履かせた車が下道を使って山の向こうへ行こうと迷い込み、行き止まりの先に緑の道を偶々目にしたらしく、スキーを履いて仲間と数人で入って行くと、あの冬幻鏡が目の前に広がり思わず写真を撮った。


 その写真が都市部の大学サークル等から口伝てに拡まり人気を呼び、スキーとセットで帰りに訪れる車や、下流の湖近くの温泉宿から観に来る車が一気に増え出した。



 知らぬは当の町の者達で、急に生活道路をスキー客や温泉宿帰りの車が行き交う毎日に、湖からスキー場への道は町の端を通っているが、町の中を通る車に何かの裏道等と間違った案内をされているのではないかと思っていた。

 というのも前々から地図やナビやで、この町の川を渡れば山向こうにある高速道路へ出られるかのように記されていた経緯からだろう。


 実際には高速道路は疎か山向こうにも繋がっておらず、表示されているのは山林整備道で、木々を切り倒して山の地肌に陽を当てる為に使われるだけの即席の道。

 町自体の標高が千㍍を超えるが故にか峰とされ、名も記されぬ低山の反対側にも林道はあるものの、町の境界が尾根に有り、山の管理作業に自治体同士が連携してはいない事から道にも繋がりは無く、作業するにも尾根まで道は必要は無い。

 どちらも即席道で偶に崖崩れを起こしているが、山林整備の時期になるまで放置されている。


 町と低山を隔てる川で唯一の橋も、山林整備の林道と登山道と町民への取水施設があるだけで、山の恵みに湧水地と考え家を建てる者も居ない為、脇に管を配した車1台がやっとの粗末な水道橋だ。

 橋へ行く住宅街を抜ける道の途中に脇道があり、少し川から離れて上流側へと延伸される細道を行くと行き止まるが、その先こそが緑の道で400㍍程行くと源流域を守護するように神社が在り、神社の横手の川向こうに岩壁の冬幻鏡が姿を現す。


 無論、緑の道の手前も神社の参道でもある事から、そもそも車がすれ違える程の幅は無く、橋までの道も神社の氏子が住む数十軒程がポツンポツンと並ぶだけの配送車が通れればいいだけの道の為、舗装もしてから何十年が経っているのか砂利道と変わらない。


 そんな道を何台となく通っては、折り返し場に駐められる車の数も元のバス停だけにたかが知れている為、譲り合いも出来ずに苛つく馬鹿ドライバーが時間も場所も考えずクラクションを鳴らし捲る事も多くなっていた。


 当然反響して山間部の町に轟音の如く鳴り響く迷惑な観光ドライバーの騒音に、腹を立てる者が増え出すと、遂には宮司が参道に立入禁止札を立てたが、車を氏子の家前に駐め、徒歩で参道へと行き見ては神社にじゃり銭を投げ入れ「参拝です」等と捨て台詞に言い訳を述べる者が列を為す日々が続いた。


 ネットではそれをマナーとして常識・非常識の区別にして勝手を言い、まるで犬の散歩で他人の家の門前に小便をさせては水を撒き、汚水範囲を拡げるだけをマナーと呼ぶそれの如く言い分に、月に万にも満たない小銭で大柄に常識人を語る畜生共に呆れるばかりの現実は、法にもかけられず泣き寝入りさせられていた。


 だが、罰が当たったか川霧濃く出る明け方に、崖から落ちる者が遂に出た。

 それを皮切りに落ちる者が続出すると、緑の道そのものを潰してしまえと下流の湖近くにある役場を通して宮司や氏子に文句が寄せられ、怒った氏子総代が家までの道も私道から町道にしろと買い取らせ、町の管理に一般車両の通行を禁じ、ポールを立てて横開きの開閉ゲートで封じた。


 だが落ちた者の中には生存者も居り、助けてもらった恩すら忘れてブログやネット掲示板のネタにし、川霧に誘い込む幽霊話をでっち上げた。


 けれどそれは、奇しくも昔から云われる冬幻鏡の話と同じ内容でもあり、町民は困惑していた。



 今は、槍水町(ヤリミズチョウ) 加々見方(カガミカタ) と、下流の町と合併して元の加々見村(カガミムラ)の名を何とか残すのみ。

 この加々見方の住民の殆んどは神社の氏子であり、加々見(カガミ)姓と各務(カガミ)姓の氏子集族が取り仕切り、お(ヤシロ)の名を冠する者が宮司を務めて来た。



「おいっ! 起きれ! 早う戸開けえ!」



 齢72になる宮司の加々見(カガミ)八代(ヤシロ)の家戸を叩き、大声で呼び付ける各務(カガミ)洞弥(トウヤ)は51歳で氏子総代の一人。


 ネットのそれを知った馬鹿な連中とスキーや温泉帰りの連中が一興にと、冬の深夜に来ては早朝の川霧を目的にかんじき代わりにスキーを履いて積もる雪を何ともせずに進み、入り込んでは騒ぎはしゃいで写真やムービーやを撮るもので、何人か踏み入れば雪も潰されすっかり道が出来、スキーも無しに行き交える等とネットで書かれ、ゲート近くの生活道路にまで路駐車両が増えていた。


 遂にはそれが、幻想的な景勝地として扱われて人気になり、観光目的に車が押し寄せる毎日に、下流の合併した町民も我慢の限界だった。



 そうしたはけ口にと町議会は観光に踏み切り、源流近くに在る元の加々見村(カガミムラ)に対し、観光用の土産物屋と駐車場や道路の整備を掲げる。

 山の整備林道を正規に敷き直し、その資金に国からの補助金を得ようと、山向こうの林道から自治体を通る国道に繋げ、高速道路への近道にしようと言う計画に、山向こうの自治体とも手を組んでの大規模工事で、着工も間近に迫っていた折の事だ。



「何だあ! 時間考えれ!」


「そっだら事言っとる場合じゃねが! 封じたアレば映っとるんがぞ!」



 一瞬何の事かと考えるも、氏子総代の各務が“封じたアレ”と言えば思い当たるモノは一つしかなく、何故にソレが何処にと、全ての疑問を混ぜて一言に訊ねる。



「あぁ゙あ!?」



 それで通じるのが田舎言葉の凄い処でもあるが、加々見にネットを解らせるには至らない。

 各務はプリントアウトした写真を加々見の顔へと翳し、それが世界中の誰もが見れる所に拡散されている事を伝えると、その写真を拡大したプリントを見せ、映り込むアレを加々見に向けた。



「ぁ゙あ! こりゃ、マズいぞ。でが何でアレば出とるが!?」


「何も! 車で来た馬鹿な連中が神社ん中入ろったんがろ! 以外に無かんべら?」



 しかめっ面になる加々見が、更に眉間のシワを寄せるが、それもその筈だ。



「イカン! 来月には着工式ばあるがぞ……」


「ほうじゃ、せんけえどうにか封じんとがろ!」



 国の与党政党からの支援を受けて態々田舎の地盤固めに外から来た唯一の政党町議が居る事を思い出した宮司。

 地元の云われも知らず調べず、神社の土地を町が税金と一部を補助金で買い取るのだからと、お(ヤシロ)を土産物屋の裏に移して背後の山を削りホテルを建て、吊り橋を掛けて向こう岸に渡らせる等とリゾート化計画を模索している。

 当然、地元の町議や秘書の殆んどは元の加々見村の出であり、不穏な話は宮司の耳にもスグに入る。


 下手な問題が表沙汰になれば突っつかれ、断固反対するも弱みを握ったとばかりに政党圧力をかけて来かねない。



洞弥(トウヤ)! オメ先行って氏子連中にそれ伝えとげ! アレば封じげな、俺も加々見総代に声かげでスグ行ぐがら!」


「氏子の連中ば皆携帯でとっぐに連絡取れとおば、連絡取れんば宮司だげがじ!」


「そんがん、しゃーねえげ!」



 携帯電話のメールすらをも扱えない加々見は逆ギレに怒るもそれ処ではなく、町議会よりも幅を利かせるそれこそが田舎たる伝統文化の風習でもあり、田舎で育った若者が嫌い都会へと逃げ出す風土でもある。

 けれどこの町の伝統には他の田舎とは別の何かが絡んでいる。それが氏子には当たり前であるが故に、外から来ては国や企業の金の都合に動かそうとする安易な考えが町を危険に晒す。


 加々見は家へと戻り、奥さんに何かの準備をするよう伝える声が漏れ聞こえる、各務も氏子総代であり家もゲートの中に在るが一軒一軒は離れている事に、門前に駐めた軽四駆車に乗り込み急ぎ神社へと向かう。


 早朝だと言うのに雪道にチェーンタイヤで通った跡がクッキリ付いた細道を行くと、行き止まりの折り返し場で加々見姓の氏子総代である加々見杜生(モリオ)が車から氏子連中と共に直径1㍍程の箱荷を降ろしていた。


 各務は箱の中身を判っている。それを運び出すのは子供の頃以来で、加々見姓の紋が裏に描かれたマンホール大の厚くて重たい大きな鏡で、数年前に手を出した強化硝子製の特注品だ。



「待ちんて!」



 各務が声をかけて止めたのは、写真に映り込んだアレに、どちらの物が必要かはまだ判っていないからだ。



「各務の方も持って来たがか?」


「ああ。うぢの衆はまだ来てねが?」


「橋の方がら行ぐて戻ってたじ」



 各務姓の氏子連中は川向こうの岩壁に在る洞穴に行く為、橋から行ったと杜生に聞かされ、各務は額に拳を当て参ったとばかりに天を仰いだ。


 何せこの神事を行うのも各務自身が子供の頃以来だけに記憶も朧気、歳が上や近い者でも皆忘れている。

 子供の頃から父親に聞かされている筈だが、二十歳の頃には学業もあって忘れている。ただ総代になると継承に教わる事から洞弥や杜生は解っているが、互いの氏子姓に関するものしか伝えられていない事から、加々見総代も各務の氏子が何処から運ぶかまでは理解していなかったと今更に気付かされた。


 各務の氏子が運ぶのもこの参道からで、神社の奥から更に山を上がり源流の上を越して対岸に行く事で、下流で深くなる川へ転落する危険を回避させるもの。その為に町役場の管理に毎年金を払い作業道として整備させている。


 急ぎ携帯を見るが圏外だ。仕方なく車に乗り込み、橋へ戻る前にと加々見へ無線を二つ渡して通話確認をする。


――ZIZIZIIIIKKA――


『電源落とすなよ』


――ZIKKAKKA――


『コレ電池大丈夫か?』


「ほれ、コレ換えの電池。とりあげず神社の確認しで、割れでるが否が判っだら教えろな、宮司来で交換しでもアレが視えるんばコッヂ換えんばだじ。あど、その宮司ざオメの携帯も圏外だげ、鳴らじでで来んがかもだぞ」


「解っだ、コレ降ろしだら一人向げざすわ」



 互いに手を上げ車を出すと橋へと向かう。



 ここの神社は土着信仰とも言える土地神様で、他の神社との繋がりも無く連盟的なものにも加盟してはいない。

 それ故に資金繰りは氏子の稼ぎからの支出になり、地元に根付く信仰なくして成り立たず、それが利権に動く者からすれば土地開発の妨げと取られ揶揄され、国内の土地神信仰は数を減らし続けて取り壊された所は相当に多い。

 結果として工事中に死人が出たり、其処に住む者通る者に災厄が降りかかり、霊場としての云われに過去の土着信仰が怪談話となって浮き出て来る。


 この加々見村の土地神様は、冬幻鏡の云われとも繋がるモノノ怪の類に思える部分もあり、神社を建てた理由もソコにある。


 この山脈と低山の谷間にある土地は、夏に大雨が降ると鉄砲水や土砂崩れやで村が流され埋まる等の災害が多くあり、山の神様のお怒りと捉えられもしていたが、江戸中期の大雨に地すべりで鏡岩が剥き出しになり、その岩肌に流れる水が凍り作り出す屏風絵の如き姿に山の土地神信仰を強めたもの。


 しかし、明治の始まりに地域の文献を調査していた何処かの学者が、山の土地神信仰の対象とは別なるモノの存在が姿を現した事で神社を建てたと、伝承される書物の中に記されていた事が解り、神社の底を調べてみると其処には鏡が蓋のように塞ぎ置かれ、少し浮かせてみると確かに穴が開いていたらしいが、古い鏡は脆く持ち上げた際に割れたとある。

 更に調べてみると水が流れる岩肌にも鏡石が塞ぎ填められていた。川を隔てた二つの穴は繋がっているようで、岩の鏡石を叩くと神社の底の穴から反響音が聴こえたと言う。


 けれど、それを開けた数日後に学者は何かに怯えて亡くなり、それ以降も村に災厄が続いた為、鏡を書物の通りに真似て作り直して宮司が神事を行い、それを治めたという。


 その厄災は、神社の底の穴と岩の穴とを鏡で塞がれ出られなかったモノノ怪が、人である己を鑑みない行いをした者を鏡合わせに何度も何度も鑑みさせては、自戒の念に呪い殺すと云われ記されている。

 呪われている最中に自身の顔を見ると激しく藻掻き苦しみ奇声を上げて走り出す為、鏡のみならず窓や水やに映る己の姿にすら慄き、湯呑みの茶にすら恐れ家を飛び出しあの冬幻鏡へと落ちて行く。


 ネットの写真に映り込んでいたのは、神社の鏡が割れると岩肌の鏡石の周囲だけが凍らずにその姿を現すと云われるそれだった。


 偶々とはいえ、確認するにも書物の通りの段階を踏んで行わないと宮司や氏子とて呪われるとされ、厄災が何処の誰に降りかかるかなど分かったものではない。


 まして、観光気分で観に来る輩が呪われでもして冬幻鏡へと落ちれば、現代においては事件として扱われる訳で、それが例の落ちた原因の可能性に考えれば続けて落ちる者が出た理由も頷ける。



「おーい! そっぢでねえど!」



 各務の氏子衆が鏡を恐る恐る崖へと運ぼうかとしているのを見付けた洞弥が大声で呼び止めるが、向こうは足下の川音で気付かない。

 ちっ! と鳴らして車に戻りクラクションを鳴らした。


――PUUUUUU!――


――PUPUUPUUU!――


 何度か鳴らしてようやくコチラを向いた氏子衆に、橋の上から戻れと腕を振ると、気付いた一人が顎で指図し戻らせる。


 各務の鏡は岩に填めるに水や地震やに流されないよう相当に重たい鏡石であり、道へと上がるのに手を貸して、鏡石を氏子衆の車に戻した処で口にする。



「こっだら所がら行っだら冬の川さ落ぢで死んでまうど! お社の奥げ上がる源流の上さ通る獣道程度の作業道が在っがら、とりあげず神社げ行ぐど!」



 おぉおぉと知らぬ話に肯き、下手に水場を歩いて濡れた服や手足を慮って、洞弥が各務の氏子衆に登山道入り口脇に置かれた自販機の缶コーヒーを買って配る。



「んな身体温めでがらでええが、落ぢ着げ! これば神事だげ、神様の事だげ考えとげな!」



 寒さに焦り己のミスを問えば呪われ兼ねない。この神事における気の持ちようは兎にも角にも神事であると神様を信じる事にある。

 恐らくはそれにより自分の行いを鑑みるより神様を信じていられる事で、呪いをはね退けられるのだろう。


 偉い学者先生が訳し記したとされる明治期の文さえも昭和平成の世には難しく、それを再び訳し読める物に書き換えたのが、子供時分に神童と目され八助(ヤスケ)から八代(ヤシロ)と名を変えた今の宮司だと言うのだから、神は悪戯な事をするものである。


 その宮司を乗せた車が神社へと向かうのが橋から見えた。


 岩肌の穴は塞がれたままなら新しい鏡石も要らないが、もしも割れて穴が視えているなら交換だ。その為に連絡しろと杜生に伝えたのに未だ無線が鳴らない。


 洞弥は各務の氏子衆の一人に無線を渡すと少し離れ、通話確認の序にと加々見に向けて無線で呼びかける。


――ZIZIZIIKKA――


『コッヂば連絡待っどるげ、どがなっどお?』


――ZIKKAKKA――


『割れどる。げんがなぁ、穴ん中ざ遺体ばあるがじ、新しばもんで警察呼ばないかん事になっだで、どがするがか?』



 予想外の事態に神事処か、恐れていた事が既に起きていたと知り、事件となったからには警察が来ては証拠探しに根掘り葉掘りと神様を前にしても神社の中まで土足で踏み入りアレコレしくさり、その数日間は何も出来なくなる。

 その間に厄災が町に拡がれば大変な事になる。今や走り出せば車の往来する道もあり、家ならずとも窓がある車にはサイドやルームに、道にはカーブや側道にと鏡はそこらじゅうに溢れている。


 最も恐るべきは水場だろうか、全身鏡に湯にも映る己の姿に鑑みる事など現代社会に生活すれば溢れている。当時のそれと今とではその程度も随分と変わっているが、何処までが許されるものなのか。


――ZIKKAKKA――


『宮司もそっじ行っだげ、とりあげずコッヂ俺だげ行ぐわ!』



 各務の氏子衆には、無線で連絡するから一旦家に戻って暖を取りながら待機しとけと言い残し、洞弥は神社へ向かおうと車に乗り込んだ。


 穴の中にあった遺体が何時からなのかと考えつつに細道を行く中、無線から杜生の通信が入った。


――ZIKKAKKA――


『洞弥、中の遺体ざ誰が判っだげに、大変な事なっだがぞ!』



 返事をするにも雪の細道を走行中で無線を取り難い状況のお陰か、それは誰かとしか返せない通信に返事をするより先を急ぐ事にした。


――ZIKKAKKA――


『洞弥、聞いどるが? 聴ごえんが?』



 車の音が近付き理解したのか加々見の馬鹿な通信が止み、折り返しに置かれた車には誰も居ない事から、既に皆は緑の参道を行き神社に居るのだろうと歩き始めた。


 踏み潰された雪道を200㍍程は歩いたか、不意に嫌な感じがして顔を上げた。


――FUHYUUUUUUU――


「何だっ!?」



 急な吹雪にホワイトアウト状態で、腕で前を防ぎ下を見ると脇の熊笹が見えた。

 だが巻く風に右や左や彼方此方から吹き付けられ、身体を捩りつつ熊笹を頼りに前へと進み、神社へと向かう。


 まるで神の怒りにでも触れたかのような暴れ吹雪に、勝手にお社の中へと入り穴に落ちた者の罰当たりな行為が引き起こしているかと思うと、何故に俺がと遣る瀬無い。


――ZIKKAKKA――


『洞弥、何をしどるが? 皆社に居るがぞ!』



 (ヤカマ)しいわ! と、着いてる報告序でに立ち止まり、手袋を外して胸のポケットから無線を取り出していたその時だった。


――FUHYUUUUUUU――


 背後から勢いよく吹き付ける風に前の視界が拡がりその景色が目に入る。



「危ねっ!!」



 目の前には冬幻鏡が拡がり足下に道は無く、あと一歩で崖の下だった。

 背からの風に悪寒を感じ、悍ましき何かの存在を感じずにはいられないが、早く崖から離れようと、悍ましき何かと対峙したならその時だと振り返る。



「どうなっ……」


 洞弥は下を向きつつも間違いなく緑の道を進んで来た筈だが、 其処には緑の道等は何処にも無く、一面雪に覆われていた。


 とりあえずは背後に悍ましき何かは居ない事に崖から離れる事を優先に来ただろう方へと向かう。

 冬幻鏡の見え方から凡その位置は理解していた。


――SHAWASAWASAWA――

――SHAWASAWASAWA――


 いつの間にか吹く風が消えると、歩む足下の一歩に違和感を覚えて下を向く。



「あ、これ、ぁぁあ、そぉぉ言う事かぁ……」



 足下には群生している熊笹が雪を被って一面を白くしていたが、歩き擦れて葉が雪を落として後ろには緑の道が出来ていた。

 吹雪いて雪を乗せる葉と、己の身体で巻く風に雪を落とす葉が道の如くに現れる。



 己を鑑みない者は道を違えて冬幻鏡へと……



 云われの答えを見付けたような感覚に、皆にも伝えようと足を急いだ。


 神社に着くと杜生が無線を渡しておいて何故使わず返事をしないのかと、コチラが聞くまで連絡すらしなかった事を棚に上げて文句を言って来た。

 ある意味では、杜生の無線で崖の下へと落ちずに済んだと考え、言われるがままに素直に聞いて謝った。


 けれど年寄りの小言の如くにくどくどと、途中からは聞かずお社の中へと歩みを進め、遺体は誰かと問うと、本題を思い出したか話そうとする杜生の口を宮司が手で塞ぎ口を開いた。



「こんげ、あん政党馬鹿ば、お(ヤシロ)を土産物屋の裏げ移しで、吊り橋着けで向こう岸さ渡らぜで温泉宿ば計画しとんがじ、こごに火でも点げで焼ごうしでだんべ、こりゃ報いだげに気にずんな!」


「神職がそれば言うがね!」



 中の遺体は例の政党町議だった。お社の移設に反対されたが、その計画の後ろに何か別の黒いモノがあるようだとは別の町議から聞いていた。


 何の因果か、そこにはネタを欲して勝手に入った観光客が先に居て、何かの違和感に神社の中を覗いていた所を杜生達に見付かり、氏子衆に叱られている最中に杜生が遺体を見付け、容疑者でもあり目撃者でもある存在に確保していた。


 何せ、お社の移設を提起した政党町議が、神社の中の穴に落ちて死んでいるのだから氏子が疑われ兼ねない中の目撃者、穴の話に捨てる神に拾う神だ。


 山間部の町ならではに電波も繋がらず警察を呼ぶのに家の固定電話をと、各務の氏子衆に無線で連絡し、遺体発見と容疑者確保をセットに警察を呼ぶよう指示した。

 だが暫くして、これが消防団用の無線と気付き、無線で通報した方が早かったのではと少し後悔に警察の到着を待っていた。



 通報から三十分以内の現着厳守とは何処の国の話か、山間部へ来る警察の遅さに、ホラー映画のような連続殺人鬼やゾンビが出たなら、警察が着いた頃には町の者は全滅しているだろう。


 宮司や杜生に『実はな、』と先の崖へと向かわされた話をすると、宮司が何かに気付いて冬幻鏡と神社の間に立ち、パウダースノーを拾い上げては上に撒き、何かの確認をするようだった。



「解っだあ! 風げ、こござ吹きざす風に穴げ開げば風の流れざ変わりよるげに、緑の道ばと違えで、脇ざげ走る風になるんがざ!」



 詰まる話に穴が風の通り道を変えてしまうのを防ぐ為に鏡で塞いでいたと言う事になる。

 流石は元は神童であるなと納得していると、駐在めいた警官が面倒臭そうに一人来て、もう一人が道案内してるからもうスグ来ると言ってから更に遅れる事に刑事や何かが着いたのは二時間後だった。


 調べるも予想通りの反応と目撃情報にこれで終わりと思われていた。


 だが、消防隊員と警官とで穴に落ちた遺体を引き上げ、中の現場確認をしようとロープに繋いで中に入った鑑識官が悲鳴を上げた!



「な、何だ! 何が居るだがぞ! や、やめろ! 来るな、うわぁぁあああっ!!」



 慌てて引き上げると鑑識官は真っ青な顔で引付けを起こし、ショックで倒れ救急車で運ばれた。


 何か居るとの言葉に刑事の要請で消防の遠隔カメラを用意し確認すると、遺体の奥にはもう一体、白骨死体があった。


 ライトを照らし大掛かりに中の遺体と白骨死体を引き上げると、云われを知る地元の警官やも消防隊員に話を聞いたか、皆恐る恐るに祟りを恐れて信心深く捜査を進め、穴が本当に対岸の岩壁の穴に繋がっているのかを調べるでもなく、早々に新たな鏡をはめ直し、宮司の神事に皆も参列して頭を垂れた。



 後に知る事に、あの白骨死体こそは明治の頃の学者であった。衣服の中にあった財布に証明書があり判明したとの事で、走り出して怯え死んだのではなく、宮司と同じく答えに気付き、その確認をしてる最中に穴へと落ちたのだろう。



 ただ厄介な話に、悲鳴を上げた鑑識官は意識を取り戻したものの、あの云われ通りに鏡を見ると激しく藻掻き苦しみ奇声を上げる為、精神を病んだと診断されて町の病院に入院している。


 普段は話も出来るが、当時の穴の中の事を聞いてみると、誰も話していないのに遺体の後ろの白骨死体を理解していたらしいが、その更に後ろで潜み陰から何かは分からぬ黒いモノがコチラをしかと見つめて迫って来たと言う。


 鏡を見るとその黒い何かが後ろから迫り出て来るらしい。



 学者が見付けた答えは宮司と同じだけでなく、その先の厄災に関する答えにも気付いたが為に、近付き穴へと落とされたのかも知れない。


 そう考えると当時の宮司は、落ちて割れた鏡を新たな物へと換える神事にも、穴の中の学者を知れた可能性がある。もしも厄災を封じるこの神事に、その黒い何かへの贄を必要とするならば、今回引き上げてしまったのは正しかったのだろうか……



 何せ今の神事は、あの学者が訳した書物を神童 加々見八代 宮司が更に訳した書物に従って行なっている。


 最期に学者が神社へ行った理由は記されていないが、そもそも神職が贄の存在を書物に残すなど有り得ない事だろう……


 

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