暗闇でも恥じらいは忘れずに
目が覚めるとそこは真っ暗闇でした。
って有名な本に似たようなことが書かれていた気がする。
いや、それとも名言か?
そもそも意味はあっているのか?とかそんな特に興味も関心もないことを考えてしまうほど、俺は今この現実から逃げたい、目を背けたい。
どうしてかって?
そりゃそうだろう。
両手両足を動かそうにもじゃらじゃらとした不協和音を奏でるのみで、口のねちねちした不快感はおそらくガムテープ。
目には布か何かが巻かれているのだろう。
目をばっちり開けているのに視界は真っ暗だ。
この状況で平静を保てるような奴を、俺は人間とは呼ばない。スーパー鈍感野郎と呼ぶ。
そして俺は正真正銘人間であるので、思考の一つや二つおかしくなるってものだ。
いやいやいや、なにこれ監禁?誘拐?変質者?俺、殺される?!
頭の中で最悪の想像ばかりが過る。
悲惨!男子高校生誘拐殺人事件!
平凡な高校生の身に一体何が起きたのか?!
「…………」
サアッと血の気が引く。
今までどこか他人事で見ていた出来事が起こっているという現実に、身体も心もついていけない。
とにかくどうにかここから逃げなければ。
このままぼんやりしてたら、すぐにでもDEAD OR DEAD だ。
とはいえ手足は動かず、視界も塞がれたこの状態で出来ることなど限られている。
それでもただここで死を待つよりはマシだ。
落ち着け俺、どんな時でも落ち着きと恥じらいは忘れるなとばあちゃんが言っていた、ような気がする。
そんな非常に曖昧な記憶はさておき、まずは今置かれている状態を確認したい。
それに手足の拘束具をどうにかするには道具が必要だ。
もしかしたら近くに使えそうなものがあるかもしれない。
頭を振ったり、身体を揺らしてはみたものの、視界に変化はない。
当然といえば当然だが、相当強く結ばれているようだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「!!」
静かだった室内に突如反響する軽やかな声。
今の状況とまるで似つかわしくないその声は…。
「女、の子?」
思わず声に出てしまったが、塞がれたままの口からはモゴモゴとした言葉にならない音だけが響く。
思わず口を塞ごうと動かした腕がじゃらりと無機質な音を立て、驚きと恐怖で先ほど以上に心臓が早鐘を打つ。
「いろいろ準備してたら時間かかっちゃって。
ごめんね?待ちくたびれちゃったよね?」
少女の声が近くなる。
それと同時にベッドのスプリングが軋む音。
あぁ、こんな状況でなければ夢のような状況だぞ、俺。
スッと俺の頬を撫でる指は冷たく、こんな状況にも関わらずドキドキと心音が早まる。
あぁ、なるほど、これが誘拐した犯人に恋をするなんたら心理というやつか。
不思議と俺の中にあった恐怖心はなくなっていた。
それが諦めによるものなのかはわからない。
ただ、頬に触れる冷たい指先がわずかに震えている気がして、それに少し悲しさを感じながら俺は真っ暗な視界に別れを告げた。






