第15セット 瑠李の苦悩
嫌なことをやられた側は死ぬほど覚えてるもんで、瑠李はその典型です。
未だに引き摺っているんですよね、瑠李は。中学の時のことを。
それは僕もほぼ同じ境遇だったんで、瑠李は割と僕自身に近い人物ですwww
ああいう一人を過ごす人って結構繊細だったりするんで、瑠李は結構暗い描写になりがちなんですよね……。
さて、登場人物紹介、今回は恵那です。
志崎恵那 小田原南高校2年生 平塚西中出身 8月18日生まれ B型 ミドルブロッカー、ピンチサーバー 右利き 165センチ 50キロ バレー歴は中1から 3サイズB87W62H85 好きな食べ物 カレーライス 趣味 お笑い芸人のコントを見ること
チームのムードメーカー的存在。
モノマネが得意で、芸人の真似をして笑わせることも多い。
上記の様に明るい性格だが、根っこは真面目な性格なので、本人曰く無理をして作っているキャラだとのこと。ちなみに結構なKY。
運動能力は平均レベルで、サーブ以外のプレーはお世辞にも上手いとはいえず、麗奈を持ってして「使いにくい」と言われる始末。
ただ、サーブは一級品で、大事な時に起用されるため、夏岡からの信頼も厚い。
元々弱小中出身のため、軽い気持ちで小田原南に進学したが、韋蕪樹のプレーを目の当たりにして自信を無くしかけたが、その韋蕪樹が自ら歩み寄ったので、現在でも非常に仲が良い。
瑠李からは便所メシを目撃されているので、距離を置かれている。(恵那と話していると弱味を握られた感覚になるためだとか)
一方の恵那はそんな心情とは露知らずで瑠李を宥めたりしているので温度差がめちゃくちゃある。
瑠李と向かい合って座った麗奈。
麗奈は今、スマホをボイスレコーダーの様に懐に隠している。
莉子奈たちに、瑠李の現状を知ってもらうために。
しばし、沈黙の時間が流れる。
ここで麗奈が切り出した。
「これ……ノートっぽいですけど、なんですか? これ。」
「…………」
瑠李は難しい顔をして黙っている。
本来シャイな瑠李のことだ、あまり人に見られたくないものなのだろう。
「……見てもいいですか?」
瑠李のそういう顔を見ると、麗奈はサドな心が疼いてくる。
そういった意味で許可は取ろうとした。
「……………いいけど…………」
瑠李は渋々、という感情なのだろうが、ノートを見せることを承諾した。
「それじゃ……失礼します。」
麗奈はページを開いていく。
バレーノートではないのは、瑠李の心情が書いてあったのですぐ分かった。
1日1ページをビッシリと文字だけで埋め尽くされている。
麗奈はページを開いていった。
日付自体は最近のものが多かったが、どうやら何年も継続して書いてきたものだろうな、というのは瞬時に理解できた。
「……意外と、マメなんですね。瑠李さん。」
「……悪い? 麗奈……」
感心してそういった麗奈だったが、一方の瑠李はバツが悪そうな顔をしていた。
こうして麗奈は、ページを見ていくと、ほぼ全てのページに書いてあるものが、暗い感情で渦巻いているのだと理解できた。
前日に春希から聞いた話と整理してみても、明るい話が一個もない。
やはり瑠李は過去をまだ引きずっている、ということは明白だった。
流石のポーカーフェイスの麗奈でも難しい顔になった。
見ていて気持ちいいものではなかったからだ。
「……いつから書いてるんですか? 日記を。」
麗奈はいても立っていられなくなり、瑠李に聞いてきた。
何せ、ただでさえ家庭環境が複雑で、学校でも凄惨な経験をしてきた瑠李のことだ、こんなドス黒い感情を何年も続けてきたのだろう、と麗奈は推測したのだった。
「………小2からずっと……」
ボソッと、瑠李はそう呟いた。
目には涙が溜まっている。
あまり知られたくはないというのは分かっていたが、それならば普通なら黙っているはずだ、敢えて言ったのはワケがあるはずだ。
「………気持ちをあまり吐き出せないとか、そういった感じですか? それを日記にして書くことでスッキリしようとしていた……そんな解釈でいいですか?」
瑠李が苦悩をしているというのは誰の目からみても明白だし、麗奈は事前に春希から聞いていたのである程度は理解しているつもりではあったが、それでも本人の口から聞かなければ分からない部分もある。
瑠李は答える。
「……それを書き始めた時期に両親が離婚してさ……母さんの方に引き取られたんだ……兄ちゃんと、私は……そのあと母さんが再婚して……今の苗字になったんだ……。でも義理の父が最悪の人で、私は蹴られ殴られの毎日でさ、母さんも私に構ってくれなくて……兄ちゃんが歳離れてるからまだ私は運が良かったと思う。クソ親父を、止めてくれてたから。………でもそれからさ……人前に出るのが怖くなって……中学の時に春希に声掛けられるまでそうだったから……」
そして、瑠李は続ける。
「春希にバレー部に誘われてなかったらさ、多分、悪い方向にいってたと思う。だってその時まで……一回も褒められたことなんてなかったから、私は。……バレーもどんどん上手くなっていって、春希も私なんかと、遊びにも付き合ってくれてさ……楽しかったよ、あの時は。」
少し困った顔で自らの過去を明かした瑠李。
麗奈は更に奥底に踏み込んでくる。
「……中3の、引退した時に……状況が一変したんですよね?」
驚いた顔をした瑠李。
何故、知っているのか、といった顔だった。
「……瑠李さんが……イジメの標的になった、って話を春希さんから聞きましたが……その時はどう、思ってたんですか? ……瑠李さん本人が。」
瑠李が拳を握りしめた。
そして、歯軋りする音も聞こえてきた。
瞬きをすると、涙が零れ落ちていくのが見えた。
おそらく、今の瑠李を形成しているものがそこにあるのだろう、と麗奈はこの時思った。
ようやっと、一息吐いた瑠李は、真相を話し始めた。
「………理由は今でもわかんない……でもそれまで春希と一緒にいて得てきたものが……消えていく感覚……それがあの時に私の全てを覆い尽くした……」
そう言い始めた瑠李は声を荒げた。
「やっと……!! 人の温かさを味わったっていうのに!! なんで春希まで……!! アイツらの側に立ったんだ!! たった一人………!! 味方だと思ってた春希が………!!! なんで……!! 自己保身のために、なんで………!!!」
そう言った瑠李は、両手で自分の目を覆った。
思い出したくもない過去、瑠李のトラウマ、味方が居なくなる感覚が、瑠李の声から分かった。
瑠李が多少誤解しているフシもあったが、ずっと、ここ数年瑠李を苦しめたのはそこだと麗奈は思った。
春希が瑠李を見捨てきれなかった理由は、今ならわかる。
春希には、瑠李をあんな風にしてしまった自責の念があるのだと、だからスポーツ推薦を受けていたにも関わらず、わざわざ一般受験で小田原南に行ったのだろうな、と理解した。
一方、部室では。
瑠李の慟哭を、スマホ越しで聞いていたメンバーは愕然とした。
衝撃的すぎて、全員が言葉を失っていた。
彩花とさやかに至っては泣いていた。
メンバーは瑠李に対し、どうすればいいのか悩んだ。
かといって急に優しくしすぎれば警戒される。
メンバーは、決して瑠李のことを嫌ってはいなかった。
言い方はキツい部分はあったし、独りよがりな部分が多かったが、バレーを好きでいる瑠李を嫌いにはなりきれないでいた。
だが、3年目になってもチームに溶け込もうとしない瑠李の扱いに困っていたのは事実。
それが今やっと、瑠李の考えていることが分かったのだ。
だが、そう簡単にいかないのは分かっていた。
付け焼き刃の温もりでは、「嫌いじゃない」と本人に直接口で言っても、瑠李は物事の本質で行動するタイプだというのは分かっていたので、心を開いてくれないというのは見えていた。
ここで、居ても立っても居られない人物が、また一人いた。
春希だった。
カバンをそのまま置きっぱなしにしたまま、部室のドアを開け、瑠李と麗奈が今いる教室に向かって走り出していった。
誰にも、何も言わないまま。
そして、走っている最中に考える。
(なんで……!! なんで気付けなかったんだ!! 瑠李の中で私が……!! 一番大事な存在になっていってた、ってことに!! 私の自己都合で「気にすんな」って言って………!! バカか、私は!! なんであの時……!! 中立になったんだ!! 瑠李を守るのが……それが一番安全だと思っていたのが……!! 逆に瑠李を苦しめていたことになってたなんて!!)
走っている途中に、涙が込み上げそうだった。
自責の念に駆られそうで、瑠李に対しての申し訳なさが、春希の心情を覆い尽くしていったのだった。
その頃、教室では。
「……全員が……敵に見えた、って解釈を取った方がいいんですかね。瑠李さん。」
表情をひとつも変えず、瑠李に聞いた麗奈。
だが、麗奈も心が痛かったのも、また事実だった。
事前に春希から聞いていたとはいえ、想像以上の重さだったからだ。
才能が故、嫉妬を受けてきた麗奈ではあるが、ここまで重い過去を聞かされると流石に堪えるものがある。
「………うん……」
涙が少し落ち着いてきた瑠李は、そう答えた。
ため息を一つ吐いた麗奈は瑠李にこう話した。
「……バレー部のみんなは……瑠李さんが思ってるより、瑠李さんのことが嫌いじゃないと思いますよ。多分。ただ……もうちょっと、歩み寄って欲しいってだけだと思います。」
「………え??」
瑠李は、麗奈の言ったことがワケがわからないといった顔をしていた。
「……確かにチームの輪に入ろうとしない部分があるっていうのは事実だと思います。でもそうでなければ……今日の紅白戦で、あんなに何本も春希さんを信頼してトスを挙げることなんてしないと思いますよ。……瑠李さんが本当に独りよがりな、自己中心的な人なら勝負どころでエースにトスを絶対に託さない……。最後のプレーで韋蕪樹さんになんとか取ってくれ、っていうあの大声を言ったりはしないと思います。……私も最初は誤解してました。自己中心的な人だって。……でも実際は全く違っていた。口には絶対しなかったけれど……誰よりもこの小田原南高校を勝たせたい、っていう気持ちが伝わってきてましたよ、私にも。……だからこそ……今後はもっと、チームの輪に入るべきなんじゃないかと思います。私だって、貴女のことを嫌な人だとか、嫌いだって思ったことは一度もないですよ?」
麗奈の言ったことは全て、本心であり、また、瑠李の本当の人間性が見え隠れしている部分でもあった。
本当の瑠李は仲間想いで、優しい人だということに、麗奈は気づいていた。
だが、当の本人は首を横に振った。
「麗奈……今更、チームに溶け込めると思う? 今まで先輩にも……同期にも、あんな態度を取ってた私が、だよ?」
負い目があるというのは麗奈も重々承知だった。
ただ、麗奈はあまりそこは心配していなかった。
何故なら、瑠李と一番ヨリを戻したい、大事な人がいるということを知っているのだから。
きっかけさえあれば、人はどのような解釈で仲良くできるか、ということを麗奈はよく分かっている。
「……そんな心配……する必要はないんじゃないんですか? 瑠李さん……。だって貴女には……貴女のことを一番よく理解してくれている人がいるじゃないですか。」
全力でダッシュして、3年2組の教室に来たのだろうか、春希が息切れをしながら教室のドア近くの廊下に立っているのが見えた。
「よかった……瑠李……まだ、帰ってなかったんだ……!!」
息を整えながらそういった春希。
「………春希………?? な、なんで……ここに……??」
それもそうだろう、莉子奈たちが麗奈と瑠李の会話を盗み聞きしていたことなんて、瑠李一人は知らないわけなのだから。
瑠李から視線を向けられた麗奈は、はぐらかして嘘をついた。
「私は何も知りませんよ? 別にこういうことを計画してたわけじゃないので。……それより……何か春希さんに言いたいことがあるんじゃないんですか? 瑠李さん。」
こうして、向かい合った瑠李と春希。
だが、この後、衝撃的な展開が待ち受けているということは、まだ誰も知らなかった。
書いてる途中で泣いてしまった……
多分、いじめられた経験のある方なら、瑠李の感情も分かってるんじゃないでしょうか。
女子スポーツの話って、大半が華やかなイメージだと思うんですけど、女って怖いもんですから、絶対こういう裏があると思って、瑠李はそういう設定にしてます。
あくまでも青春の裏側なので。
多分、瑠李の慟哭が、苦しみ全てを表現しているのではないでしょうかね。
次回は最後に締めたような、まさかの展開になります。
登場人物紹介では、桃華を紹介します。
紅白戦編はあと二話で終わりますので、最後までお付き合いください。