出題編
昭和30年代。兵庫県西脇市は田舎ながら織物の町として栄えていた。全国から女工が集い、出稼ぎをしていた。町は栄えていたので、映画館も5館あった。
その家の住人は老人が一人。越してきた彼らはその老人のことをいつも気遣っていた。
「じいさん、おはよう! 今日はいい天気やね!」
対するじいさんはむっつりと黙ってこちらを見てくるだけだ。引っ越して数日は愛想もよく普通に会話もしていたのだが。
「おじいさん!」
「いつもすみません」
そのじいさんの元に、元気な子供と一人の女性が歩み寄ってくる。
「また、あんたらか……」
男は、はあっと呆れたように息を吐いた。
その女は近所の織物工場で働く女工だ。夫はすでに亡くなっている。彼女はいつもこのじいさんにまだ幼い息子を預かってもらっていた。
「じいさん。お人好しが過ぎないかい?」
男は苦言を呈するが、じいさんは黙殺する。じいさんの態度はこの苦言を不快に思ってのものかもしれない。
「井田さん」
「吾川さん、おはよう」
じいさんが少年と一緒に映画館を訪れていた。じいさんは男への態度とは裏腹に愛想がいい。
今日は子供向け映画を少年に見せに来たのだ。
少年は受付の男の右手の指が2本ないことに少し怯えた。だが、じいさんが愛想よく話しているので、その気持ちが引いていった。
「井田さーん」
じいさんの家の玄関を映画館の受付の男が叩く。チャイムを鳴らしたが、反応がなかったのだ。
「どうしたんだ」
「あんたは?」
じいさんの隣の家から男が出てくる。
「井田さんが映画館に忘れ物をしたんだ」
受付の男が帽子を見せる。
「あんたはお隣さんか?」
「ああ。そうだ。青田という」
「じいさんとは親しいのかい」
「こっちは親しくしてるつもりだがね」
受付の吾川はその答えで親しいわけではないと思った。
「井田さんとは何かつながりがあるのか?」
越してきたばかりにしては妙な馴れ馴れしさに吾川は尋ねる。
「遠い親戚なんだよ。あのじいさんの奥さんは元女工だろ」
「奥さんの出身の方から来たのか」
「そうだよ」
「この町は他所から働きに来る人も多いしね。あんたもその口か」
「いやあ……ははは」
男が笑う。
「あんたの奥さんは女工さんか」
「いや、違うよ。保険の渉外をやってるんだ」
「へえ。そうなんだ」
二人が話している間にじいさんが少年と一緒に帰ってきた。
「やあ、じいさん。留守番いるだろう」
「……頼んどらんが」
「井田さん。忘れ物だよ」
数か月後。じいさんが映画館で倒れ、そのまま亡くなった。
「なあ、青田さん。あんたが井田さんを殺したんだろう」
「何を根拠に」
じいさんの隣に住む男青田は映画館の受付吾川に犯人だと指摘されていた。