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最悪の目覚めと最良かもしれない邂逅


「おお、怖い怖い。そう睨むな。

すでに知った仲ではあるまいか」


「?知った…?」


「しかしのう、お主はこれでかれこれ三十七回目のバッドエンドじゃ

壊滅的にゲームセンスがないの」


「ち、ちょっと待ってくれ!一体なんの話だ?」


「なんじゃ、もう忘れたのか。

薄情な男め」


「いや、不法侵入している子に言われても……」


困り果て、思わず頭をかく。

自分より遥かに幼い少女に大人げなく怒鳴り付けるわけにもいかず、かといって冷静に言葉を紡げるほど落ち着けてもいない。


「失敬な、不法侵入などではない。

われは今までのように約束を回収しにきただけじゃ」


「は?約束?」


もう何がなんだかわからない。

大学にいるお年八十二才のおじいちゃん先生の講義よりもわからない。

この例えが適切なのかもよくわからないが。


「ふん、覚えてないのだから仕方がないとはいえ毎度面倒な」


「ちょっ!人のパソコン勝手に…!」


制止などお構いなしに、無情にも俺のパソコンのデスクトップが晒される。

あぁ、俺がこっそり二次元嫁と認定した、ちよたんがよく知らない少女の目に……。


「これを読め」


「え、読めって、これを?」


示されているのは、昨日始めたフリーギャルゲーのダウンロード画面。

昨日始めたので当然ダウンロードは完了しているものだ。

タイトルがなく、通常ゲーム紹介が書かれている部分には、


これはあなただけの物語です。

ご自分の手でダウンロードボタンを押して下さい。


とだけ書かれていた斬新さに惹かれたのだ。

まぁ、その後普通にキャラクター紹介やらの画面が出たので、仕掛けというかそういう仕様なのだろう。


しかしこの少女はもしかして自分もやりたいのだろうか?

最近は幼稚園生でも、好きな人やらお付き合いやらといったおませさんが多いと聞くし。

子供の自主性は尊重したい気もするが、このゲームは攻略キャラ全員ヤンデレという初心者にはわりとハードな作品のうえ、そもそもの問題として年齢制限に引っかかるわけだがどうすれば。


「ぐずぐずせんと、はよう読まんかい!」


「あぁ、はいはい、わかったって。

添い遂げましょう、知る前に。

新世代、新感覚の難易度1000%なギャルゲーここに降臨。あなたは学園に通う高校二……」


「たわけ!読めないから読んでほしいわけではない!

読むのはここじゃ!ここ!」


「?ハッピーエンドにたどり着けたらなんでも願いを叶えます、か?

いやいや、こんなの本気なわけないから」


「阿呆、そっちではない。

重要なのはその下じゃ」


「下?」


促されるまま画面をスクロールする。


「何々、尚、このゲームは何度でもやり直しは可能ですが、ハッピーエンドにたどり着くまでゲームをやめることは出来ません?」


「うむ、つまりそういうことじゃ。

お主にはもう一度、このゲームをプレイしてもらうぞ」


「はぁ」


「なんじゃその気の抜けた返事は!」


「いや、言われなくてもやるつもりなんだけど?」


今年の夏休みはこのゲームの攻略に心身を捧げると決めている。

さみしいなんてそんなことはないぞ。

これも立派な人生経験だ。


「そうか、ならば良い。

次はせいぜい簡単に監禁などされんようにするのだな」


「……!」


何故あの夢のことを知っているのか。

偶然と片付けるには幼い少女から出るような言葉ではない。


「どうした?青い顔をしおって。

まだ手首でも痛むのか?」


「!!」


本能が警告を鳴らす。

このままここにいてはまずいと。

しかしここから逃げる術はない。

扉は開かず、唯一期待できる脱出口の窓は少女の真後ろだ。


「くく、そんなに怖がってもらえるとは、作った甲斐があったというものじゃ」


「作った?

?!まさか君が俺を監禁……」


「半分正解、半分不正解じゃ」


感心したような、馬鹿にしているような、そんな読みがたい声色で頷く少女。

意味深な言葉と眼差しに、俺は次の言葉を覚悟してごくりと唾を飲み込む。


「われが作ったのはこのゲーム。

生きた人間をゲームの中に直接放り込む、少し変わった趣向を凝らしたゲームじゃ」


年齢にそぐわない、にやりとした不気味な笑みを浮かべる少女。

思わず圧倒されかけるが、俺はそれを凪払うように勢いよくテーブルを叩きつけた。


「いやいやいや!おかしいだろ!」


「?何がおかしいものか。

実際その身で体験したであろう?」


それを言われてしまったら確かにその通りだ。

まだ残っている両腕を繋がれた感覚も、暗闇の恐怖も、今置かれているこの状況も、夢と一言で片付けがたい。


「じ、じゃあ仮に、君の言うことが事実だったとしてもだ。

もうゲームは終わっただろ?!」


彼女に監禁され、そしておそらく殺されたであろうバッドエンド。

結末は最悪だが立派なゲームのエンディングだ。


「なんじゃそんなことか。

それこそおかしなことを、ちゃんと懇切丁寧に書いておいたではないか」


゛このゲームはハッピーエンドにたどり着くまでやめることは出来ぬ゛とな。


少女は再び不気味に笑う。

幼い外見との差がより恐怖心を掻き立て、思わず腰を抜かしそうになり震える足に力をいれて堪える。


「そ、それは!単に積まずにちゃんとプレイしてくれよ、的な意味だと思うだろ普通?!」


「ふん、愚かな。

人はすぐそういった己に都合の良い勘違いをする」


そう鼻で笑った少女は、音もなく一瞬で俺と鼻をつきあわせるほどの距離まで迫る。


「言葉の大切さを理解し、自己を戒めるんじゃな。

そんなつもりはなかったで済まされようと思うでない」


「……!!」


感情のない、それでいて真っ直ぐな眼差し。

その無の表情はより不気味で、俺を一瞬で竦み上がらせる。


「す、すみません、でした……」


少女にも聞こえそうなほどにドクドクと鼓動が早まる。

恐怖、畏怖、逃げ出したいのに逃げられない。

今の俺はまさに蛇に睨まれた蛙だ。


「ふん、まぁ良い。

時間もないことだし、とっとと始めるとしようぞ」


そう言って一瞥した後、少女は指先を使い宙に円を描く。

瞬く間に光りだしたその円は、中心にstartの文字を刻む。


「ほれ、とっとと押して始めるぞ」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!

せめてもう少し情報、ヒントをくれないか?!」


もう何十回とプレイしている(らしい)といっても、今の俺にはなんの情報もない。

パソコンの前でプレイするのなら、反則かもしれないが攻略サイトを見るなりすればいい。

しかし恋愛でもなんでも実践というものは難しいのだ。

経験もないうえ情報もなければ高確率で失敗する。


「教えてやっても良いが、どうせ忘れてしまうぞ?

フリータイム、記憶は持ち込み不可なのでな」


「そんなカラオケ店みたいな……」


「お主のような若者は好きじゃろう?」


「いや、嫌いじゃないけど。

強制的に歌わされ続けるのはもはや拷問では」


百点出すまで帰れません的なやつじゃないか。

贔屓目に見ても娯楽目的ではない


「ええい!相変わらず文句の多い奴め」


相変わらずと言われても、身に覚えがないのだから仕方ないだろう。

しかし下手なことを言って機嫌を損ねてはまずい、ここはじっと我慢だ。


「まぁ確かに正直なところわれも、刺され、落とされ、絞められ、心中ドボンの血生臭い結末にも飽きてきたし仕方があるまい。

そうじゃな……一つだけ記憶の持ち込みを許そうぞ」


「ほ、ほんとか?!」


怖すぎる単語の羅列に竦み上がりそうになったが、よく堪えてくれた、数十回分の俺!


「あぁ、それでどうするのじゃ?

あまりグロテスクなエンディングはおすすめせんが」


「いや、失敗した記憶なんて必要ない。

俺が持ち込むのは、このゲームの情報そのものだ」


「?」


「ギャルゲー主人公に転生した俺最高!と思ってたらフラグ立ちまくりのヤンデレゲーだった、だ!!」


「……なんじゃそれは」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる少女。

あぁ分かってたさ、その反応は。

くそ、やけっぱちとはいえ少し恥ずかしくなってきたぞ。


「俺がつけたこのゲームのタイトルだ」


一見すると爽やか青春恋愛ゲーム。

しかし攻略対象キャラは全員ヤンデレ属性持ちという初心者殺しのゲームに相応しい分かりやすいタイトルだ。


「さっき言った通り、俺が持ち込む記憶はこのゲームが存在しているという記憶だ」


ゲーム情報を持ち込めば攻略キャラ、サブキャラの把握に簡易プロフィール、そして彼女達がヤンデレ属性だということも知った状態で挑める。一石二鳥作戦だ。


「くっ、くははははは!

ゲームとわかってプレイすると申すか」


「あぁ、お気に召さないか?」


「いや、タイトルセンスは最悪だが着眼点は悪くない」


「そいつはどうも」


褒められてるのか、貶されているのか。

しかし少女の上機嫌さを見るに、狙いどおり主張は通りそうだ。


「ただしゲームの記憶といっても攻略手順などは除外じゃ、あくまでこのゲームを始めるまでの記憶のみ、で良いな?」


「あぁ、勿論」


つまりは公式に与えられている事前情報のみということ。

攻略手順や選択肢の正解は己で導き出せということだ。

セーブ機能のないゲームをプレイするといえば分かりやすいか。

正直どこまで信用していいか分からないが、信じるしかない。


「ではそのようにデータをいじっておく。

安心せい、われは嘘で騙そうなどとはせんよ」


「…そいつは助かる」


心を読まれたのかと思い声が裏返りかける。

少女の見た目ではあるが、遥かに年上の女性と話している気分だ。


「ではな少年、せめて次は生き延びられると良いの」


「生き延びられるのがハッピーエンドだけなら、そうなると思うよ」


難易度1000%。

おそらくそう簡単にはいかないだろう。

それでも目指さなければ帰れない。

ゲームは限られた時間だからこそ楽しめる。

ずっとそこに居続けるわけにはいかないのだ。


「よし、行くぞ」


強く頷き、startへと手を伸ばす。

触れた瞬間、部屋は瞬く間に白い霧に包まれた。


「次は少しは楽しめるエンディングを迎えてくれるかもしれんな。

愉快愉快、これだからゲームはやめられんのじゃ」


くすくすと楽しげに笑う少女の顔が初めて年相応に見える。

その姿を最後に、俺の意識は真っ白な霧の中へと連れ去られていった。


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