ギャルゲー世界へようこそ
思い返してみれば、ということは人生の中で幾度となくあったと思う。
だから今回のそれも、別段気にもとめていなかった。
朝、優しい目覚まし時計に起こされたのは慌ただしい午前八時、はいつものことだとして。
普段はいるはずの両親の不在。
慌てて駆け出した外の世界は、まるで覚えのない建物、風景。
にも関わらず道のりは自然と分かり、足はスムーズに歩を進める。
この時点で気付けよと思われるだろうが、寝起きと遅刻への焦りという理由で勘弁してほしい。
そんな大ボケをかましていた俺だが、現在目の前にそびえ立っているものには寝起きのおめめもパッチリにならざるをえなかった。
「……似ている。
とてつもなく似ている」
昨夜ダウンロードしたフリーゲーム、ギャルゲー主人公に転移した俺最高!と思ってたらフラグ立ちまくりのヤンデレゲーだった。
タイトルセンスはひとまず置いておくとして、設定は大変素晴らしいものだった。
高校二年生の主人公が完璧優等生な同級生や、おっとり系お姉さんな先輩、小悪魔ギャルの後輩といった攻略キャラ達と青春を謳歌するという王道なストーリーだ。
しかし王道なのはここまで、タイトルにある通り彼女ら全員がヤンデレという特殊属性持ちと来たらもえるものがあるってものだ。
「……うーん、やっぱり似ている、よな。
というかむしろそのものというか」
首を捻り、壊れたテープのように繰り返す。
しかしそれほどまでに似ているのだ。
そのサイトに載っていた物語の舞台、私立巡丘学園に。
高校の外観なんてどこも同じじゃないかと思うだろう。
ところがどっこい、巡丘学園は元カトリック系女学校だった頃の名残からか、高校とは思えぬクラシカルでおしゃれな外観なのだ。
そして特色があるのは校舎だけではない。
緑豊かな広大な土地には礼拝堂にカフェサロン、そもそもカフェサロンってなんなんだよって感じだが、とにかくそんな高校、現実にあるだろうか。
少なくとも俺はフィクションの中でも一度しか見たことがない。
あぁ、思い出せば思い出すほど疑心が確信に変わっていく。
「俺、まだ寝てるのかな……へくしっ」
ゲームが楽しみなあまりダウンロード途中で寝落ちた俺が見ている夢。
しかし夢にしてはリアルだ。
春の悪魔と名高い花粉まで忠実に再現していやがる。
「……あれ?花粉、学校……。
そういえば俺、なんで学校に…」
言い様のない違和感に首を捻る。
何かおかしい、そう思うのに頭に霧がかかっているようでその核心に迫れない。
「あー、もしかしてゲームの中に入っちゃいましたーみたいな……」
いや、ないない。
そんなものは漫画やゲームの中だけのファンタジーだ。
このゲームだってそういう設定で、だからこれは現実じゃなくてゲームなわけで。
「……駄目だ、混乱してきた」
頭の中でミキサーをかけられている気分だ。
今なら美味しいミックスジュースが出来る気がする。
あぁ駄目だ。
混乱するあまり思考がおかしな方向へと望まぬ転換をしていく。
とにかくまずは校内に入ろう。
頭もだが、鼻と目がすでに限界を訴えかけている。
これ以上豊かな自然に囲まれていては身体の方が先に悲鳴を上げてしまう。
俺はやや小走りで校舎へと向かった。
「……おかしい。
普通にたどり着けてしまったぞ」
馴染みのない門をくぐり、馴染みのない下駄箱で靴を履き替え、馴染みのない校舎を歩き、今俺は二年B組と書かれた教室の前にいる。
ルーティーンのように自然な流れなのにそのどれもが全く記憶にない景色だ。
正直怖いし不気味すぎる。
「い、いやいや、確かに俺のクラスはB組だしな。
……一年のだけど」
うんうんと人気のない廊下で一人己を納得させる。
というか遅刻ギリギリだと思ったのになんで誰もいないんだ。
この際ヤンキーくんでもギャルさんでも良いから誰か来てくれ、怖いから。
「あの、どうかしましたか?」
「?!!」
突如背後から聞こえてきた声にビクッと大袈裟なほどに肩が震える。
しかし振り返った先ではさらに驚くべき光景が広がっているとは夢にも思わなかった。
「!すみません。
驚かせるつもりはなかったのですが……」
「い、いや俺の方こそ……ッッ?!!」
振り返った俺は言葉を失う。
そこにいる彼女のことを俺は知っている。
それは幼馴染みだとか初恋の相手だとかそういうベタな再会的なことではない。
彼女の名前は、花中真莉。
あのゲームの攻略キャラクターだ。
「……入らないんですか?」
彼女の視線が訝しげに教室のドアへと向く。
無理もない、おそらく始業開始まであとわずか。
もたもたしていたら遅刻してしまう時間だ。
その割に、未だ廊下には一人の人影も見当たらないわけだが。
「えっと、その前に、突然で悪いんだけど手鏡とかって持ってないかな?」
「?はい、持ってますけど」
どうぞ、と手渡されるベージュの上品かつ可愛らしい手鏡。
美少女は持ち物まで美少女なのかとよく分からない感想を胸に秘めながら、俺はおそるおそる己の姿をそこに写した。
「……ッッ?!!」
正直、腰を抜かさなかった自分を全力で褒め称えたい。
目の前に写った己の姿に、俺は全てを理解する。
いや、理解せざるをえなかった。
……間違いない。
ここは、この世界は本当にゲームの……。
目の前で心配そうな顔をしている彼女。
そして鏡に写った ゛主人公゛
何度も何度も交互に見て確信する。
俺の妄想は単なる妄想ではなく現実なのだということを。
「……あの、本当に大丈夫ですか?
具合が悪いようでしたら保健室に」
「…へ?い、いやいや大丈夫!
全然平気!気にしないで!」
丁重に、それでいてはっきりと いいえを選ぶ。
迂闊な選択は出来ない。
ゲームはゲームでもこの世界は、
ギャルゲーの世界に転移してきた俺最高!と思ってたらフラグ立ちまくりのヤンデレゲーだった
なのだから。