部活動始めました
ここ、巡丘学園は他校と比べて部活動が盛んだと言われている。
元カトリック系お嬢様高校だっただけあり、礼拝堂や温室といった一般の高校にはあまり馴染みのない建物が多く、そのおかげか部活動の種類もまぁ豊富にある。
文学部とは別に聖書朗読部まであることがまさにそれを象徴している。
部員数が規定を満たさない場合でも、同好会という形での活動を許可している辺り寛大さも窺える。
「まずは運動部か文化部か決めないとな」
どこの高校でも部活動というのはざっくりとこの二つに分かれると思う。
体力に自信のある運動部と、頭や芸術性に自信のある文化部。
アウトドアなイメージの運動部と、インドアなイメージの文化部。
リア充が多そうな運動部と、少なそうな文化部。
最後のは完全に俺の独断と偏見だが、あながち間違っていると思えないのが悲しいところだ。
「お、来れたんだな帰宅部代表」
「誰が代表だ、というか、気づいてたなら連絡ぐらい寄越してくれよ」
あっけらかんとした様子で声をかける親友に肩を落とす。
男の友情とはそんなものなのかと泣きそうだ。
いや、実際そこまでではないが地味にへこむ。
空のペットボトルを思わず少し強めに握りしめてしまったぐらいには。
「そうしようと思ったんだけどさ、花中さんが自分が責任取るって聞かなくて。
彼女真面目だし、俺がでしゃばるのもな」
「なるほど」
確かに村田が連絡していたら、花中さんが俺の家を訪ねることはなくなる。
一見薄情ともいえる親友の対応も、ギャルゲーというシナリオの上では当たり前のことなのかもしれない。
「それより、お前は部活どうするんだ?」
「え?あぁ、そうだな……」
考え込むベタな仕草で記憶を手繰る。
先ほど別れた花中真莉はテニス部。
夕暮れ時に出会った先輩、神無月杏は料理部と書かれていたので、家庭科室だろうか。
場所は分からないが、行くと決めたらたどり着けるだろうという謎の確信がある。
そして最後に保健室の彼女、鹿紫雲陽菜は文学部だ。
ん?文学部ってどこで活動しているものなんだ?
「……俺は、料理部の方に行ってみるよ」
「おー、女子率100%の楽園。
モテにいきますか」
「いやいや、そんなんじゃないって」
この前のクッキーのお礼をしたいというのが一番の理由だ。
そんな下心はない、と言い切れないのが男の悲しい性ではあるが。
くそ、ニヤニヤするな。
「じゃあな、取って食われないように気を付けろよ」
「はいはい、むしろ食ってくるよ」
軽口を交わし合って別れ、一人家庭科室を目指す。
予想通り足取りに迷いはなく、あっさりと家庭科室と書かれた扉の前までたどり着いた。
相変わらず怖いが、慣れ始めている己も怖い。
「失礼します」
おそるおそる扉を開ける。
同じ学校といっても、普段立ち入らない教室はまるで違う場所のように感じてしまうのは俺だけではないはずだ。
「いらっしゃーい、って、あら?」
「あ、どうも」
この前会った彼女、神無月先輩と目が合う。
しかしエプロン姿というものは、どうしてこうも男心をくすぐってくるのだろうか。
「ふふっ、どうも。
さ、こっちに来て座って」
「ありがとうございます」
向こうも俺を覚えていてくれたことに驚きと嬉しさを感じながら、お言葉に甘えて見学用にと出されているであろう椅子の一つに腰掛ける。
「良かったですね部長!
今年も部員0は回避ですよ!」
「この調子で、今年は部員十人入るかなを目指しましょう!」
神無月先輩の周りに他の部員達がわっと押し寄せる。
こうして他の女生徒と並んでいると、先輩の小柄さがより際立って見える。
「もう、気が早いんだから。
まだ見学に来てくれただけなのに、ね?」
「え?あ、いえ、その……」
「駄目ですって部長!
この子逃がしたら今年こそ0かもですよ?!廃部の危機なんですよ?!」
「ね、君、料理部どうかな?
週に二回は部費で材料買えるからお昼代浮くわよ?!」
「はぁ……」
今更ながら女子率100%に圧倒される。
しかし男子高校生的に、胃袋事情をくすぐられると弱い。
……?胃袋?
ああっ!!
「あの、神無月先輩。
この前はクッキーありがとうございました」
慌てて立ち上がり、先輩の元へと駆け寄る。
突然のことに目をぱちくりとさせていた彼女だが、すぐに申し訳なさそうに形の良い眉を下げる。
「もしかして、それを言うためにわざわざ?」
「はい、あ、でも料理にも興味あって!
俺の家、今両親いないものでたまには自炊しないとなぁと」
「!そう、ご両親が……大変ね」
そう言って悲しげに目を伏せる。
まずい、先輩が暗い方向への勘違いをしている気がする。
「いや、父が単身赴任で母もそれについていったもので!」
思わず早口でまくし立ててしまう。
反応が怖くておそるおそる顔を上げると、先輩はまるで自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふっ、ご両親仲が良いのね」
「そ、そうみたいです」
エピソード的なものが全く出てこないことに、申し訳なさを感じる素敵な笑顔。
おそらくシナリオ上、特に広がる話でもないのだろう
まぁ両親のイチャイチャエピソードなんて、思い出したとてくすぐったいだけなのだが。
「あの、俺、入部してもいいですか」
「えっ?!それは嬉しいけど、本当にいいの?
もし気をつかっているなら……」
「いえ、元々運動はそんなに得意じゃないですし。
料理は出来た方が役に立つと思うので」
「そこは、先輩がいるのでって言って欲しかったなー」
「えっ?!あ、あの!それもその、なきにしもあらずと言いますか……」
思いがけない返しに、漫画のように手をぶんぶんと振り慌てふためく。
先輩はそんな俺の反応がおかしかったのかクスクスと屈託のない笑顔をみせた。
「ふふっ、嘘嘘、これからよろしく。
作ってみたいものとかあったら、遠慮なく言ってね」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
「せっかくだし、一緒に作ってみない?
ちょっと待っててね、今君の分も用意するから」
そう言って先輩は、ルンルンとスキップ音が聞こえてきそうなほど上機嫌で他の部員の方へと向かっていく。
「今日は自炊してみようかな」
先輩の後ろ姿を見送りながら、ふとそんなことを思う。
われながら影響されやすい。
だがこれは良い影響だ。
冷蔵庫には何が残っていただろうか、そんなことを考えながら俺は手を振り呼ぶ先輩の元へと向かっていった。