第27セット 「早すぎ」と「速すぎ」
前回の枝里のようなタイプにはそういったのが有効なのかというブロックを教えます。
あと、タイトルの「早い」という意味と、「速い」という意味での英語の意味は、それぞれ「Early」と「fast」で、全く違いますからね。
登場人物紹介、今回は哀羅です。
蛭崎哀羅 禊応義塾高校女子バレー部一年 橋誉中出身 10月3日生まれ B型 バレー歴は小4から サイドアタッカー 右利き 176センチ 53キロ 3サイズB83W54H86 好きな食べ物 枝豆 趣味 アロマセラピー
橋誉中前主将で、禊応のスーパールーキーとして入部。
元JOC神奈川県代表で全中覇者。
身体能力や技術、頭脳に於いては全てにおいて一流クラスなのだが、バランスが良すぎて突出したものがないため、U-15に選ばれることはなかった。
幼少から教育に厳しい家系で育てられたが故、リーダーシップもあり、周囲からの人望もあるタイプなのだが、高慢且つ傲慢な性格で、哀羅と違い、日本代表に選ばれた麗奈に対しては逆恨みが激しく、嫉妬深い性格でもある。
エリート意識が高いので、無駄な練習や無駄な時間を好まない。
麗奈は「味方だったからまだ良かったが、敵にしたら弱点が少ないため1番嫌なタイプ」と評している。
名門中学が故に、派閥もあったとのことで、「哀羅派」と「麗奈派」がいたとのこと。
この派閥はバチバチに仲が悪く、麗奈は「バレーでは頼りになるが、人としては1番嫌い」と人間性を評価している。
小田原南が1度目のタイムアウト。
しかも試合が始まってからまだ5分ほどしか経っていない。
明らかに流れが怪しくなっているのは誰の目から見ても明らかだが、そうさせているのは枝里の力以外に他ならない。
それが現実だ。
夏岡は淡々と話した。
「ブロックが早すぎる。」
いや、タイミング自体は通常のタイミングだ、決して間違っていないのだが、セオリー通りにいかないのもまた枝里だ、夏岡の言っていることに納得はいく。
では、何故なのか。
目を丸くしている小田原南に説明する。
「どうせ平塚大北はエースバレーなんだ、もう少し遅く跳べばいい。ブロックがまともにあれば鮫島は打ち下ろしには来ない。だったら打ち下ろしを誘えばいい。」
そうこうしている間にタイムアウトの30秒が過ぎたと知らせる笛がなる。
そして夏岡は麗奈に一言言った。
「もっと速く出来るかい? トスを。」
これに麗奈は頷いた。
出来ると。
タイムアウト終了後の諫山のサーブ。
ボールがネットにかかり、小田原南のポイントとなる。
2-3と一点差に詰め寄った。
ここで瀬里がサーブに下がり、藍が前衛に来た。
麗奈が藍に速めに挙げると伝えて、瀬里のサーブの笛が鳴った。
瀬里のサーブはリベロの白鷺の方に行く。
正確に行ったレセプションを、森北はまたしてもライトに挙げた。
それもサードテンポで。
枝里はゆったりとしたフォームでスパイクに行く。
そして跳ぶ。
しかし。
(……? 跳んでない……? ただ、レシーバーが前にいない……なら打ち下ろすか。)
違和感を覚えながら枝里は上から叩き込むが、それが夏岡が指示した枝里を嵌める罠だった。
なんと丁度いいところに春希が跳んでいて、枝里のスパイクを止めた。
平塚大北は想定していなかった事態に全く反応が出来ず、結果的にキルブロックが成立した。
これで3-3の同点とした。
春希、藍、韋蕪樹と前衛にいた3人は特にこう感じ取っていた。
(((なるほど、こういうことか!!)))
どうやら完全に夏岡の意図を理解していたのだった。
一方、枝里は顔を顰めている。
(やられた……完全に私は誘われてた……! 私としたことがこんなチープな策に掛かるなんて……!!)
小田原南ベンチでは。
夏岡が大幾にこの意図を説明していた。
「アレはあの子たちが理解してくれるかどうかだったけど、結果的に嵌まったね。どうやら私の意図を理解していたようだ。」
「ど……どういうこと、なんですか……!? なんで、春希先輩が鮫島さんを止められたんですか……!?」
「簡単な話さ。……『タイミングを変えさせた』だけだ。エースバレーの本質は『全てエースに託す』ということにある。つまり、トスをわざわざ速くする必要性がない。何せソイツは3枚を打ち抜ける力があるからね。今の主流は『コンビバレー』だけど、それはブロックの枚数を制限させるためにトスを速くするから自然とタイミングも速くなる。エースバレーのスパイクのタイミングは遅めなんだ。全体的に。」
「でもだからって……止められる理由が……」
「君は男子の中だったら低身長の部類だから分からないかもしれないよ。感覚としたら。ブロックっていうのはね、必ずしもデカイやつだけが止められるわけじゃないんだ。世界バレーでもそうだ。2メートルもあるやつが170センチの選手に止められることがあるだろ? ……アレはタイミングがいいからさ。ブロックの跳ぶタイミングが。」
「……ってことは……さっきまではリズムが合っていなかった、ってことなんですか? ブロックの……。」
「そう。それがさっきとの決定的な違いであり、ブロックの本質だ。例えば鮫島の場合だとすると、遅いだろう? タイミングが。だからシンプルにこちらも遅くした。鮫島は背が高いけど頭を使える選手だ。打ち下ろしたのは向こうに身長差があってタイミングを外すことに成功した時。それ以外はブロックに当てて相手が取りづらいところにボールを追いやるのさ。だから私は打ち下ろしを誘わせて、あの子達に遅く跳ばせた、それが答えだ。」
流石、世界で培ってきた眼力がある。
一度見ただけで、枝里のスパイクのカラクリを見抜いたのだから。
大幾は夏岡にそう、思わざるを得なかった。
瀬里がサーブを放つ。
今度は諫山が取り、森北に正確に上がる。
枝里はセンターのトスを要求した。
藍と韋蕪樹の長身コンビで2枚のブロックに入る。
枝里がスパイクを打とうとした時、察知していた。
また、アレが来る、と。
(嫌な予感がする……まさかまたアレで来るんじゃないか……?)
しかし、ネガティブな雑念が入っていればスパイクの威力も当然下がる。
ソフトスパイクで小田原南のコートの中央に山なりに打った枝里。
こうなって仕舞えば莉子奈のレシーブ力なら造作もなく拾える。
足を動かしてアンダーハンドで難なく処理をした莉子奈。
ソフトスパイクで多少開く時間が取れた藍は迷うことなくAクイックの助走に入った。
藍は器用なことはあまり得意ではない選手だが、その分クイックの精度だけは磨きに磨いてきた選手だ、どんな状況下でも、確実にポイントを取れる自信が藍にはあった。
案の定、枝里が1枚で跳んでいる。
麗奈が挙げた先も藍だ。
と、ここで目が枝里と合った藍が驚くべき行動を取った。
なんと目をよそ見するかのようにクロスの方に視線を逸らした。
枝里が釣られてクロスの方に左手を出す。
藍がこれを見逃すはずがなく、ストレートにAクイックを放ち、正面突破という形で小田原南が得点した。
小田原南が歓喜に沸く中、平塚大北は核である枝里が振り回されていることで、動揺を隠しきれていない部分があった。
タイムアウト終了後から、3点しかまだゲームは動いていないのだが。
4-3と、今度は打って変わって小田原南がリードを奪った。
と、平塚大北の森北は枝里に声を掛け、気丈に振る舞った。
「枝里、大丈夫だって! アンタなら決めれるから!」
「ええ……大丈夫です。私は。」
そう言った枝里だったが、少なからず揺さぶられているとは感じていたいようだった。
(どういうことだ……? タイミングを変えてきた? 行動を制限されている感じがする……なんだ、この違和感……今までの小田原南とは、予想してたのと違う……)
頭脳派ゆえに混乱を隠せない枝里は、この後悪循環の底無し沼にハマっていくことになるのだが、それは平塚大北の誰もが予期していなかったことだった。
それは次のサーブが打たれて、挙がったトスを枝里がライトから打って、桃華が挙げたことでその「底無し沼」が完全に形となっていった。
麗奈はこの序盤で藍のAクイックと、韋蕪樹のCクイックのダブルクイックを入らせたことで、決定的な「底無し沼」となった。
これをブラフだと感じ取り、レフトの春希のところへ重心を持っていく枝里だったが、その瞬間に麗奈がCクイックに挙げ、韋蕪樹が躊躇いなく打ち抜いた。
これを拾い切れるわけもなく、5-3と、小田原南の勢いが加速していった。
喜びに沸き立つ小田原南だったが、麗奈は落ち着くように、と手でジェスチャーを取った。
気を緩めるところではない、と、いうことだろう、流石に実績と実戦経験が豊富な麗奈だ、勝負どころをよく理解していた。
ただ、麗奈はこう、思っていた。
(レフトにトスが来るって読んでたな……アレを見せても……で、私がCに挙げた、そうなれば鮫島さんは頭が良いって話だからそれが強くインプットされてるはず……なら次は春希さん、か。私が1番嫌なのはアホになられること、でも実績もある鮫島さんは感覚で来ないはずだから行ってみるか。勝負に。……エースで。)
瀬里がサーブを打つ間に頭を最大限回転させて枝里をどう、翻弄するかだけのシンプルな工程に入っていた麗奈だった。
この試合、はじめての平塚大北にレフトへのトスが挙がる。
枝里はクロスにボールを打ち抜いた。
春希がオーバーでスパイクを取るが、短い。
麗奈はアンダーハンドで二段トスを春希に挙げた。
ただ、春希は無理せずソフトスパイクで枝里の手に当てた。
これをブロックカバーに入っていた桃華が処理をし、またしても同じダブルクイックを藍、韋蕪樹に入らせる。
だが、麗奈の選択は春希へのレフトの「マイナス・テンポ」だった。
クイックのどちらかに頭を入れていた枝里は裏をかかれたような感覚だった。
もう既に跳んでいる春希のところに向かおうとするが……
(……ダメだ……!! 速すぎる……!!)
春希は枝里がこう思っている間にも、ほぼ1枚ブロックの高角度クロスにボールをコートに思いっきり叩きつけた。
これで小田原南が6-3とし、平塚大北の監督の西野は、たまらずタイムアウトを要求したのだった。
今回のように、絶対的エースが翻弄されて本来のパフォーマンスが発揮できないことは世界バレーでもたまーにですが、ある事です。
しかもメンタルが安定しない思春期の高校生のバレーボールなら尚更。
鮫島がいい意味でバカならまだ良かったのですが、頭脳派がゆえにこうやって考えれば考えるほどに沼っていくことは本当にあるあるですwww
次回、また凄い描写をお見せできたらと思います。
登場人物紹介では、禊応の大黒柱、紗衣を紹介します。
お楽しみに。




