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保健室のご利用は計画的に


思い返してみればということは、人間誰しもあることかと思う。

いつもはいるはずの両親の不在、はギャルゲーあるある父の長期出張と、可愛いかもしれない我が子を置いてついていく母だからいいとして。

食欲がなく、気持ち程度の朝食にと焼いたトーストは半分も喉を通らず。

金曜ともなればそれなりに慣れ始めた通学路は、何故か今日はゆらゆらと歪んで見えた。

あれ?気のせいだろうか。

似たようなことを前にも思った気がする。


「こういうのが既視感っていうのかな……。

どう思う?」


「いや、知らねぇよ。

つかその状態でなんで来たんだ」


呆れた顔で頬杖をつく彼は村田。

これまたギャルゲーあるあるな親友ポジションだ。

しかしいいじゃないか主人公。

彼女はいなくても、こんな素敵な親友がいるんだから贅沢言うなよ。

二兎を追うものは一兎も得ずだ。


「ほら、俺の飲み物やるから。

それ飲んで保健室で寝てこいよ」


ほら見ろ。

ちょっと愛想と口は悪いけど根は優しい良い奴だ。

何故帰宅ではなく保健室を勧めるのかは謎だが。

己の足で来ておいてなんだが、これはもう帰っていいレベル。


「いや、今日はそうた……」


早退と言いかけるも、ぐにゃりと視界が歪む。

危なかった。

机に手をつかなければ、そのままひっくり返っていたところだ。


「お、おい、大丈夫かよ」


「大丈夫、じゃないかもしれない」


おそらく立ちくらみではあるが、厄介なことに頭までずきずきと痛み出してきた。

痛む頭を押さえるも、その行為に意味はなく痛みは増していくばかり。

それもそうだ。

ギャルゲー主人公の俺の手に治癒力なんてものあるわけがない。

それでも少しはマシになるかと思ったが、親友を心配させるだけになってしまったのが申し訳ない。


「帰るにしても、保健室で少し休んでからにしろよ。

先生には言っておいてやるからさ」


「あぁ、そうする。

ありがとな」


心配そうに顔を曇らせる親友の横を通り、おぼつかない足取りで教室を出る。


「……?どうかしました?

もう授業が始まりますが?」


廊下を歩き出してすぐ、ふいに前方から声をかけられる。

痛む頭を堪えて顔を上げると、そこには花中さんの姿があった。


「ど、どうされました?!

顔が真っ青ですよ?!」


「……いや、ちょっと体調悪くて。

悪いんだけど保健室で休んでくるよ」


「悪いなんてことはありませんが……。

あの、良ければ付き添いましょうか?」


上目遣いでたずねられ、答えに窮する。

お言葉に甘えたい気持ちはあるが、もし風邪だったとしたら彼女にうつしてしまうことになる。

というかゲームの世界でも風邪とか引くんだな。

今更だが勉強になった。


「あの……?」


「あぁ、ごめん。

気持ちは嬉しいけど、悪いしいいよ。

もうすぐ授業も始まるしさ」


「……そうですか?

お大事にして下さいね」


「うん、ありがとう。

それじゃ」


未だ心配そうにこちらを見つめる彼女の横を、痛みを堪え出来うる限りの笑顔で通りすぎる。


………!


「……ハァ」


保健室に着くやいなや、投げ捨てるように鞄を放り、空いているベッドに倒れこむ。

在室の証であるカーテンを閉めてから、仰向けの姿勢で目を瞑ると、張りつめていた糸が切れたようにふわふわとした感覚が襲ってくる。

右手で額を覆うが熱はない。

しかし頭の痛みは相も変わらず俺を苛み続けてくる。


「……保健室は、どこも変わらないものなんだな」


変わらないものに安心するというのはよくある話だ。

初めて行く土地では、馴染みのあるチェーン店を見ると親しみと安心を感じるものと聞く。

しかしここは違った。

白い天井、白い枕、白いシーツ。

不自然なほど白く塗り固められたこの空間は、病院を連想させられる。

安心感とは真逆だ。


「俺って、一体なんなんだろう」


何故この世界に来てしまったのか。

ここにいるのは本当に俺なのか。

元の自分は一体どうなっているのか。

死んでいるのかもしれない。

それで新しい人生をここで謳歌しろということなのかもしれない。

でももし、生死の境を彷徨っている間の夢なのだとしたら?

そうだとしたら、俺はこのままここにいていいのか?

痛みと共に不安まで頭を支配していく。

その感覚が無性に恐ろしくて、俺は思わず逃げるように布団にもぐり込んだ。



「……あーりゃりゃ、ずいぶんとセンチメンタルな感じ」


「……?」


静かな室内に高めの声が響く。

話しかけられているのだろうか?

しかし声はそれっきりで、室内には再び静寂がおとずれる。


「…あ、もしかしてマジに具合悪い感じ?

大丈夫?先生呼ぼっか?」


「あ、いや、大丈夫、です」


今度ははっきりと聞こえたその声は隣からのものだ。

どうやら隣にはすでに先客がいたらしい。

カーテン越しなので姿は見えないが、声色からしてこの学園の女生徒であることは間違いないだろう。


「そ?ならいいけど。

あんま難しく考えてると余計に具合悪くなっちゃうよ」


確かに病は気からとはよく聞く話だ。

プラシーボ効果とやらもそれに近い。

もしそうなら、これは夢だと思えば夢になるのだろうか。

現実だとしても夢に。

夢だとしても現実に。



「ま、世の中なるようにしかならないし、考えたって時間は過ぎてくし、自分がこうしたいって思うこと迷わずやっていけばいいんじゃない?」


「……君、もしかして……」


この世界で数日過ごし、一つ新たに分かったことがある。

この世界ではモブと呼ばれる名前のない人物との雑談は基本的に印象に残らない。

もちろん提出課題などの学生生活に支障をきたす事柄は別だが、それ以外の会話はすぐに忘れてしまう。

故に彼、彼女らとは挨拶以外の会話はほとんどない。

あったとしても雑踏の中の一部のようにすぐに記憶から消えてしまう。

しかし彼女の言葉は鮮明で、耳に残る。

そして俺は、もう一人出会うはずの人物とまだ出会っていない。


「あー、やっぱバレちゃった?

今の、結構昔のドラマの受け売り」


お恥ずかしいと照れ臭そうに続ける彼女は、カーテン越しにそのシルエットのみを写す。

だが、俺の予想が正しければ彼女はおそらく最後の……。


「さて、と、それじゃあヒナさんはこれで失礼しまーす!

あ、先生は職員会議終わったらすぐ戻ってくると思うよ!」


「え、ちょっ、まっ…!」


慌てて起き上がりカーテンを開くも、そこにはやや乱れた空っぽのベッドがあるだけ。

夢のような世界での夢のような出来事。

しかしこのシーツの乱れが、ここに確かに彼女がいたことを証明している。


「やっぱり彼女がそうなのか」


最後に彼女が言ったヒナとはおそらく、鹿紫雲陽菜(カシモ ヒナ)

このゲームの攻略キャラクター、最後の一人。

キャッチコピーはなく、詳細プロフィールが唯一伏せられていた子だ。

分かっているのは学年が一つ下の一年生で文学部に所属しているということだけ。

他は実際プレイして確かめろということだ。


「隠しキャラ、ってところか……ん?あれ?」


一息ついてふと気がつく。

そういえば、嘘みたいに身体が軽い。

立ちくらみもなければ頭も痛くない。

その場で屈伸してみても視界は良好、窓の向こうの校門まではっきりと見える。

なんなんださっきまでの原因不明の体調不良は。


「……ゲームの世界って、思ってたより怖いな」


ゲームのシナリオに振り回される身体。

そのうち怪我や、己の意思に関わらず病むこともあるかもしれない。


「気をつけよう」


ゲームの世界で死んだ場合どうなるのかは分からない。

しかし分からないなら尚更気をつけねば。

ゲームといえど命は大事に。

それにこの世界には甦生魔法もなければ教会の神父様もいない。

魔法も奇跡もない、現実のようなゲームなのだ。


「迷わずやっていけば……か」


そうだ、とにかくやっていくしかない。

少なくとも俺は今ここで生きているのだから。

俺は身を引き締め、この世界に対する覚悟を改めた。



強制出会いイベント②


陽菜《春うらら》△


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