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小国の王子から婚約破棄を言い渡された私は、学園を飛び出し、雨にうたれて泣いていました。そのとき、傘を差しだしてくださったそのお方は、超大国の心優しき王子様でした。【短編】

作者: 武野あんず

「君とはもう、おしまいだ。婚約を破棄(はき)させてもらおう!」


 ルータス王子は言った。


 ここは、王立ルバリック学園の進級パーティー会場だ。


「な、なぜでございましょう?」


 私は驚いて聞いた。


「なぜ婚約を破棄(はき)するのか、と聞いたのか?」


 ルータスは茶色い長い髪の毛をなびかせ、言った。

 

 彼は背が高く、すらりとしていて、街を歩いていても女性が振り向くような美男子だった。


「君が、面白味のない女だからだよ! 話をしていても、何も楽しくない」

「そ、そんな」


 確かに私は口下手で、内気な性格だ。


 ──私の名前は、ターニャ・エルロンド。17歳だ。


 一方ルータスも17歳で同級生。このエクセン王国の王子だ。


 私はこれまで、ルータスに様々なことを()くしてきたつもりだった。


「そもそも、君は平民じゃないか!」


 ルータス王子は言い放った。


(確かに私は平民だ……。王子のあなたとは、立場が違いすぎる)


 私の両親は平民であった。そして──2年前、事故で死んだ。


 2人は、ルータスの両親──つまりこの国、エクセン王国の王と王妃の親友だった。


 学生時代から、とても仲が良かったらしい。


 親同士、仲が良かったので、私とルータスは15歳のときに婚約した。


 しかし私は今、婚約破棄(はき)を告げられた。


「私が平民だから、私を捨てるのですか?」


 私がそう言ったとき、後ろから少女の声がした。


「そうよ! 平民風情(ふぜい)が、王子に近づかないでよ!」


 美しいブロンドの髪の毛をした少女が、私たちの後ろから歩いてきた。


 彼女の名は、グロリア。グロリア・マーセル。私のクラスメートだ。


 エメラルド色の美しいドレスを着て、ピンク色のハイヒールをはいている。爪は美しく(みが)かれ、輝いている。


 学園で1番の美少女だった。


「王子には、私のような大貴族の娘が似合うのよ!」


 そう──グロリアは大貴族の1人娘だった。


「ああ、グロリア」


 王子はグロリアを抱き寄せた。


「何て美しいんだ!」

「まあ!」


 私は思わず声を上げた。


 まさか! グロリアと浮気をしていたなんて!


「何を見ているのよっ!」


 グロリアは私をにらみつけた。


「あなたと王子の婚約は、もう解消されたんでしょう? 私と王子はね、3年前から恋人関係を続けてきたの」

「さ、3年前?」


 3年前というと、私と王子が恋人関係になった時だ……。


 グロリアは激しく話を続ける。


「王子は、あんたみたいな器量の悪い娘と付き合っていたなんて、かわいそうだわ!」

「そ、そうですね……」


 そうだ……。王子に似合う婚約者は、グロリアのような美しい少女なのだ。

 

 私のような平民で、器量が悪く、不器用で、表情の(かた)い女の子ではない……。


「いい加減、ジロジロ見てないで、パーティー会場から出ていきなさいよっ!」


 パシイッ


 グロリアは私の(ほお)を、平手でひっぱたいた。


「まあまあ、その辺にしとけよ、グロリア」


 ルータス王子は、ニヤニヤ笑いながら言った。


「こんな面白味のない女に構っていても、仕方ない。付き合っていても、親や親戚(しんせき)の金も期待できないしな!」

(そ、そんな!)

 

 やはりお金か……。私は親も死んでいるし、エルロンドの家系は平民だから、もともと財産もそれほど持っていない。


「大貴族の娘の私なら、お金の面でも──ルータス、あなたを支えられるわ」

「将来の心配はないというわけだ。パーティーの続きをしよう!」

「いいわね」


 2人は、奥の部屋へ行ってしまった。



 私はフラフラと学園の外に出た。


 雨が降っている。


 私は(かさ)もささずに、家に帰ることにした。


 家に帰っても、両親も誰もいない。


 両親は3年前に、事故で死んでいるから……。


(私は1人ぼっちだ)


 ドガッ


 私が家に向かって道をあるいていると、おじさんとぶつかってしまった。


「ああー? なんでぇ、お前はぁ」


 酔っ払いだ。


「みずぼらしい女だな! どけ!」


 おじさんは私の肩をドガッと押した。


 私はよろけ、地面に尻もちをついてしまった。


「なぜ……なぜなの!」


 雨は私の涙のように、降り注ぐ。


「ああ、神様。どうして私はこんなにまで、不幸な気持ちなのでしょう?」


 しかし、雨は止まない。私は起き上がる気力もなく、ただ、道ばたに座り込んでいるだけだった。


 そのとき──。


 馬の(ひづめ)と、車輪が止まる音が聞こえた。


「君、どうしたんだ?」


 私が振り向くと、道路には馬車があった。


 そして馬車の前には──(かさ)を差した、背の高い男性が立っていた──。


 この時は、彼こそ私の運命の男性になるとは、思いもよらなかった。


 ◇ ◇ ◇


 (かさ)を差した背の高い男性は、私に言った。


「びしょぬれじゃないか」


 彼は白い服を着た、若い男性だった。


「も、申し訳ございません」

「僕に(あやま)る必要はないさ」


 男性は、ニコッと白い歯を見せて笑った。彼は、ずっと私の頭上に、(かさ)をさしだし続けてくれている。

 

 自分は、雨でぬれているのに……。


「僕の名前はレックス。レックス・リベイラだ。17歳の学生だよ」


 レックスは背が高く、黒髪。とても整った顔立ちだ。まるで劇場の役者のよう。


「わ、私はターニャです」

「ターニャか……。セバスチャン、おい、セバスチャン」


 レックスが声を上げると、馬車から初老の紳士が出てきた。手には、閉じられた(かさ)を持っている。


(ぼっ)ちゃま、(かさ)がもう1本必要でございましょう?」

「そうだ。この子に差し上げる(かさ)だ。セバスチャン、気が利くな」

「ええっ?」


 私は驚いて聞いた。


「あなた様の(かさ)を、私に?」

「そうだよ」


 レックスはニコッと笑った。


「ターニャ、君が風邪をひいてしまうじゃないか。さあ、(かさ)を持って行ってくれ」

「まあ、なんてこと」


 私は(かさ)を左手に渡されながらも、首を横に振った。


「あなた様の大事な(かさ)を、いただくわけにはまいりません」

「さあ、立って」

(あっ……)


 レックスは私の右手をやさしく取り、地面から起こしてくれた。


 彼は見れば見るほど、輝いて見える。白い学生服を着ているが、珍しい。どこの学生だろう?


 彼は本当に心配そうな顔で、私に聞いた。


「怪我はないかい?」

「そ、そこまで心配なさらないで。大丈夫です」

「そうか、とにかくこんな雨の中、ずっと地面に座り込んではいけないよ」


 私は顔が真っ赤になっていただろう。恥ずかしかった……。


「──(ぼっ)ちゃま、マッキンデリー公爵(こうしゃく)が、そろそろ屋敷にいらっしゃいます。お戻りになりませんと」


 セバスチャンという紳士は言った。きっと、彼はレックスの執事(しつじ)だろう。


「分かった。ではターニャ、僕は失礼するよ。(かさ)は君にあげるから、さして帰ってください」


 レックスはそう言って、馬車に乗ってしまった。セバスチャンも乗り込むと、馬車は駆け出してしまった。


(レックス・リベイラ様……)


 私は、(かさ)をにぎりしめていた。


(なんて、なんて素晴らしいお方なのだろう。あんな優しいお方が、この世にいらっしゃるなんて?)


 私は呆然としていた。


 雨はまだ降っていたが、少し小降りになっていたようだった。


 ◇ ◇ ◇


 ──その3時間後、レックスは……。


「レックス王子、あなたは一体何を言いたいんだね!」


 マッキンデリー公爵(こうしゃく)は、レックスをにらみつけた。


 すると、レックスは答えた。


「私の考えでは、あなた方から武器を買う必要はないと考えています」

「レックス王子、いけませんな」


 マッキンデリー公爵(こうしゃく)は、首を横に振りながら言った。


 ここは、シャルロ王国のシャルロ城、赤鷲(あかわし)の間。シャルロ王国はエクセン王国の隣国(りんこく)だ。


 レックス・リベイラは、シャルロ王国の王子だった。


「戦争から逃げてはなりませんぞ!」


 マッキンデリー公爵(こうしゃく)は声を荒げた。マッキンデリー一族は、王族相手の武器商人でもある。


「人間は、戦争から逃れられないのです。あなた方シャルロ王国も、戦争を起こさなければならない! 武器を手に取り、血を見なければならぬ。先人もそのようにして、平安を勝ち取ってきたのですぞ!」

「僕は、そのような暴力的なことは望みません」


 レックス王子は背筋(せすじ)を正し、座り直して言った。


「国の領土を広げるために、あなたから買った武器で人を殺すのですか? 私はそんな売買に参加したくはありません」

「……なんたる腰抜けだ。シャルロ国王、これが次期国王ですか? 息子さんに言っては失礼だが、私ははっきりものを言う性格でね!」


 マッキンデリー公爵(こうしゃく)は、眉をひそめてレックス王子を見た。公爵(こうしゃく)は武器を売っているからこそ、大金持ちとして生活できるのだ……。


 黙っていたシャルロ国王は言った。


「レックス、マッキンデリー公爵(こうしゃく)の言われていることは正しい。少なくとも今の時代は、戦争で勝ち残っていかねばなるまい」

「では、平和はいつ戻ってくるのですか?」


 レックスの言葉に、マッキンデリー公爵(こうしゃく)が答えた。


「戦争によって、平和を勝ち取る!」

本末転倒(ほんまつてんとう)だ」

「もう良い! まったくたいしたお(ぼっ)ちゃんだ!」


 マッキンデリー公爵(こうしゃく)は、バーンと立ち上がった。


「武器は、必ず買っていただくことになる。買わざるを得ないはずだ。泣いて、我々に飛びつくだろうね」


 公爵(こうしゃく)はそう言って、部屋を出ていった。


「レックス」


 国王は腕組みをして、息子に言った。


「今日の交渉は、全てお前に任せたが──。とても今のお前には、次期国王を()がせられん」

「と、父さん」

「ゴホッ、ゴホッ」


 国王は()き込んだ。


「大丈夫ですか!」


 レックスは父王の背中をさすった。


「すぐに医者を呼びましょう」

「いや大丈夫だ。むせただけだ。そんなことより」


 国王は言った。


「レックスよ、考え直せ。戦争は人を殺す。確かにな。しかしそうしてこそ、国は繁栄(はんえい)していくのだよ」

繁栄(はんえい)? 繁栄(はんえい)とは?」

「自分で言っていただろう。領土、領地を広げるということだ」


 レックスは首を横に振り、部屋を出ていった。


「レックス! 話は終わっていないぞ!」


 父王の声が、赤鷲(あかわし)の間で(ひび)く。


 ああ……この気持ちをなぐさめてくれる人はいないだろうか。



 レックスは部屋を出て、廊下の壁に手をついた。


 そのときレックスの頭の中に、今日の昼に会った、少女の顔が浮かんだ。


(確か──ターニャと言ったっけ。雨にぬれていたな)


 心の美しそうな子だった。ああ、彼女ならもしかしたら、僕の心の痛みを取り除いてくれるかもしれない。


 しかし、どうやって会えば良いのだ?


 いや、彼女は多分、平民だ。王族の僕が、しかも他国の少女を好きになってはならぬのだ。──きちんとしなければ。


 レックスは階段横で待機していた、執事(しつじ)、セバスチャンに言った。


「セバスチャン、そこにいたのか。父は状態が悪い。医者を呼んで、()てやってくれ」

「はっ、分かりました」

「セバスチャン」

「なんでございましょう」

「戦争は必要なのか? 人を殺さなくてはならないものなのか」

「私個人の考えでは、無いほうがよろしいかと。(ぼっ)ちゃまの母君も、紛争(ふんそう)で命を落とされました」


 セバスチャンは続けた。


「しかし、(ぼっ)ちゃまも顔が真っ青では?」

「剣術と馬術の稽古(けいこ)、語学や数学の学習など、いそがしかったからな」

「私は恋(わずら)いかと」


 セバスチャンは笑って言った。


 おや──レックスは何も答えない。


「おや、どうなされましたか? もしかして、先程の娘が気になるとか」

「ああ──いや」

「確か、あの娘さんは、ターニャとおっしゃいましたな」

「僕は恋(わずら)いなどしている暇はない。冗談はよしてくれ」


 レックスはそのまま、自分の部屋に行ってしまった。


 するとセバスチャンは、レックスの様子を心配して見ていた侍女(じじょ)のロザリナに言った。


「今度の、学生懇親会(こんしんかい)はどこになったかな?」

「い、いえ、今月はどの学校か決定しておりません」


 ロザリナは言った。


 学生懇親会(こんしんかい)とは、シャルロ城で開かれる、学生を呼んで行われるパーティーだ。


 学生とシャルロ王族のほほえましい学生懇親会(こんしんかい)ということで、報道機関も好意的に扱ってくれる。30年続いている伝統ある行事だ。


「ふむ、確か、あのターニャという娘は、エクセン王国の『ルバリック学園』の制服を着ておったな」


 セバスチャンがつぶやくと、ロザリナは驚いて言った。


「エクセン王国のルバリック学園ですか? 国外の学校ですよ」

「そうだが、国外の学校の生徒を呼んではならん、という規則はない。来週の学生懇親会(こんしんかい)は、エクセン王国のルバリック学園にしなさい」

「はい、分かりました!」


 侍女(じじょ)のロザリナは、深々と頭を下げた。


 ターニャはきっと、レックス王子と再会するだろう。

 

 これで、レックス王子が元気を取り戻してくれると良いが……。


 セバスチャンはため息をついた。


 ◇ ◇ ◇


 ──私、ターニャ・エルロンドの通う学校、「エクセン王国王立ルバリック学園」は、隣国(りんこく)のシャルロ王国からご招待(しょうたい)を受けた。


 シャルロ城で、学生懇親会(こんしんかい)というパーティーが開かれるそうだ。


 これには、先生も全校生徒も全員、驚いていた。


「なぜ、私たちが選ばれたんだろうね? シャルロ王国の国外からは初らしいよ」

「誰かがお金を払ったんじゃないの?」

「そんなバカな。抽選(ちゅうせん)だって聞いたぜ。クジで当たったんだよ」


 生徒たちは、シャルロ王国に行く途中の馬車の中で、そんな会話をしていた。


 私も、なんだかとても心が(おど)っていた。


 超大国シャルロ王国の王子様と、お城でお会いできるというのだから。


「シャルロの王子様は、とても素敵な人らしいわ!」


 私の前の座席に座っているグロリアは、声を上げた。


「とにかくハンサムで、平和を愛する、お優しい人らしいのよ。あ~早くお会いしたい」

「グロリア、あなたの彼氏の、ルータス王子はどうなっちゃうのよ」


 グロリアの取り巻き、イザベルはクスクス笑いながら言った。


「ルータスぅ? ふん、最近、浮気しているらしいのよね。他校の生徒にちょっかい出してるのよ。エクセン王国なんて小国でしょ。シャルロは超大国。エクセンのルータス王子とは大違いで、きっと心も大きな素晴らしい方なんだわ~」


 私はその話を聞いて、(やっぱり、ルータスは浮気をしたか)とため息をついた。ルータス王子は、別の馬車に乗っている。


 シャルロ王国の王は、ラーバンス・リベイラという名前の国王。エクセン王国でも有名人だ。すると、息子の王子様もリベイラ姓となる。


(……やっぱり、この(かさ)をくださった方は、シャルロ王国の王子様なのでは?)


 私は念のために持ってきた、あの雨の中、レックス・リベイラさんがくださった(かさ)を握りしめた。


 しかし……同姓ということもありえるが……。


「ねえ!」


 グロリアは突然後ろを振り向いて、私が持っている(かさ)を見て言った。


「あんたの持っている(かさ)、なにそれ? 古くさい(かさ)ねえ。ちょっと貸してごらんなさいよ」

「だ、ダメ!」


 私は(かさ)を後ろに隠した。


「別にこれは何でもない」

「あら、生意気ね。私の命令に逆らったら、どうなるか思い知らせてあげようかしら!」


 グロリアは私をにらみつけた。しかし……。


「グロリア! うるさいぞ!」


 グロリアは同乗している担任のバーバンス先生に注意され、黙ってしまった。



 馬車に乗った、私たちルバリック学園の生徒250名は、国境を通り、シャルロ城へ向かった。


 シャルロ王国に入った私たちは、宿舎で正装に着替え、城に向かうことになった。


「うわあ~」


 生徒たちは、シャルロ城を見上げた。


 エクセン城の数倍は大きい。さすが超大国シャルロの城だ。


 お(ほり)もあるし、()ね橋もある。番犬や牛、羊なども敷地内で()われている。


 私は、とっておきの赤いドレスに着替えていた。それでも、グロリアの金色の美しいドレスにはとても敵わなかった。


「よーし、これから城内に入るぞ」


 バーバンス先生の引率(いんそつ)により、生徒たちはシャルロ城の敷地内に入っていく。


「ねえ」


 グロリアはニヤニヤしながら、私に言った。すごく嫌な予感がした。


 取り巻きのイザベル、ジャネットが私を取り囲んだ。


「今日は、素敵なドレスじゃない? ターニャ」


 ドンッ

 

 グロリアは私の肩を押した。


 ドボン!


 ああ!


 私はお(ほり)の中に、突き飛ばされてしまったのだ。


「キャハハハハ!」


 グロリアたちはお腹を抱えて、お(ほり)の中でずぶぬれの私を、指さして笑っている。


「そのお(ほり)は、泥水(どろみず)がたんまりよ! もう二度と、パーティー会場に行けないわね!」

「おーい! 何をしている。王族の方たちがお城でお待ちかねだぞ。早く城内へ移動するんだ」


 バーバンス先生が、向こうのほうから声をかけてきた。


「はーい!」


 グロリアたちは甲高い声で返事をして、ゲラゲラ笑いながら城のほうへ行ってしまった。


 私はおきざり……。何とかお(ほり)の中から()い上がり、おぼれずにすんだ。


 ああ、でも……。


(これではもう、あのお方──レックスさんに会うことはできないのね。そもそも、レックスさんが、このシャルロ城にいるとは限らないのだし……。ああ、私はバカみたい)


「おや、お嬢さん。どうかなさいましたか?」


 後ろから、聞き覚えのある男性の声がした。


 私が振り返ると、「あっ!」と声を出したのは、男性のほうだった。


「き、君は!」


 私も驚いた。


「この間の! ターニャじゃないか!」


 そこに立っていたのは、あのレックス・リベイラさんだった。


 ああ、何という運命!


 ああ、今日も、ずぶ()れで会うなんて!


 ◇ ◇ ◇


「とにかく、君のずぶ()れの格好を何とかしよう」


 レックスは私を、城の裏手の扉から、城内に連れていってくれた。


「彼女に、あたたかいお風呂を準備してさしあげて」


 レックス王子は、侍女(じじょ)に言った。


「まあ! この方が例の、ターニャ様ですか?」

「あっ、ああ。ターニャはどうやら、級友に意地悪されて、(ほり)に突き落とされたらしい」

「なんてこと!」


 ロザリナという侍女(じじょ)は、最初はびっくりしていたが、やがて……。


「そうですか、そうですか。あなたがターニャ様だったのね」


 彼女は私に、ニコッと笑いかけた。とてもやさしい、親切な笑顔だった。


「さあ! ターニャ様、こちらへ。お風呂はすでに用意できております。何も心配なさる必要はございませんよ!」

「は、はあ」

「じゃ、僕も準備をしなければならないから。後でね」


 レックス王子は、さっさと行ってしまった。


 私は何が何だかわからず、とにかく侍女(じじょ)の言われるままに、城内のお風呂場に案内された。




 風呂場はとてつもなく大きかった。獅子(しし)の口からお湯が出て、大きな浴槽(よくそう)に流れ出ている。


 私は香油とハーブの入った、良い匂いのするお風呂に入ることになった。


 そして、お風呂から上がると、ドレスが用意されていた。


「え、えええ?」


 そのドレスは、プラチナ色の、シルクで出来た最上級の代物だった。そして頭には、ダイヤモンドがあしらわれたティアラを(かぶ)ることになった。


 ドレスの手触(てざわ)りはすべすべ。アクセサリーは、エメラルドのネックレスとルビーの指輪だ……。


「す、素敵!」


 私は思わず、声を上げざるを得なかった。ロザリナは胸を張った。


「すごいでしょう? これはね、レックス王子の亡くなったお母様のものなのですよ」

「そ、そんな、私などにはもったいない」

「いえいえ。倉庫にしまておくほうがもったいないですわよ。さあターニャ様、あなたはこれから、学生懇親会(こんしんかい)パーティーにご出席するんですよ」

「え? は、はい!」


 お(ほり)でずぶ()れだったのに、なんという幸運!


 私はシャルロ城専属の美容師さんにより髪の毛を整えられ、化粧もなされた。


 化粧がひと段落して、廊下のソファで休んでいると、聞き覚えのある声がどこからか、聞こえてきた。


「レックス王子、まだ来てくださらないのかしら~」

「待ちきれないわ!」

「この城の侍女(じじょ)たちの話を聞いたわ。レックス王子はびっくりするほど美男子だって。楽しみ!」


 グロリアたちの声だ。


 私がカーテンを開けて、ホールの中をちょっとだけのぞくと、そこは学生懇親会(こんしんかい)のパーティー会場だった。ルバリック学園の生徒たちが、王族の方たちと話したり、ゲームに興じている。


 王族専属の歌手の歌や演奏も、披露(ひろう)されているようだ。


 カーテンのすぐ近くでは、グロリアたちがご馳走(ちそう)を食べて、果物の飲み物を飲んでいる。


「まったく、ターニャは最悪に運が悪い子ねえ」


 グロリアは声を上げて笑っていた。取り巻きも賛同している。


「本当だね、まったく」

「こんな日にお(ほり)にドボン! だなんて。笑っちゃう」

「キャハハ! 本当に良い気味だわ。あいつ、生意気だったからさ」


 私は、「あなたたちが突き落としたくせに……」と言いたくなったが、ぐっと我慢してカーテンを閉じた。


「ターニャ、こんなところにいたのか」


 後ろを振り向くと、レックス王子がいた。


「あ、ちょ、ちょっと待っていてください。レックス王子」


 私は急いで、自分の持ち物が置いてある場所にいき、レックスからもらい受けたあの(かさ)を手渡した。


「お返しいたします」

「ほほう、持って来てくれたのか。うむ……」


 レックスは(かさ)を見つめてから、私の顔、衣装、ティアラなどを見た。


「うむ、美しい」

「あっ……ど、どうもありがとう」

「だが本当に美しいのは、そなたの心だよ。意地悪した級友たちに、仕返ししようとしなかった」

「が、我慢しただけです」

「それでも素晴らしい」


 レックス王子は、ニコッと笑った。


「さあ、僕と一緒に、パーティー会場へ参上しよう。手を(つな)いで!」

「ええ? あ、あなた様とですか? て、手を(つな)ぐ?」


 信じられない! ずぶ()れだった私が、レックス王子と一緒に、パーティー会場へ行くことになるなんて!


 しかも、手を(つな)いで!


 ◇ ◇ ◇


 レックスと私は、城の二階に行った。


 そしてレックスと手を繋ぎ、学生懇親会(こんしんかい)のパーティー会場の前で待った。


「さあ、レックス王子が登場されます!」

 

 懇親会(こんしんかい)の司会の男性が声を上げた。


 うわあああっ!


 学生たちの歓声が聞こえる。


「さあ、拍手をどうぞ!」


 万雷(ばんらい)の拍手とともに、私とレックスは扉を開け、皆の前に立った。


 私たちは、階段下のパーティー会場を見下ろした。


 ルバリック学園の生徒たちがいる。


「わあああ!」

「素敵!」

「王子様よ! あら、隣にいらっしゃる女の子は、恋人かしら」


 生徒たちは口々に、私とレックスを見て言った。


 私たちは手を繋ぎながら、階段を降りていった。


 そしてグロリアの横を通った。


「王子様、ご機嫌よう……ん? えええええ?」


 グロリアは私をじっと見て、目を丸くした。


「あ、あなた……ターニャ?」


 グロリアは声を上げた。


「な、な、何で? 何で? レックス王子の隣に……ターニャがいるわ!」

「うわっ! なんて綺麗(きれい)なドレスを着ているのかしら! 見たことがないわ」

「お姫様みたい……」

「うぎぎぎ……! 何でなのよっ。何でターニャが王子様と手を(つな)いで歩いているのよおっ!」


 グロリアが声を荒げているとき、レックスは皆に言った。


「この学生ターニャは、僕の恋人なんだ」

「え……!」


 私は驚いた。レックス王子、いきなりそんなことを……!


「そうだろう? ターニャ」


 レックス王子は私に聞いた。私は考える必要もなかった。


 私はニコッと笑い──。


「はい!」

 

 そう返事をした。そして、私たちは本当に恋人同士になった。



 1年後、私とレックス王子は婚約し、私はシャルロ城に住むことになった。


 しかし、レックス王子は不安な顔をしていた。


「父王と公爵(こうしゃく)たちが、隣国(りんこく)のベルリア王国に対して、戦争を仕掛けよ、と僕に言っている」


 レックスは私の手を握った。


「僕は平和を愛している。紛争で母を失った。物事を平和に解決するためには、どうしたら良いだろうか? 何か良い方法はないものか……」


 私はしばらく考えていたが、すぐに言った。


「世界に宣言するのです、王子。『私たちシャルロ王国は、自分から相手に攻撃する事はない』と」

「ええっ? そ、そんな考え方は、聞いたことがない」


 レックス王子は目を丸くしていた。


「戦争とは、こちらから仕掛けるものであろう? そうしないと、相手に先制攻撃をされてしまう。僕は戦争というものを、そう学んできた」

「いえ、死んだ私の父から、聞いたことがあります。東方のとある国では、自分から手を出さず、それでいてしっかり装備は整えている──。それで100年間も平和を保っていると」

「そ、そんなことがあるのか?」


 そしてレックスは決心した。


 報道機関を使い、世界各国に、「我がシャルロ王国は、こちらから戦争を仕掛けることは絶対にしない」と宣言したのだ。


 するとどうだろう?


 次の日から次々と各国の政治家、軍人がシャルロ王国に来たのだ。そしてこう言った。


「私の国は、戦争で疲れきっていたんです」

「我が国もです。戦争で疲弊(ひへい)していました。もう戦争は勘弁(かんべん)です。食料も無くなってしまいました」

「私たちの国も、こちらから戦争は仕掛けないことにしよう!」


 シャルロ王国の周辺国では、皆、軍隊はありながらも、自ら戦争をしかけないことにした。


 武器を降ろしたのだ──。


 どの国も、軍隊を持ちながら、平和になった。


 その平和は、3年経った今でも続いている。


 そして私とレックス王子は、結婚した。




 ある雨の日──私とレックスは、シャルロ城から庭園に出ようとした。


「ターニャ、本当に君を、妻にして良かった」


 レックスはしみじみと言い、私の頭の上に(かさ)をさした。


 おや?


 見覚えのある(かさ)だ……。


「まあ、この(かさ)は!」


 私は声を上げた。するとレックスはニコッと笑った。


「君が道で雨にずぶ()れになっていたとき、君にあげた(かさ)だよ」


 そしてレックスは言った。


「たった1本の(かさ)が、僕に素晴らしい妻と、素晴らしい平和を与えてくれたのだ!」


 私とレックスは、それからも末永く幸せに暮らした。


【おしまい】

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