小国の王子から婚約破棄を言い渡された私は、学園を飛び出し、雨にうたれて泣いていました。そのとき、傘を差しだしてくださったそのお方は、超大国の心優しき王子様でした。【短編】
「君とはもう、おしまいだ。婚約を破棄させてもらおう!」
ルータス王子は言った。
ここは、王立ルバリック学園の進級パーティー会場だ。
「な、なぜでございましょう?」
私は驚いて聞いた。
「なぜ婚約を破棄するのか、と聞いたのか?」
ルータスは茶色い長い髪の毛をなびかせ、言った。
彼は背が高く、すらりとしていて、街を歩いていても女性が振り向くような美男子だった。
「君が、面白味のない女だからだよ! 話をしていても、何も楽しくない」
「そ、そんな」
確かに私は口下手で、内気な性格だ。
──私の名前は、ターニャ・エルロンド。17歳だ。
一方ルータスも17歳で同級生。このエクセン王国の王子だ。
私はこれまで、ルータスに様々なことを尽くしてきたつもりだった。
「そもそも、君は平民じゃないか!」
ルータス王子は言い放った。
(確かに私は平民だ……。王子のあなたとは、立場が違いすぎる)
私の両親は平民であった。そして──2年前、事故で死んだ。
2人は、ルータスの両親──つまりこの国、エクセン王国の王と王妃の親友だった。
学生時代から、とても仲が良かったらしい。
親同士、仲が良かったので、私とルータスは15歳のときに婚約した。
しかし私は今、婚約破棄を告げられた。
「私が平民だから、私を捨てるのですか?」
私がそう言ったとき、後ろから少女の声がした。
「そうよ! 平民風情が、王子に近づかないでよ!」
美しいブロンドの髪の毛をした少女が、私たちの後ろから歩いてきた。
彼女の名は、グロリア。グロリア・マーセル。私のクラスメートだ。
エメラルド色の美しいドレスを着て、ピンク色のハイヒールをはいている。爪は美しく磨かれ、輝いている。
学園で1番の美少女だった。
「王子には、私のような大貴族の娘が似合うのよ!」
そう──グロリアは大貴族の1人娘だった。
「ああ、グロリア」
王子はグロリアを抱き寄せた。
「何て美しいんだ!」
「まあ!」
私は思わず声を上げた。
まさか! グロリアと浮気をしていたなんて!
「何を見ているのよっ!」
グロリアは私をにらみつけた。
「あなたと王子の婚約は、もう解消されたんでしょう? 私と王子はね、3年前から恋人関係を続けてきたの」
「さ、3年前?」
3年前というと、私と王子が恋人関係になった時だ……。
グロリアは激しく話を続ける。
「王子は、あんたみたいな器量の悪い娘と付き合っていたなんて、かわいそうだわ!」
「そ、そうですね……」
そうだ……。王子に似合う婚約者は、グロリアのような美しい少女なのだ。
私のような平民で、器量が悪く、不器用で、表情の硬い女の子ではない……。
「いい加減、ジロジロ見てないで、パーティー会場から出ていきなさいよっ!」
パシイッ
グロリアは私の頬を、平手でひっぱたいた。
「まあまあ、その辺にしとけよ、グロリア」
ルータス王子は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「こんな面白味のない女に構っていても、仕方ない。付き合っていても、親や親戚の金も期待できないしな!」
(そ、そんな!)
やはりお金か……。私は親も死んでいるし、エルロンドの家系は平民だから、もともと財産もそれほど持っていない。
「大貴族の娘の私なら、お金の面でも──ルータス、あなたを支えられるわ」
「将来の心配はないというわけだ。パーティーの続きをしよう!」
「いいわね」
2人は、奥の部屋へ行ってしまった。
私はフラフラと学園の外に出た。
雨が降っている。
私は傘もささずに、家に帰ることにした。
家に帰っても、両親も誰もいない。
両親は3年前に、事故で死んでいるから……。
(私は1人ぼっちだ)
ドガッ
私が家に向かって道をあるいていると、おじさんとぶつかってしまった。
「ああー? なんでぇ、お前はぁ」
酔っ払いだ。
「みずぼらしい女だな! どけ!」
おじさんは私の肩をドガッと押した。
私はよろけ、地面に尻もちをついてしまった。
「なぜ……なぜなの!」
雨は私の涙のように、降り注ぐ。
「ああ、神様。どうして私はこんなにまで、不幸な気持ちなのでしょう?」
しかし、雨は止まない。私は起き上がる気力もなく、ただ、道ばたに座り込んでいるだけだった。
そのとき──。
馬の蹄と、車輪が止まる音が聞こえた。
「君、どうしたんだ?」
私が振り向くと、道路には馬車があった。
そして馬車の前には──傘を差した、背の高い男性が立っていた──。
この時は、彼こそ私の運命の男性になるとは、思いもよらなかった。
◇ ◇ ◇
傘を差した背の高い男性は、私に言った。
「びしょぬれじゃないか」
彼は白い服を着た、若い男性だった。
「も、申し訳ございません」
「僕に謝る必要はないさ」
男性は、ニコッと白い歯を見せて笑った。彼は、ずっと私の頭上に、傘をさしだし続けてくれている。
自分は、雨でぬれているのに……。
「僕の名前はレックス。レックス・リベイラだ。17歳の学生だよ」
レックスは背が高く、黒髪。とても整った顔立ちだ。まるで劇場の役者のよう。
「わ、私はターニャです」
「ターニャか……。セバスチャン、おい、セバスチャン」
レックスが声を上げると、馬車から初老の紳士が出てきた。手には、閉じられた傘を持っている。
「坊ちゃま、傘がもう1本必要でございましょう?」
「そうだ。この子に差し上げる傘だ。セバスチャン、気が利くな」
「ええっ?」
私は驚いて聞いた。
「あなた様の傘を、私に?」
「そうだよ」
レックスはニコッと笑った。
「ターニャ、君が風邪をひいてしまうじゃないか。さあ、傘を持って行ってくれ」
「まあ、なんてこと」
私は傘を左手に渡されながらも、首を横に振った。
「あなた様の大事な傘を、いただくわけにはまいりません」
「さあ、立って」
(あっ……)
レックスは私の右手をやさしく取り、地面から起こしてくれた。
彼は見れば見るほど、輝いて見える。白い学生服を着ているが、珍しい。どこの学生だろう?
彼は本当に心配そうな顔で、私に聞いた。
「怪我はないかい?」
「そ、そこまで心配なさらないで。大丈夫です」
「そうか、とにかくこんな雨の中、ずっと地面に座り込んではいけないよ」
私は顔が真っ赤になっていただろう。恥ずかしかった……。
「──坊ちゃま、マッキンデリー公爵が、そろそろ屋敷にいらっしゃいます。お戻りになりませんと」
セバスチャンという紳士は言った。きっと、彼はレックスの執事だろう。
「分かった。ではターニャ、僕は失礼するよ。傘は君にあげるから、さして帰ってください」
レックスはそう言って、馬車に乗ってしまった。セバスチャンも乗り込むと、馬車は駆け出してしまった。
(レックス・リベイラ様……)
私は、傘をにぎりしめていた。
(なんて、なんて素晴らしいお方なのだろう。あんな優しいお方が、この世にいらっしゃるなんて?)
私は呆然としていた。
雨はまだ降っていたが、少し小降りになっていたようだった。
◇ ◇ ◇
──その3時間後、レックスは……。
「レックス王子、あなたは一体何を言いたいんだね!」
マッキンデリー公爵は、レックスをにらみつけた。
すると、レックスは答えた。
「私の考えでは、あなた方から武器を買う必要はないと考えています」
「レックス王子、いけませんな」
マッキンデリー公爵は、首を横に振りながら言った。
ここは、シャルロ王国のシャルロ城、赤鷲の間。シャルロ王国はエクセン王国の隣国だ。
レックス・リベイラは、シャルロ王国の王子だった。
「戦争から逃げてはなりませんぞ!」
マッキンデリー公爵は声を荒げた。マッキンデリー一族は、王族相手の武器商人でもある。
「人間は、戦争から逃れられないのです。あなた方シャルロ王国も、戦争を起こさなければならない! 武器を手に取り、血を見なければならぬ。先人もそのようにして、平安を勝ち取ってきたのですぞ!」
「僕は、そのような暴力的なことは望みません」
レックス王子は背筋を正し、座り直して言った。
「国の領土を広げるために、あなたから買った武器で人を殺すのですか? 私はそんな売買に参加したくはありません」
「……なんたる腰抜けだ。シャルロ国王、これが次期国王ですか? 息子さんに言っては失礼だが、私ははっきりものを言う性格でね!」
マッキンデリー公爵は、眉をひそめてレックス王子を見た。公爵は武器を売っているからこそ、大金持ちとして生活できるのだ……。
黙っていたシャルロ国王は言った。
「レックス、マッキンデリー公爵の言われていることは正しい。少なくとも今の時代は、戦争で勝ち残っていかねばなるまい」
「では、平和はいつ戻ってくるのですか?」
レックスの言葉に、マッキンデリー公爵が答えた。
「戦争によって、平和を勝ち取る!」
「本末転倒だ」
「もう良い! まったくたいしたお坊ちゃんだ!」
マッキンデリー公爵は、バーンと立ち上がった。
「武器は、必ず買っていただくことになる。買わざるを得ないはずだ。泣いて、我々に飛びつくだろうね」
公爵はそう言って、部屋を出ていった。
「レックス」
国王は腕組みをして、息子に言った。
「今日の交渉は、全てお前に任せたが──。とても今のお前には、次期国王を継がせられん」
「と、父さん」
「ゴホッ、ゴホッ」
国王は咳き込んだ。
「大丈夫ですか!」
レックスは父王の背中をさすった。
「すぐに医者を呼びましょう」
「いや大丈夫だ。むせただけだ。そんなことより」
国王は言った。
「レックスよ、考え直せ。戦争は人を殺す。確かにな。しかしそうしてこそ、国は繁栄していくのだよ」
「繁栄? 繁栄とは?」
「自分で言っていただろう。領土、領地を広げるということだ」
レックスは首を横に振り、部屋を出ていった。
「レックス! 話は終わっていないぞ!」
父王の声が、赤鷲の間で響く。
ああ……この気持ちをなぐさめてくれる人はいないだろうか。
レックスは部屋を出て、廊下の壁に手をついた。
そのときレックスの頭の中に、今日の昼に会った、少女の顔が浮かんだ。
(確か──ターニャと言ったっけ。雨にぬれていたな)
心の美しそうな子だった。ああ、彼女ならもしかしたら、僕の心の痛みを取り除いてくれるかもしれない。
しかし、どうやって会えば良いのだ?
いや、彼女は多分、平民だ。王族の僕が、しかも他国の少女を好きになってはならぬのだ。──きちんとしなければ。
レックスは階段横で待機していた、執事、セバスチャンに言った。
「セバスチャン、そこにいたのか。父は状態が悪い。医者を呼んで、診てやってくれ」
「はっ、分かりました」
「セバスチャン」
「なんでございましょう」
「戦争は必要なのか? 人を殺さなくてはならないものなのか」
「私個人の考えでは、無いほうがよろしいかと。坊ちゃまの母君も、紛争で命を落とされました」
セバスチャンは続けた。
「しかし、坊ちゃまも顔が真っ青では?」
「剣術と馬術の稽古、語学や数学の学習など、いそがしかったからな」
「私は恋煩いかと」
セバスチャンは笑って言った。
おや──レックスは何も答えない。
「おや、どうなされましたか? もしかして、先程の娘が気になるとか」
「ああ──いや」
「確か、あの娘さんは、ターニャとおっしゃいましたな」
「僕は恋煩いなどしている暇はない。冗談はよしてくれ」
レックスはそのまま、自分の部屋に行ってしまった。
するとセバスチャンは、レックスの様子を心配して見ていた侍女のロザリナに言った。
「今度の、学生懇親会はどこになったかな?」
「い、いえ、今月はどの学校か決定しておりません」
ロザリナは言った。
学生懇親会とは、シャルロ城で開かれる、学生を呼んで行われるパーティーだ。
学生とシャルロ王族のほほえましい学生懇親会ということで、報道機関も好意的に扱ってくれる。30年続いている伝統ある行事だ。
「ふむ、確か、あのターニャという娘は、エクセン王国の『ルバリック学園』の制服を着ておったな」
セバスチャンがつぶやくと、ロザリナは驚いて言った。
「エクセン王国のルバリック学園ですか? 国外の学校ですよ」
「そうだが、国外の学校の生徒を呼んではならん、という規則はない。来週の学生懇親会は、エクセン王国のルバリック学園にしなさい」
「はい、分かりました!」
侍女のロザリナは、深々と頭を下げた。
ターニャはきっと、レックス王子と再会するだろう。
これで、レックス王子が元気を取り戻してくれると良いが……。
セバスチャンはため息をついた。
◇ ◇ ◇
──私、ターニャ・エルロンドの通う学校、「エクセン王国王立ルバリック学園」は、隣国のシャルロ王国からご招待を受けた。
シャルロ城で、学生懇親会というパーティーが開かれるそうだ。
これには、先生も全校生徒も全員、驚いていた。
「なぜ、私たちが選ばれたんだろうね? シャルロ王国の国外からは初らしいよ」
「誰かがお金を払ったんじゃないの?」
「そんなバカな。抽選だって聞いたぜ。クジで当たったんだよ」
生徒たちは、シャルロ王国に行く途中の馬車の中で、そんな会話をしていた。
私も、なんだかとても心が踊っていた。
超大国シャルロ王国の王子様と、お城でお会いできるというのだから。
「シャルロの王子様は、とても素敵な人らしいわ!」
私の前の座席に座っているグロリアは、声を上げた。
「とにかくハンサムで、平和を愛する、お優しい人らしいのよ。あ~早くお会いしたい」
「グロリア、あなたの彼氏の、ルータス王子はどうなっちゃうのよ」
グロリアの取り巻き、イザベルはクスクス笑いながら言った。
「ルータスぅ? ふん、最近、浮気しているらしいのよね。他校の生徒にちょっかい出してるのよ。エクセン王国なんて小国でしょ。シャルロは超大国。エクセンのルータス王子とは大違いで、きっと心も大きな素晴らしい方なんだわ~」
私はその話を聞いて、(やっぱり、ルータスは浮気をしたか)とため息をついた。ルータス王子は、別の馬車に乗っている。
シャルロ王国の王は、ラーバンス・リベイラという名前の国王。エクセン王国でも有名人だ。すると、息子の王子様もリベイラ姓となる。
(……やっぱり、この傘をくださった方は、シャルロ王国の王子様なのでは?)
私は念のために持ってきた、あの雨の中、レックス・リベイラさんがくださった傘を握りしめた。
しかし……同姓ということもありえるが……。
「ねえ!」
グロリアは突然後ろを振り向いて、私が持っている傘を見て言った。
「あんたの持っている傘、なにそれ? 古くさい傘ねえ。ちょっと貸してごらんなさいよ」
「だ、ダメ!」
私は傘を後ろに隠した。
「別にこれは何でもない」
「あら、生意気ね。私の命令に逆らったら、どうなるか思い知らせてあげようかしら!」
グロリアは私をにらみつけた。しかし……。
「グロリア! うるさいぞ!」
グロリアは同乗している担任のバーバンス先生に注意され、黙ってしまった。
馬車に乗った、私たちルバリック学園の生徒250名は、国境を通り、シャルロ城へ向かった。
シャルロ王国に入った私たちは、宿舎で正装に着替え、城に向かうことになった。
「うわあ~」
生徒たちは、シャルロ城を見上げた。
エクセン城の数倍は大きい。さすが超大国シャルロの城だ。
お堀もあるし、跳ね橋もある。番犬や牛、羊なども敷地内で飼われている。
私は、とっておきの赤いドレスに着替えていた。それでも、グロリアの金色の美しいドレスにはとても敵わなかった。
「よーし、これから城内に入るぞ」
バーバンス先生の引率により、生徒たちはシャルロ城の敷地内に入っていく。
「ねえ」
グロリアはニヤニヤしながら、私に言った。すごく嫌な予感がした。
取り巻きのイザベル、ジャネットが私を取り囲んだ。
「今日は、素敵なドレスじゃない? ターニャ」
ドンッ
グロリアは私の肩を押した。
ドボン!
ああ!
私はお堀の中に、突き飛ばされてしまったのだ。
「キャハハハハ!」
グロリアたちはお腹を抱えて、お堀の中でずぶぬれの私を、指さして笑っている。
「そのお堀は、泥水がたんまりよ! もう二度と、パーティー会場に行けないわね!」
「おーい! 何をしている。王族の方たちがお城でお待ちかねだぞ。早く城内へ移動するんだ」
バーバンス先生が、向こうのほうから声をかけてきた。
「はーい!」
グロリアたちは甲高い声で返事をして、ゲラゲラ笑いながら城のほうへ行ってしまった。
私はおきざり……。何とかお堀の中から這い上がり、おぼれずにすんだ。
ああ、でも……。
(これではもう、あのお方──レックスさんに会うことはできないのね。そもそも、レックスさんが、このシャルロ城にいるとは限らないのだし……。ああ、私はバカみたい)
「おや、お嬢さん。どうかなさいましたか?」
後ろから、聞き覚えのある男性の声がした。
私が振り返ると、「あっ!」と声を出したのは、男性のほうだった。
「き、君は!」
私も驚いた。
「この間の! ターニャじゃないか!」
そこに立っていたのは、あのレックス・リベイラさんだった。
ああ、何という運命!
ああ、今日も、ずぶ濡れで会うなんて!
◇ ◇ ◇
「とにかく、君のずぶ濡れの格好を何とかしよう」
レックスは私を、城の裏手の扉から、城内に連れていってくれた。
「彼女に、あたたかいお風呂を準備してさしあげて」
レックス王子は、侍女に言った。
「まあ! この方が例の、ターニャ様ですか?」
「あっ、ああ。ターニャはどうやら、級友に意地悪されて、堀に突き落とされたらしい」
「なんてこと!」
ロザリナという侍女は、最初はびっくりしていたが、やがて……。
「そうですか、そうですか。あなたがターニャ様だったのね」
彼女は私に、ニコッと笑いかけた。とてもやさしい、親切な笑顔だった。
「さあ! ターニャ様、こちらへ。お風呂はすでに用意できております。何も心配なさる必要はございませんよ!」
「は、はあ」
「じゃ、僕も準備をしなければならないから。後でね」
レックス王子は、さっさと行ってしまった。
私は何が何だかわからず、とにかく侍女の言われるままに、城内のお風呂場に案内された。
風呂場はとてつもなく大きかった。獅子の口からお湯が出て、大きな浴槽に流れ出ている。
私は香油とハーブの入った、良い匂いのするお風呂に入ることになった。
そして、お風呂から上がると、ドレスが用意されていた。
「え、えええ?」
そのドレスは、プラチナ色の、シルクで出来た最上級の代物だった。そして頭には、ダイヤモンドがあしらわれたティアラを被ることになった。
ドレスの手触りはすべすべ。アクセサリーは、エメラルドのネックレスとルビーの指輪だ……。
「す、素敵!」
私は思わず、声を上げざるを得なかった。ロザリナは胸を張った。
「すごいでしょう? これはね、レックス王子の亡くなったお母様のものなのですよ」
「そ、そんな、私などにはもったいない」
「いえいえ。倉庫にしまておくほうがもったいないですわよ。さあターニャ様、あなたはこれから、学生懇親会パーティーにご出席するんですよ」
「え? は、はい!」
お堀でずぶ濡れだったのに、なんという幸運!
私はシャルロ城専属の美容師さんにより髪の毛を整えられ、化粧もなされた。
化粧がひと段落して、廊下のソファで休んでいると、聞き覚えのある声がどこからか、聞こえてきた。
「レックス王子、まだ来てくださらないのかしら~」
「待ちきれないわ!」
「この城の侍女たちの話を聞いたわ。レックス王子はびっくりするほど美男子だって。楽しみ!」
グロリアたちの声だ。
私がカーテンを開けて、ホールの中をちょっとだけのぞくと、そこは学生懇親会のパーティー会場だった。ルバリック学園の生徒たちが、王族の方たちと話したり、ゲームに興じている。
王族専属の歌手の歌や演奏も、披露されているようだ。
カーテンのすぐ近くでは、グロリアたちがご馳走を食べて、果物の飲み物を飲んでいる。
「まったく、ターニャは最悪に運が悪い子ねえ」
グロリアは声を上げて笑っていた。取り巻きも賛同している。
「本当だね、まったく」
「こんな日にお堀にドボン! だなんて。笑っちゃう」
「キャハハ! 本当に良い気味だわ。あいつ、生意気だったからさ」
私は、「あなたたちが突き落としたくせに……」と言いたくなったが、ぐっと我慢してカーテンを閉じた。
「ターニャ、こんなところにいたのか」
後ろを振り向くと、レックス王子がいた。
「あ、ちょ、ちょっと待っていてください。レックス王子」
私は急いで、自分の持ち物が置いてある場所にいき、レックスからもらい受けたあの傘を手渡した。
「お返しいたします」
「ほほう、持って来てくれたのか。うむ……」
レックスは傘を見つめてから、私の顔、衣装、ティアラなどを見た。
「うむ、美しい」
「あっ……ど、どうもありがとう」
「だが本当に美しいのは、そなたの心だよ。意地悪した級友たちに、仕返ししようとしなかった」
「が、我慢しただけです」
「それでも素晴らしい」
レックス王子は、ニコッと笑った。
「さあ、僕と一緒に、パーティー会場へ参上しよう。手を繋いで!」
「ええ? あ、あなた様とですか? て、手を繋ぐ?」
信じられない! ずぶ濡れだった私が、レックス王子と一緒に、パーティー会場へ行くことになるなんて!
しかも、手を繋いで!
◇ ◇ ◇
レックスと私は、城の二階に行った。
そしてレックスと手を繋ぎ、学生懇親会のパーティー会場の前で待った。
「さあ、レックス王子が登場されます!」
懇親会の司会の男性が声を上げた。
うわあああっ!
学生たちの歓声が聞こえる。
「さあ、拍手をどうぞ!」
万雷の拍手とともに、私とレックスは扉を開け、皆の前に立った。
私たちは、階段下のパーティー会場を見下ろした。
ルバリック学園の生徒たちがいる。
「わあああ!」
「素敵!」
「王子様よ! あら、隣にいらっしゃる女の子は、恋人かしら」
生徒たちは口々に、私とレックスを見て言った。
私たちは手を繋ぎながら、階段を降りていった。
そしてグロリアの横を通った。
「王子様、ご機嫌よう……ん? えええええ?」
グロリアは私をじっと見て、目を丸くした。
「あ、あなた……ターニャ?」
グロリアは声を上げた。
「な、な、何で? 何で? レックス王子の隣に……ターニャがいるわ!」
「うわっ! なんて綺麗なドレスを着ているのかしら! 見たことがないわ」
「お姫様みたい……」
「うぎぎぎ……! 何でなのよっ。何でターニャが王子様と手を繋いで歩いているのよおっ!」
グロリアが声を荒げているとき、レックスは皆に言った。
「この学生ターニャは、僕の恋人なんだ」
「え……!」
私は驚いた。レックス王子、いきなりそんなことを……!
「そうだろう? ターニャ」
レックス王子は私に聞いた。私は考える必要もなかった。
私はニコッと笑い──。
「はい!」
そう返事をした。そして、私たちは本当に恋人同士になった。
1年後、私とレックス王子は婚約し、私はシャルロ城に住むことになった。
しかし、レックス王子は不安な顔をしていた。
「父王と公爵たちが、隣国のベルリア王国に対して、戦争を仕掛けよ、と僕に言っている」
レックスは私の手を握った。
「僕は平和を愛している。紛争で母を失った。物事を平和に解決するためには、どうしたら良いだろうか? 何か良い方法はないものか……」
私はしばらく考えていたが、すぐに言った。
「世界に宣言するのです、王子。『私たちシャルロ王国は、自分から相手に攻撃する事はない』と」
「ええっ? そ、そんな考え方は、聞いたことがない」
レックス王子は目を丸くしていた。
「戦争とは、こちらから仕掛けるものであろう? そうしないと、相手に先制攻撃をされてしまう。僕は戦争というものを、そう学んできた」
「いえ、死んだ私の父から、聞いたことがあります。東方のとある国では、自分から手を出さず、それでいてしっかり装備は整えている──。それで100年間も平和を保っていると」
「そ、そんなことがあるのか?」
そしてレックスは決心した。
報道機関を使い、世界各国に、「我がシャルロ王国は、こちらから戦争を仕掛けることは絶対にしない」と宣言したのだ。
するとどうだろう?
次の日から次々と各国の政治家、軍人がシャルロ王国に来たのだ。そしてこう言った。
「私の国は、戦争で疲れきっていたんです」
「我が国もです。戦争で疲弊していました。もう戦争は勘弁です。食料も無くなってしまいました」
「私たちの国も、こちらから戦争は仕掛けないことにしよう!」
シャルロ王国の周辺国では、皆、軍隊はありながらも、自ら戦争をしかけないことにした。
武器を降ろしたのだ──。
どの国も、軍隊を持ちながら、平和になった。
その平和は、3年経った今でも続いている。
そして私とレックス王子は、結婚した。
ある雨の日──私とレックスは、シャルロ城から庭園に出ようとした。
「ターニャ、本当に君を、妻にして良かった」
レックスはしみじみと言い、私の頭の上に傘をさした。
おや?
見覚えのある傘だ……。
「まあ、この傘は!」
私は声を上げた。するとレックスはニコッと笑った。
「君が道で雨にずぶ濡れになっていたとき、君にあげた傘だよ」
そしてレックスは言った。
「たった1本の傘が、僕に素晴らしい妻と、素晴らしい平和を与えてくれたのだ!」
私とレックスは、それからも末永く幸せに暮らした。
【おしまい】
【作者タケ 別作品のお知らせ】
作者タケの聖女+恋愛+婚約破棄モノ【長編連載】です。よかったら読んでみてください!
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『聖女の役職を奪い取られた私は、婚約破棄され、王国から追放されました。しかし追放先で、超強い勇者候補君と親しくなって、毎日楽しい学校生活! ついでに私に意地悪した悪役令嬢を、魔法で成敗します!』
【作者からのお知らせ】
このお話を読んで、「面白かった!」と思った方は、下の☆☆☆☆☆から、応援をしていただければうれしいです。
「面白かった」と思った方は☆を5つ
「まあ良かった」と思った方は☆を3つ
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