第6話 兄弟子は太っ腹
「いや、俺は駄目でしょう。反面教師とするにしても毒が強過ぎますよ。」
「その毒が必要なのだ。金四郎は純粋で汚れ知らず。しかしそれが過ぎて、義父母の悪意を己が至らないからだと背負い込んでしまう。お前のように愚連るより先に、心身が壊れてしまうだろうよ。」
そうかもしれない。
銕三郎が如何に長谷川の家で虐げられようとも悪態を吐きつつ跳ね返してこれたのは、野育ちの頑強さ、実父という後ろ盾、巣鴨の生家という避難場所が有ったからこそのこと。
対して金四郎は、千石取り旗本の坊ちゃん育ち、遠山家では孤立し、兄に代替わりする実家には戻れない。
「うーむ、確かにそうですが…。」
思わず唸ってしまったが、だからと言って可愛い末弟を自分のような悪名高き放蕩無頼の舎弟にしてくれと願う永井主計の料簡が理解らない。
「銕の懸念はもっともだが、まぁ賭けみたいなものよ。外れたら無に帰すが、当たれば大きい。」
永井主計は仕草で銕三郎に酌を求めると、盃に満たされた酒をクイと飲る。
「永井の血筋はね、代々、上手く清濁を併せ呑むことに長けた者が多いのだ。金四郎もその気質を濃く継いでいると診ているのだが、幼くして他家へ出たがゆえに、清濁の濁、善悪の悪への対処を知らない。」
銕三郎に返杯を与え、永井主計は言葉を紡ぐ。
「それを教導するは”本所の鬼銕”が最適であろうよ。そう思わんか。」
「随分と酔狂なことだと感心するほかありませんな。」
金四郎への同情は禁じ得ないが、どうにも気が進まない。
真面目な外面からは想像もできないほど破天荒な兄を持った金四郎が気の毒に思えてしまう。
「もちろん、只とは言わん。引き受けてくれるなら、銕と金四郎の飲み代と遊び金は全て引き受けよう。芸者遊びもゑびす屋なら永井にツケて構わん。どうだ。」
あれこれ考えていた断る理由が木っ端微塵に吹き飛んで快諾した。
明和7年(1770年)
長谷川 平蔵 (25)
永井 主計 (31)
遠山 金四郎 (6)