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第70セット スカウトの極意

今回は秋山さんの過去編。

独善的な感じの裏には選手を強くしたい、見捨てないという想いから。

それを優佳里のスカウト秘話を語ることで出したいと思いますし、自分のエゴで選手を潰すようなことはダメだ、ということを伝えたいなと思います。

 今から3年前に時は遡る。


母校・川崎立花高校に赴任し、コーチとして女子バレー部の指導にあたっていた秋山涼子。


県大会が開催されている横浜まで足を運んでいた。


(は〜……神奈川の強豪だからスカウトしに行かなきゃいけないのは分かるけどさー……指導を休んでまでやること? まったく、次期監督をどう思ってるんだ……)


秋山は嫌々だったようで、私服の姿で会場を訪れていた。


ちょうど準決勝の第二試合が行われていたようで、秋山はウォームアップから川崎北中と相模原東中の試合を観察していた。


一挙手一投足、選手の状態や能力をメモしなければならない。


より良い選手をスカウトするために。


元来ではバレーボールのこと以外は面倒くさがりの秋山だ、乗り気ではないにしろ、メモを重ねていく。


他校の有望な選手を取られないよう、細かな点も見逃さず、目を見張った。


川崎北のスパイク練習の時間になった。


各選手、スパイクを放っていく。


(まあ、ウォームアップだし、こんなもんだろうな……ましてや中学生、悪いわけじゃないけど、大差はないかな……)


と、秋山がそう思った時だった。


9番の選手だった。


力感のないフォームから跳び上がった時、そしてスパイクを打つ瞬間だった。


肘先から何かが弾かれるように放たれたボールがどの選手よりも強烈で、しかもラインいっぱいに決まった。


(嘘だろ……? あんなフォームでスパイクが決まるのか……? なんだ、あの子は……噂でもこんな選手、聴かなかったぞ……?? いや、もうちょっと見てみるか……)


秋山は目を見張っていた。


その9番の選手だけを注力して。


その選手が「沖屋優佳里」と出会う、運命的な出来事となったのだった。





 だが、事態が急変したのは試合に入ってからだった。


相模原東がペースを握り、春希や韋蕪樹が攻撃の中心となり、瑠李の鋭いトスが、川崎北のブロックを翻弄していった。


しかしそのコートに優佳里は立っていない。


ずっとリザーブで声を出すに留まっている。


(……? どういうことだ? どの選手よりも凄いスパイクを打っていた、それなのに何故出ていない……? スパイクの威力が分かりやすいから止められるのに何故出さない……? 彼女はワケありなのか……?)


もしかしたら下級生なのかもしれない、そう思い、秋山はパンフレットの選手名鑑欄を開く。


川崎北の欄を調べると、3年生だということが判明して秋山は2度驚いた。


(ちょちょちょ、ちょっと待って……!? いやいやいや、あんな凄いスパイクを放てる選手を何故塩漬けなんだ!? しかも3年生でベンチ入りしてるってだけなのか……!?)


秋山は動揺を隠せなかった。


そして居ても立っても居られない状態になる。


セット間にスタンドで応援している下級生の1人に声を掛けて、秋山は優佳里の事情を訊くことにした。




 秋山が2分かけて得た優佳里の情報はというと。


(彼女は……沖屋は相当なあがり症で、組織を重んじる監督からは「協調生が無いから使えない」と判断されてそれで一回も試合に出ていなくて……今回も3年生だからという理由でベンチ入りしていた……私の予想が当たっていた、しかも成績も悪いわけでもないし、レシーブ自体も悪くない……おかしい、こんなこと……スポーツであってはいけないことじゃないのか……!?)


結局この試合は川崎北が負け、川崎北がチームミーティングを終わるタイミングを見計らい、秋山は突撃することとしたのだった。





 秋山は、チームミーティング終了後、川崎北中監督の枝野(えだの)に問い詰めた。


「私は川崎立花高校女子バレー部コーチ・秋山涼子です。……単刀直入に申し上げますが……何故……あの9番の選手を試合で使わなかったのですか?」


怒りを滲ませながら秋山は枝野に問い詰める。


「使えないからですよ。アイツはチームに溶け込めなくてね。それで団体競技では向かない、そう判断したまでです。」


「……何故使えないと? 彼女が喋るのが苦手だから……だとか、そんな理由で判断したのですか?」


「ええ。ウチは組織的を掲げていますから……」


これに秋山は更に静かに怒りを覚える。


「組織的を掲げているから使わないんですか? あれほどの才能の選手を使わない理由が私には分かりません。それは『組織的』ではなく……『貴方のエゴ』なのではないですか?」


「何を仰りたいので?」


悪びれる様子もなく開き直る枝野に、秋山は遂に堪忍袋の緒が切れた。


のちに人生で最も怒った瞬間だったと本人が自虐するほどの、激昂だった。


「指導者のエゴで……アレだけの原石を潰すんですか!? はっきりと申し上げますが、あの子を使わなかったから負けた、そう踏んでいますが………それでも『チーム力が低かったから負けた』とでも仰りたいのですか!?」


「ええ。そこは新チームで鍛え直させて……」


「ふざけたことを申し上げないでいただきたい!! あの子は絶対に……!! 神奈川ナンバーワンのエースになるべき逸材です!! それを欠点があったからといって使わないのは意味がわかりません!! 私だったらたとえどんな子だったとしても……!! 絶対に使います!! それだけ試合の流れを変える力があの子にはあった!! そんな選手を潰すんですか!? 選手は貴方の言うことを絶対に聞くロボットじゃない!!」


「……私の指導が間違っているとでも? それに、あのゴミを神奈川1のエースに? 妄言を仰らないでいただきたい。」


「ええ、大間違いです!! それに『ゴミ』とはなんですか!! 貴方に最後までついていった子に対して!! そういう感情だとしたら貴方は無能もいいところです!!」


秋山の気迫にたじろぐ枝野に、秋山は再度咆哮した。


「指導者のエゴで……!! 選手の可能性を潰すな!! それでももしあの子を認めないのだとしたら……!! 私が貰い受けて育てます!! それもスポーツ推薦で!!」


この指導者間のトラブルは、神奈川中に知れ渡り、のちに沖屋優佳里のサクセスストーリーの伝説として、語られることになるのだった。




 そして2日後。


川崎北中を訪れた秋山は、校長室で優佳里と対面していた。


「君が沖屋さん……だったね?」


「え……は、ハイ……そう、です……」


優佳里は緊張した面持ちで、秋山にそう答えた。


「私は川崎立花高校女子バレー部のコーチを務めます、『秋山涼子』と申します。今日はよろしくお願いします。」


「はい……こちらこそ………」


「……あなたの事情は全て知りました。……だからこそ、あなたを推薦したいんです。ウチの高校に。」


「え……? わ、私に……?? 試合にも……出てないし……なんでですか……??」


戸惑う優佳里、秋山は経緯を説明する。


「簡単な話……準決勝のウォームアップのスパイクの時でした。あなたに未来を感じたんです。『()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。どんな立場でも関係はないです、だから私はあなたをスカウトに来たんです。」


「え……え? わ、私が……? えっと、あの……え、え??」


「というわけで……今日、来ますか? ウチの練習に。」


「へ?」


「勿論紅白戦もやるし、その時に出しますよ。あなたも、本音は試合に出たいんでしょ? それ、叶えますよ。」


「………分かりました……」


秋山は柔らかく笑った。


そしてその後の練習で、優佳里は凄いスパイクを放ち、響めきを引き起こしたのだった。





 その後、秋山は優佳里に話しかけた。


まあ、当の本人は厳しさに息切れを起こしかけていたのだが。


「どうだ? ウチのは。」


「……こんな厳しいなんて……思ってませんでした……」


「まあ、そう言うな。……正直初めて試合を経験したとは思えないよ。純粋にバレーボールを楽しんでいるのは分かった、けれど……どこか自信がなさそうなようにも見えた。私には試合経験がなかったような感じじゃなかった。……人の中に入るのが怖い、というか……そんな気はした。優佳里、アンタは……過去何があった?」


優佳里は急に口を噤んだ。


言いたくは無さそうだった。


相当なワケありだったようだった。


秋山はなんとなくは察したようだった。


性格は環境から来るのだから。


「私は君のことを……ちゃんと認めてるよ。ただ単に経験が少ないだけ。おそらく優佳里は……『否定しかされない環境』でしか育ってないんだろうね。……優佳里の親がどうかは知らない、けれど育ってきた環境は君の目を見れば分かる。……何か怯えているような顔。一体……何を怖がっている?」


「私は……わた……し……は……」


優佳里の目からは自然と涙が出てきていた。


秋山はこの時、後悔したという。


何故もっと早く、スカウトをしなかったのかを。


もっと早く気づけていたら、知っていたら、こんなことにはなっていないのではないのだろうか。


秋山はそっと抱き抱える。


「やっぱそうなんだな……大丈夫、私がいる。推薦を貰うには障害が高いのは分かってる、だけど……君の可能性を私は信じる。だから絶対に来い。君を神奈川のエースに……絶対に育て上げるから。」


優佳里はその後10分、秋山の胸の中で泣き続けたのだった。





 「……ってわけだ。その後は親御さんとの三者面談、学校とも何回も何回も直談判した。……最初は否定がちだったところも……私が何ヶ月も根気よく説得して……アイツのためだけに推薦を取り付けたんだ。」


「そうだったのか……」


夏岡は秋山の話を聞き、一つ水を飲む。


「なんでだろうな……懐かしいな。現にアイツは……雑誌に載るくらいの凄い選手になった。私がアイツに全力で向かい合ったからアイツもそれに応えた。……()()()()()よく似ている、そんな気はするよ。」


「さやかに、か……あの子はそういう志で入ったからね……正直未知の体験だよ。でも口だけではないのは練習を見ていて分かる。……その才能を見抜くのはスカウトマンの眼力……というものが必要ということだね?」


「そうだな。宏香は今年……スカウトに挑戦するだろうから教えておこうと思っただけだ。大事なのは弱点を埋めることが出来るかどうか、私はそれを重点的に置いている。問題は宏香の指導が合うかどうかさ。折角スカウトしたのに伸びないとかあっては堪らないからね。」


「なるほどな……それが理由か。優佳里の話をしたのは。」


秋山はタバコを一つ吸う。


「まあ……参考になってくれりゃあいい。さ、今日も長い。頑張らないとな。」


「臨むところだよ、涼子。」


2人は今のこととこれからのことで燃えていたのだった。

次回は頭に血が昇るやーつー。(物理)

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