第1話 浜松町
お江戸浜松町は中秋の候。
心地良い秋風が吹く街道を、公儀御用達の木札を掲げた一台の荷車が、ゴロゴロと重い音で地鳴らせながら警護する者達に囲まれて品川宿の方向へと進んでいる。
これを、見失わない程度に間を空け追尾ているのは網代笠に武家姿の男。
彼の名は長谷川平蔵。つい先日に就任したばかりの火付盗賊改方長官である。
外見は疑うところのない荷車だが、地方からの献上品を江戸へ運ぶのが常であるはずの公儀御用達の荷車が、荷を満載にして江戸を出ようとしているところから、平蔵は看破していた。
(積み荷は盗品かご禁制の品の抜け荷のいずれかであろう。公儀御用達と謀り白昼堂々と運ぶたぁ、随分と嘗められたもんだ。)
賊への憤りを覚える一方、これを許している町方と火盗改方の不甲斐なさに忸怩たる思いを募らせながら追尾る平蔵であったが、配下の与力や同心は帯同していなかった。
屋敷に設けたばかりの役宅での机仕事の山に気が詰まり、市中探索を名目にしての単身外出。品川宿まで足を延ばしてパッと気晴らしをしようと歩を進める中でこの荷車が目に付き、追尾ているのだった。
荷車の警護は前後左右に二名ずつの八名。中年の齢となれども荒事を厭うことのない平蔵ではあるが、単身で斬り伏せるには難しい人数である。ここは荷車の行き先を見届けたい所。しかし、網代笠に武家姿という目立つ姿形での尾行など、長く続けては気取られてしまう。
(さて、どうしたものか。)
思案しつつ、歩みの遅い荷車との間を詰めないように追尾ている平蔵の後ろより声が掛かった。
「銕さま、歩みが遅うござんすね。思案事ですかぃ。」
平蔵の若い時分、銕三郎と称していた頃の呼び名で声を掛けたのは、遊び人の風体でありながら町人らしからぬ物腰の若者で、名を金四郎という。後の世にテレビ時代劇の主人公となる北町奉行…ではない。
天明7年(1787年)
長谷川 平蔵 (42)
遠山 金四郎 (23)