猫と虫の世間話
『この夏のカナブンは寄生虫が多いらしい』
猫会議の帰り道、私はゲッソリした気分で塀の上を歩いていた。
杞憂の原因は、今朝一番の食事がカナブンだったからだ。
まだ腹痛はない。
食べやすい草の生える場所へ行こう。
きっと草を食えば大丈夫だ……そう思いたい。
向こうの草原へは空き家の屋根を越えると近い。屋根には、その木を登って渡れる。
……いや、あれはコガネムシではなかったか? 小さいメスのカブトムシではなかったか?
「――おっと、すまん」
考え事をしていた私は、木の枝にいた小さいカブトムシを踏んでしまった。
前足をどけると、出かかった下翅をしまいつつ、カブトムシは角を振って私を見上げた。
つい、カナブンを連想してしまったが、さすがにこれは違う。角がある。
「ケガは無いか」
「ああ。体重を乗せる前に、足をどけてくれたようだからな。それに、我々は硬くできている」
カブトムシは、そう言いつつも足を引きずって歩き出した。
どこかをおかしくしたのか、動きが鈍い。
私はカブトムシの角を口にくわえ、別の枝に飛び移った。
近くにアリが群がっていたのだ。アリは、弱った虫を容赦無く食い物にする。アリのいない枝に移ると、私はカブトムシを足元に下ろした。
「ん? 食わないのか」
カブトムシが首を傾げている。
……カブトムシの寄生虫は?
「虫を食うほど、エサに困ってはおらん」
そういう事にした。
私はカブトムシを見下ろして、
「虫は大変だな。鳥に突かれ共食いも激しい。私には踏まれるしな」
と、話し掛けた。カブトムシは軽く笑った。
「それが虫の世界だ。猫に踏まれたのは初めてだがな」
「そうか。すまんな。たいして生きてやしないのに、体を傷めてしまったろう」
「交尾は済ませた。アリに食われるのも、時間の問題だったさ」
さっぱりした答えだ。もっと文句を言われるものと思っていた。
「長く生きたいとは思わんのか」
と、聞いてみた。
「いや。それより、どうせならアリだけでなく、色んな虫にたかられてみたいもんだ。お前さんが死ねば、どれだけの虫が呼び寄せられるだろうか。うらやましい事だ」
「ほう。食われる事を拒まず、食う者を選ぶか」
「私のプライドだ」
そう言って、カブトムシは誇らしげに角を掲げた。
「私には考えられんプライドだ。しかし、立派に思うぞ」
腹の小虫など恐れていられない。もちろん、草は食いに行くが。
私は、枝から空き家の屋根へ渡った。
振り返れば、まだ木の枝には小さなカブトムシがいる。
空から狙われやすい枝に運んでしまっただろうか。それとも、アリにたかられるより鳥にさらわれる方が喜ぶだろうか。
虫の最後が興味深かった。
しかし、私は草を食いに行こう。
たまには、世界の違う者と話をするのも、おもしろいものだと思った。