誘い誘われ日曜日
窓から射し込む日差しで目を覚ます。
枕元に置いたスマホを確認すると、画面の時刻は九時を示している。
ここで、遅刻だ!などと慌てる必要はない。
何せ今日は日曜日だ。
二度寝を決め込み昼過ぎまで寝ていようが、一日部屋着でダラダラ過ごしていようが、なんの問題もない。
しかしゲームの世界は俺にその怠惰を許してくれない。
「……なんとなく、出掛けないといけない気がする」
具体的に、学校か駅前かショッピングモール辺りに。
二ヶ所は行けるなと俺の中の何かが告げる。
いや、怖いよ。
怖いんだけどなんかもう慣れてきたよ。
「神無月先輩に会いに行くのもいいけど……」
まだ最初の日曜だし、もう少し他の子とも話してみたい気持ちも勝る。
しかしこうして一人悩んでいても始まらないし、とりあえず外に出てから考えることにした。
…………
「日曜でも、意外と人がいるんだな」
悩んだ末、巡丘学園に足を運んだ。
グラウンドには部活動中の生徒がちらほら見える。
朝からなんて真面目な人達なんだ。
俺なら休日は出来る限り惰眠を貪りたい。
「せっかくだし、少し見させてもらおう」
ここに来たのは、あわよくば神無月先輩に会えるのではないかという純粋な下心からだが、ボールを追いかけ青春をしている彼らを見ていると、こんな青春も悪くないのかもしれないと思う。
「俺以外にも見てる人がいるし、邪魔にならないようにしないとな」
良い見学場所を探し歩いていると、すぐ側のフェンスに見覚えのある小さな影が見えた。
「神無月先輩?」
物憂げな顔でグラウンドを見つめる彼女からは初対面から感じる親しみさはなく、どこか声をかけづらいものを感じる。
このまま立ち去るべきか悩んでいると、視線に気づき振り返った彼女はいつもの笑顔で小さく手を振ってみせた。
「あら、偶然ね。
どうしたの?忘れ物?」
「あー、俺はその、散歩?みたいな感じです」
曇りのない眼差しで問われ、言葉を濁す。
まさか相手の目の前で、あなたに会えるかなと思って来ました、なんて言えやしない。
青春を謳歌している陽気で愉快な男子高校生なら勢いで言えるのかもしれないが俺には無理、絶対、メンタル、ぶっ壊れる。
(いや……でも待てよ)
ふと考え込む。
そもそもここはギャルゲーの世界で俺はその主人公。
それはとても強い武器なのではないだろうか。
そして日曜日の自由行動は、大抵のゲームにおいてデートに誘える唯一のタイミングだ。
ここは勢いで誘ってみるのも悪くないのではないだろうか。
ヤンデレキャラという情報に不安は拭えないが、昨今はそれはヤンデレなのか?と思えるキャラクターが世に誤解を広めているとも聞くし。
よし!誘ってみよう!
「……あの、先輩。
もし良かったらこの後、どこか出掛けませんか?」
「えっ?……えっと、お誘いは嬉しいけれど、帰って弟のお昼ご飯作ってあげないといけないから」
「あ、いえいえ!
俺の方こそ急にすみません!」
ごめんね、と顔の前で両手を合わす彼女に、気にしていない素振りで軽快に笑う。
そそくさと立ち去る先輩の後ろ姿を笑顔で見送り、姿が見えなくなったところで大きくため息をついた。
「ま、まぁ、まだ出会って一月も経っていないし、断られてもおかしくないよな」
うんうんと自分に言い聞かせるように頷く。
大丈夫、俺のメンタルはまだギリギリ保てているぞ。
「……まぁでも、今日のところは帰るとするか」
まだ日も高い時間だが、これといった用事はない。
俺はグラウンドからの賑やかな声を背に、単身帰路へとついた。
…………
「ねぇねぇ!あれハルちゃんじゃない?!」
「えっ?!わー、ホントだ!
撮影中かな?実物もめっちゃ可愛いー!」
駅前を通りかかる途中、いつにも増した賑やかさに足を止める。
どうやら何かの撮影中のようだ。
その場所を囲むように人々は円を描き、各々スマホを構えたり、甲高い声を響かせていた。
野次馬根性が働き、覗き込もうとその輪に加わりかけたが、ちょうど撮影が終わったところなのか、円は瞬く間に四方に散っていく。
「はいはーい、もう撮影終わったんでー」
残った野次馬を解散させようと、スタッフらしき人が大きく手を振る。
その間から、見覚えのある横顔が見え、俺は思わず「あっ!」と大きな声を上げた。
「…………?
あー!おーい!!」
その声で彼女もこちらに気づいたらしい。
手前のスタッフ以上に、こちらに向かって大きく手を振っている。
振り返すべきか悩んでいると、彼女はこちらに向かって駆けてきた。
「もう!なんで返してくれないの?
ひどいなぁ、ベッドの上であんなに親密になったのにもう忘れちゃったなんて」
「いやいや!覚えてはいたよ!
あとその言い方、誤解を生むから!」
チラとこっそり周囲を見渡す。
幸い近くに人はおらず聞かれてはいないようだが、それでも心臓に悪すぎる。
「そんなに焦らなくてもー。
私みたいなゆーめいじんが、そんなヘマすると思いますかな?」
「いや、焦ってはいないけど。
……?有名人?」
引っかかる単語に思わず首を傾ぐ。
すると彼女は、ただでさえ大きな目をさらに大きく見開くと、大袈裟なほど驚きを露にした。
「嘘?!
もしかして、私のこと知らない?」
「?この前保健室で会った、よね?」
事前に見た情報といい、声といい、彼女はこの前出会った保健室の少女、攻略キャラの一人である鹿紫雲陽菜に間違いない。
こうして近くで話してみて改めて確信した。
しかし彼女はそれだけでは不服だと言わんばかりに、ぷくっと頬を膨らましてこちらを上目遣いで睨み付けていた。
「むー……そっかぁ。
私の知名度もまだまだってことかなー」
「え、あの、本当にごめ……ッッ!」
ガックリと肩を落とす彼女に一歩近づいた瞬間、おもむろに雑誌を顔にぶつけられる。
「わ、ごめん!
ぶつけるつもりじゃ…!」
「……いや、うん。
俺も悪かったし、大丈夫」
角が当たらなかった幸運と、咄嗟に目を瞑った俺の反射神経に感謝しながら目を開ける。
すると目の前には別の服に身を包んだ彼女の姿が……。
「えっ?!!これ、君?!」
開かれた雑誌のページと、得意気な笑みを浮かべる彼女を見比べる。
服のせいか与える印象は少し変わっているが、載っているのは間違いなく彼女だ。
「うん!
芸能人?ってわけじゃないけど、こーゆーお仕事やらせてもらってまーす」
「えっと、モデルってことだよね?
すごいな……」
「んー、そんなことないよ。
認知度はまだまだ?みたいだし」
そう言ってチラッと意味ありげな視線を俺に送ってくる。
「いやいや!俺が無知なだけだよ。
あれだけの人集まってたんだし」
「……あー、あれは人間の心理なだけでしょ。
多数派に流されるみたいな」
そう言って遠くを見つめる彼女の顔は、今日の空に反して曇り始める。
いろんな感情が渦巻いているような視線は、雑踏の人々を映しているようにも見え、それを通した何かを見ているようにも見え、俺は思わずもう一歩彼女との距離を詰める。
「あの、鹿紫雲さん…」
「あ、やば、マネージャーめっちゃ睨んでる。
ごめん、もう行くね!」
そう言うやいなや、彼女はバイバイと手を振り、その背中はあっという間に見えなくなってしまう。
何か引っかかるものを感じながらも、俺は伸ばしかけていた手を戻し帰路へとついた。