第53話:孤児院
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ミナリーの代理として孤児院で子供たちの面倒を見始めてそろそろ一か月。俺は孤児院の子供たちに勉強を教えていた。
「よし、今日の授業はここまで」
一区切りついたところで俺がそう言うと、教室として使っていた孤児院の一室はわぁっと騒がしくなる。
外へ遊びに行く子も居れば、椅子に座ったまま隣の席の子とおしゃべりを始める子も居る。中には授業で教えた内容を熱心に復習する子供も居た。
「お疲れ様です、レインさん。少し休憩しませんか?」
授業の終わり時を見計らって、シフアさんが部屋に入ってきた。
手にはティーセットがあり、俺はその誘いを受けることにした。近くのテーブルに移動して、シフアさんが用意してくれた紅茶を受け取る。
「授業の方は順調ですか?」
「ええ、おかげさまで。子供たちも真面目に授業を受けてくれていますよ」
「きっとレインさんの教え方が上手いからですね。私ではこうはいきません」
「そんなことないと思いますが……」
「いいえ。私、実はあまり勉強が得意ではないんです。私も孤児だったので、勉強とはあまり縁が無くて……」
「そうだったんですか?」
「はい。聖典を読むために簡単な読み書きくらいなら出来るのですが、算術は苦手でして……。だから、レインさんが子供たちに勉強を教えてくださってとても助かっているんですよ?」
「役立てているなら何よりです。俺としても利のある事ですから」
「子供たちをケロッグ商会で引き取ってくださるというお話ですね」
「ええ」
教会の子供たちにはフロッグ商会で小間使いとして働いてもらうつもりだ。
王都に移転後は何かと人手が必要になるだろうし、子供でも出来る仕事はいくらでもある。即戦力とは言えないが、貴重な労働力になる事は間違いない。
シフアさんと教会の神父様には既に話を通していて、俺たちが王都へ向かうタイミングで子供たちも全員王都へ連れて行く段取りになっている。
「ミナリーさんやレインさんだけでなく、子供たちまで王都に行ってしまうなんて……。ここも随分と寂しくなってしまうでしょうね」
「すみません、シフアさん」
「いえいえ。寂しくはありますが、とても喜ばしい事ですから」
そう言って微笑むシフアさんは、紅茶を一口含んで子供たちの方へ視線を向ける。俺も子供たちの方へ視線を向け、「そういえば」とシフアさんに尋ねた。
「俺が来る前に引き取られた子供たちは元気にしていますか?」
ミナリーの代理として俺が孤児院に来る前には既に、何人かの子供は引き取り手が見つかったからと孤児院を去っている。ミナリーのスカートを捲ったクソガキもその内の一人だ。
「ええ、そう聞いていますよ。先日もお手紙が届いて、お手伝いや勉強で大変だけど毎日が楽しいって書いてあったんです」
「そうですか。元気そうなら何よりですね」
「ええ、本当に」
そう言ってシフアさんは柔らかく微笑む。それから彼女は「そう言えば」と話を変えた。
「レインさんとミナリーさんのお師匠様……アリスさんもご一緒に王都へ?」
「いいえ。師匠とは別行動です。一緒に行ければ良かったんですけどね」
「何かご事情があるのですか?」
俺はこくりと頷いて、師匠が魔王復活を阻止する旅に出ようとしている事を告げる。
「教会のシスターさんとしては受け入れられない話かとは思いますが……」
「そう、ですね……」
聖典には『魔王は女神の加護を受けた勇者によって討ち果たされた』と記されている。
それが実は魔王は死んでおらず、女神の加護を受けたはずの勇者が魔王を封印する事しか出来なかったなどと言う話は、女神を信奉する教会としては決して受け入れられる話ではないだろう。
それこそ師匠が異端審問にかけられそうになるくらいには、相容れない思想だ。
シフアさんは難しい顔をして考え込んでいる。それからしばらくして、彼女は俺に問いを投げかけた。
「アリスさんならば、魔王を討伐できますか?」
「師匠ならあるいは」
そう思えるくらいの実力はある。奇跡に奇跡が幾つも重なればという話ではあるが、現時点の師匠のステータスを考えれば可能性はゼロじゃない。
「信頼なさっているのですね」
「自慢の師匠ですから」
俺が胸を張って答えると、シフアさんはくすっと口元を隠しながら上品に笑う。
紅茶を飲み終えた俺はシフアさんにお礼を告げて孤児院を後にした。
見上げるほどの高さの山脈から吹き降ろす冷たい風が肌を撫でる。雲に隠れた山頂の少し下、中ほど辺りの高さまで山々は白く染まっていた。そう遠くない冬の到来、師匠との別れの瞬間が近づいているのを実感する。
王都への出立まで一か月。
ミナリーの魔法の修得は順調らしく、師匠に任せておけば何の心配もない。ケロッグ商会の移転作業も順調だ。そっちはフロッグとクレアに任せておけばいい。
懸念があるとすれば……。
立ち止まって振り返ると、教会の窓からこちらを見つめる老紳士と目が合った。この教会の神父だ。あまり孤児院には顔を出さない人で、最後に会話をしたのはいつだったかと思い出す必要があるくらいには関わり合いが少ない。
そんな彼は柔和な笑みを浮かべて俺に会釈をすると、踵を返して窓から離れて行った。
その背中を見送ってから、俺も家路につく。師匠とミナリーにケーキでも勝って帰ろうかなんて考えながら。




