第61セット 「悔しくないわけがない」
この回でインターハイ予選編終了です。
前回の後書きで述べたような感じで書きたいと思います。
診察結果が出たとのことで、夏岡と麗奈は診察室へと足を運んでいった。
医師から告げられた結果はというと。
「『右橈骨の骨折』と……『右橈骨側副靱帯損傷』ですね。再建手術というレベルではないですが……安静期間、リハビリ期間含めて2ヶ月はかかりますね。」
「そうですか……」
夏岡は複雑そうな表情を浮かべていた。
「しかし驚いたものですね。この状態でバレーをやって、しかもトスも挙げていたっていうんだから。」
医師は麗奈の能力に感心しきりではいたが、当の麗奈は相変わらずの無表情。
顔色ひとつ、眉ひとつ動かしていない。
「……先生、保存療法、という形でしょうか。」
「そうですね。暫くは右手を使えなくなるというのは覚悟して欲しいですね。……ところで、小田原市に住んでいて……今日大会だったと。」
「ハイ。」
「知り合いが小田原市にいるので……今後はそこで検査を受けてください。」
といい、医師はカルテと紹介状を夏岡に手渡した。
「それじゃ……ギプスで応急処置、取りますね。……骨折の腫れが思ったより無い、ってことは試合中の応急処置が正しかったというところでしょうね。」
麗奈は無言で応急処置を受け、診察室を後にした。
その後、薬局で処方箋を元にした痛み止めと胃薬を貰い、体育館へ戻るためにタクシーを再び呼び、2人は搭乗した。
現在男子の決勝戦が行われている最中、ということを莉子奈が連絡したことで知った夏岡。
なんとか間に合ったようだった。
麗奈も怪我の状態をチーム全体にメールで報告した。
反応は口々だったが、安静を取ってくれ、とのことだった。
「どうだった? 結果は。」
「……真摯に受け止めます。」
「麗奈ってホントにこういう時でも表情変えないんだね。一応聞くけど悔しく無いってわけじゃないんだろう?」
「……当たり前ですよ……負けたんですから……悔しく無いわけがないじゃないですか……」
ポーカーフェイスなのには変わりは無い麗奈ではあったが、オーラから悔しさが滲み出ていた。
夏岡は麗奈の気持ちを汲み取り、こう言った。
「試合中の怪我は防ぎようがないからね。……麗奈が大怪我していなくて良かったと思うしか無いよ。」
「そう……ですね。けれど最後のさやかへのトス……私が完璧だと思ったトスだったんです……タイミングも、スピードも……ハンドリングの感覚も全部……それを由希さんに止められた……あの時と同じ感覚を味わいましたね……全日本の時と……」
「ほう? 全日本の時? 興味深いね。」
「韓国代表と試合をした時に……私のブロックの上からスパイクをポンポン打たれて……結果勝ったからいいですけど、その後でコーチに言われたのが……『身長さえあれば即シニアなのにな』……っていう言葉だったんです……なんというか……心が折られたような……」
麗奈が挫折を経験したことがあるのか……と、夏岡は驚きの表情を浮かべていた。
そしてこの時に気づいてしまった。
麗奈が小田原南を選んだ理由を。
自分は全日本に選ばれることは無いという悲壮感の現れだったのではないのかと。
「……私もユニバーシアードの代表に選ばれたことがあるからわかる。私もその時に世界の広さを味わった。そしてもう一回代表に選ばれるためにVリーグを目指そうと練習していた矢先に……腰の怪我をしたんだ。心が折られたという点では気持ちはわかるよ。だからこそ私は……選手1人1人を決して見捨てたりはしない。たとえどんな立場にいようとも、だ。」
夏岡も自分の教員になったきっかけを語る。
ただ、麗奈は悔しそうなオーラをまだ発している。
「……先生、私……バレーを一回諦めたんです、その時は。」
「麗奈がバレーを?」
「あの後で全日本の代表から帰った後……荒れたんです。あんまり覚えてないんですけど……ウチの弟が言うには物に当たって暴れてたらしくて……」
たしかにああいうことを言われれば荒れるのも無理はないだろう。
それくらい精神的にダメージを麗奈に与えていたようだった。
「だからもう、本当はJOCの終わったタイミングでバレーは辞めようと思って……全日本が終わったタイミングで推薦の誘いを全部断って……それで小田原南を選んだんです。バレーをやってもやらなくてもいい環境に身を置きたかったんです。」
「そうだったんだ……」
「……今回の負けは……さやかなら決めてくれるっていう過信でした。このチームなら楽しめるかなと思ってもう一回バレーと向き合って……さやかにも会って……あのトスはその集大成だった。バレーを辞めようという気はもう無いです。あの時とは違うんで……でもそれを止められた。何が足りなかったのか……わからないって意味で心が折れてますね、今は。」
これを聞いた夏岡は一つ息を吐く。
そして麗奈にこう言った。
「そう思えるなら十分じゃないか? 麗奈自身が何かを変える必要はないよ。バレーができない間でも……成長は出来るんだよ。人間的にね。だから麗奈がすることは後ろを見ることじゃない。春高っていう先を見ることだ。麗奈のあのトスが完璧だったっていうのは……さやかだけじゃなくてみんな承知の上だ。だから過度に気にする必要はないよ。」
夏岡の言葉は優しく、明るくもなれる言葉だった。
「……そうですね……しっかり治して……またコートに戻ってきます。」
麗奈の口調は静かながらも信頼感を強く持てる言葉だった。
表彰式の最中、夏岡はある紙を貰った。
宛先はというと……
表彰式が終わった後、夏岡は春希を呼び出した。
「ああ、ごめんね、春希。渡すものが急遽出来てね……。」
「? なんですか??」
「コレなんだけどさ……V3リーグ新興チームの『青森ゴーストバスターズ』っていうチームからさ、春希が欲しいいっていうのが来たんだ。」
「え!? ぶ、Vリーグからですか!?」
春希は驚きを隠せなかった。
まさか自分にVリーグからの誘いが来るとは夢にも思っていなかったからだ。
「春希、君は就職希望だろ? 悪い話じゃない、考えてみなよ、すぐじゃなくていいから。」
「……わかりました。考えておきます。」
こうして2人はバスへ乗り込み、女子バレー部は小田原へと帰っていった。
「ただいまー」
麗奈は帰宅した。
玄関に入ると、何故か女性モノの靴が、もう一個置いてあった。
リビングに入るとそこには。
「あらー、麗奈ちゃんお帰り! どうだった? 大会。」
「え……? お、叔母さん?? なんでここに?? ……ってか父さんも帰ってきてたの??」
麗奈は状況が分からず、思考が混乱した。
何故叔母の倉石奏子がいるのか、そしていつもは遅いはずの父・和巳が帰ってきているのか。
和巳が訳を説明する。
「ああ。俺が頼んだんだ。太我にばかり家事を負担させるわけにもいかねえしな。奏子が丁度空いてる、っていうから頼み込んだんだよ。未だに独身だしな。」
「そうだったんだ……ってか、太我は知ってんの? このこと。」
「そりゃ知ってるだろ。アイツ今日早めに帰ってきたしな。」
「それはそうと麗奈ちゃん、大会は?」
「あー……負けたよ、準決勝で。それに骨折った。全治2ヶ月だってさ。」
状況を飲み込めた麗奈は、自分のことも奏子に説明した。
「そうだったの〜、いやー、丁度良かったわ。お兄ちゃんが太我にばかり負担かけさせたくないって言ってたから……私も一昨日仕事やめたからね〜。美沙さんが亡くなってから大変だっていうのは聞いてたからさ?」
美沙とは、麗奈と太我の母の名だ。
昨年夏に、大腸癌でこの世を去っている。
「……とりあえず分かったよ、叔母さん。これからよろしく。」
そんなわけで、倉石家では叔母・奏子との同居生活がスタートしたのだった。
まあ、色々あってこんな感じになりましたww
次回から新章『文化祭編』です。
部員が増える章になるので、そこも鮮明に書きたいと思います。
登場人物紹介、次回は親父殿を紹介します。
お楽しみに。




