顔が爛れ、子供の姿になり、魔力が元の半分しか使えなくなる呪いをかけられた元天才イケメン魔導師様。呪いを解く方法がわからない彼は諦めて田舎に引っ込む。…なんて可哀想だべ!おらがご主人を助けてやっぺよ!
ソルセルリーという魔導師がいた。眉目秀麗で、人の何十倍も多くの魔力を持ち、魔力が多いおかげで人より寿命も長くいつまでも若く美しく、教養もあり魔法の知識も豊富。その魔法の知識を活かして地位も名誉もお金も、全てを手に入れていた。
そんな彼はやがて驕り高ぶり自分の才能に溺れ、それをよく思わなかった彼を見守る役目を与えられていた精霊の姫君から呪いをかけられる。
顔が爛れ、子供の姿になり、魔力が元の半分しか使えなくなる呪い。それまで眉目秀麗だった彼は、自らの醜い姿に絶望した。いや、実際には顔半分が爛れても美しい顔立ちはそのままなので見られないほどではなかったのだが、自分の美貌を誇っていたソルセルリーにはやはり耐えられない。
子供の姿になったのも屈辱的だった。これが知られれば大抵の奴らに舐められる。魔力が半分になったのも問題だ。ソルセルリーの元の魔力は一般的な人の魔力より何十倍もあったので半分になろうが強いままだが、ソルセルリーは納得できない。
そこでソルセルリーは自分を〝ソルセルリーの弟子で幼い天才〟という設定にして、ソルセルリーは急に思い立って旅に出たということにした。周りの人間たちもそれを信じてくれたので内心ホッとするソルセルリー。
〝ソルセルリーの弟子〟ソルシエールと名乗ることにした彼は、最初こそ呪いを解く方法を探していたのだが一向に見つからない。その間に数百年が経ち、ソルシエールはとうとう諦めた。これからはソルシエールとして、穏やかな余生を暮らそうと田舎に引っ越したソルシエール。
首都のど真ん中、大豪邸に暮らしていた彼は一転、田舎の小さな小屋に住み始める。ご近所には誰も住んでいない本当の田舎である。
だから、彼としてはコレは誤算だった。
「すみません、すみません!誰か助けてくれねーべか!腹が減って動けねーだよ!」
小屋の前で叫び声が聞こえ、叫ぶ元気はあるじゃないかと思いつつ彼は声の主人を小屋に招き入れる。
「入れ。飯ぐらい奢ってやる」
「ありがとなぁ、おめーいい奴だな!」
その少女は、見た目年齢五歳くらいでガリガリに痩せ細っていた。
「お前、その年齢でそんなに痩せていて大丈夫か。ほら、食え。今日の晩飯はカニ雑炊だぞ。運が良かったな」
彼は田舎に引っ越してから、質素な生活を送っている。カニ雑炊はそれなりに贅沢と言えた。とはいえ、彼の持ち金はまだまだ余りまくっているので贅沢などいつでもいくらでも出来るのだが。
「いただきますだぁ!…うめぇ、うめぇ!」
涙を流して喜ぶ少女。
「お前、そんなにぼろぼろでどうした。何かあったなら聞いてやる」
「飯食い終わったら言うだぁ」
少女は凄い勢いで食べ尽くした。彼がおかわりを作ってやればそれも食べ尽くしやっとお腹いっぱいになった。そして語り出す。
「おらはな、村の近くに捨てられていた孤児だったんだべ。そしたらな、村のみんなは育ててくれたんだども、おらに恩を返せと奴隷として扱ったんだべ。でも、村のみんなは育ての親。おらは一生懸命に働いたんだども、ここんとこ村に雨が降らなくなってな?おらが雨乞いのための生贄に選ばれたんだべ」
「…そうか、大変だったな」
「いんやぁ、おらは結局怖くて逃げちまったしな。まあ、逃げた後村の方向に雨雲がかかっていたから許してくんろ。まあそもそも山の社に生贄として放置されたから、居なくなっててもバレやしねーべな」
少女の境遇に、彼は同情した。少し考えて、彼は言った。
「家事は得意か?」
「おらか?得意だべ」
「おれの身の回りの世話…掃除炊事洗濯などを頼む代わりに衣食住を保証する、お小遣いも支給するという条件で雇用契約を結んで欲しいんだが、どうだ?」
「え、いいんか?」
「ぜひ頼みたい」
少女の瞳が煌めいた。
「ぜひお願いするだ、ご主人!」
「なら契約成立だ。早速飯の片付けと寝る準備を頼む」
「任せてくんろ!」
「…そうだ、俺はソルシエールと言う。お前は?」
「ルシールだべ」
彼はルシールの頭を撫でる。
「ルシール、今までよく頑張ったな。ここではそんなに気を張る必要もないから、仲良く暮らそう」
「…ご主人は優しすぎるべ」
ルシールは泣いた。まだ子供なのに、色々背負い込み過ぎた彼女はやっと安心できる場所を得たのだ。
「…はぁ。呪いをかけられるなんてご主人も大変だべなぁ」
ルシールはその後、数ヶ月もの間一生懸命彼のために働いて彼から認められるようになった。そして今日、呪いの話を彼から打ち明けられた。
「まあ、おかげでお前と出会えたと思えば悪くはない」
そう言う彼の目に嘘はない。ルシールは嬉しそうに微笑む。
「おらはご主人に拾ってもらえて幸せだぁ。ご主人には悪いけんども、おらとしてはありがてぇな」
「まあそうだろうな」
「だどもそれじゃあご主人が可哀想だべ!おらがご主人を助けてやっぺよ!」
「期待してる」
明らかに期待していない彼だが、ルシールは使命感に燃えていた。
「ご主人、おらが煎じた漢方だべ!水で飲んでけろ」
「はいはい」
あれから数日。ルシールは炊事掃除洗濯の他に彼の身の回りの世話をしつつ、空いた時間に彼の呪いを解く方法を模索していた。そんなルシールに対して、彼は今まで感じたことのない感情を抱く。
「飲んだぞ」
「あれまぁ、今日も解けねぇかぁ…」
しょぼんと落ち込むルシールに、彼はよくわからない感情が掻き立てられる。嬉しくて、可愛くて、大切に思うこれは。
「…ああ、なるほど」
「ご主人?どうしたんだべ」
そう、この感情は〝愛〟だ。恋愛感情ではなく庇護欲というか、親目線のそれだが確かに愛だった。それを自覚した彼は、突然温かな光に包まれる。
「ご主人!?呪いが解けたっぺ!」
彼が愛を自覚した瞬間、彼の呪いは解けた。彼は解呪のための条件に気付き、ため息をついた。
「なるほど、人を愛することが解呪の条件か。余計なお世話というやつだな」
ルシールは我が事のように喜んだ。
「ご主人!よかったべ!よかったなぁ!」
そんなルシールに彼は微笑みかけた。
「ルシール。俺はもうこの田舎にいる理由がないから首都に戻る」
「…そうかぁ。寂しくなるべなぁ」
「俺の雇用契約は終了だ」
「わかってるべ」
「これからは、俺の養女としてうちに来い」
彼とはもう一緒にいられないと思い込み涙目になっていたルシールは彼を見上げる。
「…どういう意味だべ?」
「お前を引き取る。俺の娘になれ」
ルシールは今度こそ大粒の涙を流した。
「ご主人…ありがとなぁ、おら嬉しいべ…」
「ご主人ではなくパパだ」
「…パパ!」
こうして希代の天才魔導師ソルセルリーは、養女を迎えて突然首都に戻ってきた。ソルセルリーの娘への溺愛ぶりは凄まじく、ソルセルリーを伝説でしか知らない首都の人々は目を見張った。
「パパ、幸せだべ」
「俺もお前と出会えて幸せだ」
二人の幸せは、これからもずっと続くだろう。