第2話 深川八幡宮門前町
平蔵と金四郎の付き合いは十数年に及ぶ長いもので、平蔵が金四郎の兄から相談を受けたことがその切っ掛けである。
その当時に遡ると、銕三郎と称していた平蔵は長谷川の家を出て放蕩無頼の限りを尽くしており、酒色と喧嘩三昧の明け暮れから「本所の鬼銕」との二つ名で呼ばれるほどに荒れていた。
そんな銕三郎が肩で風切るようにして歩いていると、後ろから呼び止められた。
「銕。おい銕。」
粗雑な呼び掛けに喧嘩腰で振り返ると、そこには見知った顔があった。
「な、永井様じゃないですか。どうしました、こんなところで。」
銕三郎を呼び止めたのは永井主計。剣を同じ師に学んだ同門の兄弟子である。
銕三郎はこの兄弟子を苦手にしていた。
まず、銕三郎の剛剣を柳のようなしなやかさで躱す永井主計の剣がどうにも合口悪く、勝ちきれない。
更に、片や知行千石の永井家の嫡男に相応しく品行方正な永井主計、此方「本所の鬼銕」である。
この兄弟子を前にすると、何ら咎められるわけでもないのに、叱られているような気持ちになってしまうのだ。
その真面目が服を着て歩いているような兄弟子に呼び止められた「こんなところ」とは深川の永代寺門前仲町。俗に岡場所と呼ばれる悪所である。
千石取りの旗本の跡取りがお供も連れずに歩いて良い場所ではなく、それが永井主計ときては、滅多なことでは動じない銕三郎も驚くほかない。
明和7年(1770年)
長谷川 平蔵 (25)
永井 主計 (31)
遠山 金四郎 (6)