第92セット 曲者・山倉理央
禊応VS横浜親愛の始まりです。
この小説で初めて「他校」VS「他校」を書くことになりますが、さっさと理央を登場させた方がいいのかなー、的な感じでプロットを組んでました。
あと、禊応VS横浜親愛には“想いの継承”という裏テーマがあるので、そこも書ければいいかなと思っている所存です。
さて、登場人物紹介をしておきましょう、橋誉最後の優勝メンバーの理央を。
山倉理央 横浜親愛女子高一年女子バレー部 橋誉中出身 8月18日生まれ A型 バレー歴は小6から 左利き オポジット 174センチ59キロ 3サイズB85W56H85 好きな食べ物 鯵の干物、激辛料理(デスソースくらいなら余裕で食べられる) 趣味 激辛店巡り
橋誉中優勝メンバーのひとりで、麗奈とは小学生時代からの付き合い。
麗奈曰く、始めた時から実力は突出していたとのこと。
麗奈以上に考えが読めない、と評される人物で、基本的に馴れ合いを嫌い、誰に対しても距離を一定間隔を置き必要以上に仲良くしない一匹狼なため、当時の橋誉メンバーも現チームメイトもプライベートは殆ど知らない。
そのため派閥関係もただ1人「中立派」だったが、派閥間の橋渡しを行なっていたのも理央である。
実は小学生時に軽いイジメを経験しており、距離を置きたがるのもそのため。
感覚が読めない故か、プレースタイルも「曲者」と言われるため、敵に回すと1番やりづらいと言われる。
典型的な技巧派で、たまに突拍子もないプレーをすることもあるが、本人なりにチームを慮るがためである。(ただし、なかなか理解されないし、理央も説明をはぐらかすので小倉からは「宇宙人」と言われることも多かった)
チームでは「横親三羽烏」と称されてエース格としてチームを引っ張るが、先輩に対しても敬語を使わないなど舐めた態度を取るため、上級生は手を焼いているのだとか。
麗奈からは「変なヤツだけどバレーに対する気持ちは本物」、「理央がいなかったらチームが空中分解していた」と評されるため、理央にはなんだかんだで感謝している模様。
さて、時は遡る。
小田原南の面々が到着する、ほんの数十分前のことである。
禊応VS横浜親愛の試合が幕を開けたのである。
互いのスタメンはこのようになっている。
禊応義塾高校
FL 御厨紗衣 180センチ アウトサイドヒッター 3年主将
FC 鏑木椎奈 181センチ ミドルブロッカー 3年
FR 丸岡朋美 165センチ セッター 2年
BR 蛭崎哀羅 176センチ アウトサイドヒッター 1年
BC 平川宙 177センチ ミドルブロッカー 2年
BL 衛藤花蓮 172センチ オポジット 3年
リベロ 唐橋透子 156センチ 3年
横浜親愛
FL 山倉理央 174センチ オポジット 1年
FC 斉藤千世 176センチ ミドルブロッカー 3年
FR 後藤楓 177センチ アウトサイドヒッター 1年
BR 松永和歌芭 172センチ セッター 3年主将
BC 久住詩子 182センチ ミドルブロッカー 3年
BL 和田蘭 181センチ アウトサイドヒッター 1年
リベロ 伊藤ひびき 158センチ 2年
禊応は前回小田原南と対戦したようなメンバー変更もなく勝負をしたのに対し、横浜親愛の方は橋誉優勝メンバーの「山倉理央」を中心にした、1年生多目のフレッシュな顔ぶれである。
だがこれは舐めているわけではなく、正規のレギュラーメンバーであり、いかに1年生3人が抜きん出ていたかの証明にもなっていた。
サーブは禊応からで、試合が始まった。
哀羅がジャンプフローターサーブでコートに正確に入れる。
そしてそれを、ひびきが揺れを見極めてオーバーハンドで和歌芭に返した。
そして理央は、というと、流麗なタップダンスを踊るかのようにトスが挙がるのを、それよみがしに待っていた。
和歌芭がフワッ、とライトへ短いトスをバックトスで挙げた。
理央はスッとサイドステップで動いた後、フワッとステップジャンプを2歩で行い、紗衣と椎奈の僅かに空いたブロックの隙間をまるで針の穴を通すように、正確に打ち抜いて先取点を奪った。
だが理央は、和歌芭に一言。
「………和歌芭さん………」
「………何よ?」
「トス、低い。」
「………ちょっと待って、練習してきたやつじゃん、あといつもの高さだし………」
「そーいう問題じゃない、禊応のリズムだったら………今よりもっと速めで高い方がいい。」
「………あー、分かった分かった、理央なりの考えがあるんでしょ? とりあえずそうしとくよ。」
「うん、それでお願い。」
理央のマイペースぶりに振り回され、和歌芭は手を焼いているようだった。
だがしかし、禊応の方でも異変が起こっていた。
紗衣の腰の怪我による痛みが、少しずつ進行していることに。
次回も引き続き。




