星に祈りを、空に願いを(共通ルート最終)
梅雨らしくない梅雨が明け、暦はすっかり夏模様。
七月というと甘酸っぱく熱い夏の始まりを予感させるが、正直桜が散った頃から太陽はほぼ休みなく働き続けていた気がする。
四季とは一体なんなのかと、どこに詰問すれば良いか分からないもやもやが、雲一つない晴れ渡った空の下膨れ上がっていく。
太陽よ、たまには休め、死ぬぞ、俺らがな。
「まぁ確かに、最近は春も秋もないようなもんだからな。
花粉は飛ぶけど」
「自然の攻撃が理不尽すぎる」
朝のホームルーム前、いつものように親友の村田と他愛もない話を繰り広げる。
「しかし暑いな。
教室にエアコンの一つや二つつけてほしいよ」
汗ばんだ顔を手で扇ぐが焼け石に水。
窓を開けれど風は来ず、人が増え始めた教室内はどんどん蒸されていく。
俺たちは天心かと突っ込みたい。
「まぁそうぼやくなよ。
あとは七夕祭と夏休みを待つだけなんだしさ」
「七夕祭?」
「なんだ、知らないのか?
有名だぞ?七夕祭の七不思議」
「なんだそれ」
あまりの突拍子のなさに、戸惑いよりも怪しさが勝り顔をしかめる。
学校の七不思議なら聞いたり読んだりしたことはあるが、七夕の七不思議ってなんなんだ。
一日で七回も不思議が起こってたまるかと思う。
そんなスリーセブンはお呼びでない。
「七夕祭前日の夜は雨が降るとか、七夕祭の日は礼拝堂の寂れた花壇に花が咲くとか、あとは……あ、そうだ、七夕祭の短冊を一番大切な異性に渡すとその願いは成就するなんてのもあるぜ」
「リア充にだけ優しすぎないかそれ」
これが格差社会か。
世の中は確かに学歴、経歴、人望、性格、エトセトラでの格差は存在するし、平等なんて言葉はただのお飾りだともいう。
学生のうちからそういう理不尽に慣れていくのも大切ということなのか。
ちくしょう、ありがとう。
「まぁまぁ、交換しない人用にでかい笹の木用意されてるし、先生達がちょっとした夜店も出してくれるし、悪いことばっかじゃないって」
「へぇ、結構本格的なんだな」
祝日でもない七夕は、現実ではスルーしがちなイベントだったが、ここではどうやら特別な日らしい。
よく観察してみれば、クラスの雰囲気もどこか浮き足だっているように見えてくる。
「あー、ま、うちの学年では花中さん狙いがほとんどだろうしな。
お前も目当ての子いるならちゃんと捕まえとけよ」
「目当てって、俺は別にそういうのは……」
「ふぅん、いいのか?
今年で童貞捨てられますようにって願いが叶うかもしれねぇのに」
「う、うるさいな……!」
…………
そんな会話をして数日、あっという間に七夕祭当日を迎える。
人間、年を取ると月日の流れを早く感じるとよく聞くが、さすがにまだ早くはないだろうか。
これでもピチピチの男子高校生だというのに。
人知れず軽くへこんではいたが、話しに聞いていた通り、いや想像以上の華やかさにへこんだ窪みも埋まってしまった。
大きな笹に色とりどりの装飾。
クリスマスはまだ先だぞと突っ込みたい派手さだ。
周りはカップルや女の子同士が多く、ぼっち勢には少々、否、かなり居心地が悪い。
頼みの綱の親友はといえば……。
「せっかくだし誰かと交換してこいよ。
神無月先輩とかとさ」
などと声をかけてきたっきり、全く姿を見ない。
おそらく夜店のある方に行ったのだろう。
村田は見た目に反してめちゃくちゃ大食いだ。
バイキングに誘おうものなら比喩ではなく店員が泣く。
「さて、どうしたものか」
親友のありがたいアドバイスを主人公としては受け入れたいところだが、先輩はおろか他の攻略キャラの姿も見当たらない。
なんて思っていたらいた。
大きな笹の木の隅で、小柄な背中がピョコピョコと上下に動いている。
「神無月先輩、どうも」
「え……あら、こんにちは。
?ん?こんばんはかしら」
肩で息をしながら振り返る彼女の手には、黄色の短冊が握られていた。
「短冊、飾るんですか?」
「えぇ、でももう高い場所しか残ってないからちょっと届かなくて。
あっ、ごめんね、私邪魔よね…!すぐどくから……」
「あ、いえ、俺はいいです。
その、先輩と交換出来たらって思ってたんで」
「えっ?!私と?!」
彼女らしからぬ声量に、瞬きを繰り返す大きな瞳。
そんなに驚かれることだろうかと首を傾ぐも、彼女は薄紅色に染まった頬を隠すように片手を添えるだけだった。
「その、意味って知っている、わよね?」
「?あぁ!はい!
大切な人と交換すると、願いが成就するってやつですよね」
「えっ?!う、うん。
ただその、他の意味もあるっていうか、その……」
「他の……?」
「ううん!なんでもないの!
その、嬉しいなって思って。
だって君にとって私は大切な人ってことでしょう?」
「そ、そうなります、ね」
改めて言葉にされると、まるで告白のようではないか。
今が夜で本当に良かった。
昼間だったら、鏡を見なくても分かるほど熱を帯びた頬を見られてしまっていたのだから。
「それじゃあ、はい。
君のも、もらっても良いかな?」
「もちろんです…!」
照れくさいのは向こうも同じなのだろう。
視線を合わせず、互いに指先だけを見つめる。
そうして交換した桃色の紙は、俺のと違い綺麗に折り畳まれていた。
(これは、見ても良いんだろうか)
「……待って」
開こうとした瞬間、そっと両手で包み込まれる。
柔らかい感触と温もりに、一気に頬に熱が帯びるのを感じた。
「笑わない?」
上目遣いでの真剣な、熱っぽい眼差しに思わず息をのむ。
俺は邪念を振り払うように咳払いをし、安心させるようにゆっくりと頷いた。
「笑いませんよ、約束します」
「本当?それなら、見てもいいわ」
恥ずかしいのか、彼女は俺に向けていた視線を空へと移す。
微かに赤らんだその横顔に愛しさを感じながら、綺麗に折られた紙をそっと開いた。
「これからも美味しいご飯を作り続けられますように?」
彼女の人柄を表しているかのような整った文字。
その言葉の本当の意味を知るのは、まだもう少し先の話。
今はただ彼女の隣で空を眺めようと思う。
曇天の先にある天の川を見逃さないように。




