真犯人⑴
会合場所として、傘島みおんが指定した場所は、レンタルルームだった。
まだ指名手配されているわけではないものの、警察に追われている以上は、第三者に通報されないための細心の注意は払いたいということだろう。
「すみません。ここが一番狭い部屋だったんです」
湊人となゆちの待つレンタルルームに入室したみおんは、開口一番謝罪した。
たしかに3人で利用するにはあまりにも広い部屋である。上手く机を並べれば10人くらいで会議ができるくらいの広さがある。
……え? なぜなゆちが同席してるかって?
実は、みおんが最初にDMを送った相手は、なゆちだったのである。
警察に容疑者扱いされていることを知ったみおんは、藁にもすがる思いで、「探偵」にコンタクトを取ったとのことだ。
みおんは、前回の「夕凪いつきの死の謎に迫る!! アイドル探偵なゆちの事件簿Vol.1〜踊る飛び降り死体〜」を見ており、また、今回のジェイソン邸の事件についても、なゆちのSNSの発信内容から、なゆちが調査を進めていることを知っていた。
そこで、なゆちならば、警察が辿り着けない本件の真相に辿り着けるのではないかと、期待したとのことである。
つまり、みおんは、警察に捕まる前に、なゆちに、自らの冤罪を晴らして欲しかったのだ。
みおんがなゆちに送り、そしてその後、なゆちの指示で、「助手」である湊人に転送したDMには、「私は佐を殺していません」と書いてあった。
「私は誰かにハメられている」とも。
自分の人生がかかった極限状態で、地下アイドルに救いの手を求めるというのは滑稽な気もするが、それくらいに極限状態だということなのだろう。
みおんにとって最善の選択だったかどうかはさておき、少なくともなゆちと湊人にとっては、この上ない救いの手であった。
警察が探している旨の報道はあったものの、みおんの顔写真は未だ全国公開されていない。
それでも、みおんは、サングラスとマスクで変装をしていた。これも細心の注意を払った結果ということになるだろう。
コートを脱ぎ、サングラスとマスクを外したみおんを見て、湊人は、「本物」だとすぐに確信する。
容姿の特徴は、浅原と三木が言っていたとおりであるし、例のトンネルの女性の幽霊とも一致している。
湊人がみおんの全身をじっくりと観察しているのをあらぬ方向に勘違いしたらしく、なゆちが湊人に冷たい目線を送る。
たしかにみおんの、小柄ながらも豊満なボディは殿方の劣情をかき立てそうであるが。
「今日は突然呼び出してしまい申し訳ありません。ただ、本当にあなた方しか頼れる人がいなくて」
みおんはなゆちと湊人に対して、深々と頭を下げる。
声はやはり独特なアニメ声である。
「いえいえ。こちらこそ頼りにしていただいてありがたいです。探偵冥利に尽きます」
なゆちが「探偵」をやっているのは、バズって人気者になるという不純な動機しかないはずである。なゆちの言葉はあまりにも白々しい。
「なゆちさんは、私が犯人でないと信じてくれますか?」
「もちろんです」
「みなとさんも信じてくれますか?」
正直言うと、少なくともみおんから詳細な話を聞いていない現段階では、湊人は、みおんがクロであるとしか思えなかった。
犯人はジェイソンに扮した協力者であること、協力者の正体はみおんであること、これらの推理がそう簡単に覆るとは思えない。
しかも、みおんは、自らの痕跡を消した上で、TASUKU宅を飛び出しているのである。
どう考えても、みおんがダントツの犯人候補である。
とはいえ、なぜ犯人は殺害シーンを動画でアップしたのかというこの事件の最大の謎を明かすためにも、みおんに素直に話してもらう必要がある。
そのためには、みおんを疑っているという姿勢はなるべく見せない方がいい。
「もちろん、僕もみおんさんを信じています。ぜひみおんさんの身の潔白を証明するお手伝いさせてください」
湊人の言葉は、先ほどのなゆちの「探偵冥利」に負けないくらいに白々しかったが、みおんはホッとした表情を見せた。
みおんがなゆちと湊人に対して語った内容をまとめると、以下のとおりである。
みおんはたしかにTASUKUの恋人であり、TASUKUの動画の協力者であった。
TASUKUは一流企業に勤めていたながらも、子どものように無邪気なところがあり、そして、無類のホラー好きであった。
デートの数回に1回は心霊スポット巡りであったが、心霊に興味があったわけではないが、特段嫌いというわけでもないみおんは、美味しいご飯をおごってもらうことを条件にそれに付き合っていた。
やがて、単に心霊スポットを巡っているだけでは面白みに欠ける、とTASUKUは言い出し、動画配信用の機材を買ってきた。
みおんは、先ほどと同じ条件で、TASUKUの動画撮影に協力することにした。
心霊には大して興味がなかったみおんだったが、芸術系の専門学校に通っていたこともあり、動画撮影には興味津々だった。
とはいえ、ただカメラを回すだけでは面白くなかったので、みおんは、自身が変装し、「ヤラセ動画」を撮ることを提案した。これは視聴者を騙したいという趣旨ではなく、一種のコメディーとして視聴者を楽しませたいという思いからだった。
TASUKUがこうしたみおんの思いをどこまで汲み取ったのか不明であったが、TASUKUは「ヤラセ動画」の撮影を快諾した。
このようにして撮られたのが、例のトンネルの女性の幽霊の動画であり、他にも、座敷童や河童の動画などを撮った。
いずれも再生数はイマイチだったが、撮影している当人達からすれば、この上ない道楽だった。
さて、話はジェイソン邸の事件へと移る。
まず、このことは、世間にはまだバレていないが、TASUKUとみおんがジェイソン邸で撮影を行ったのは、12月13日(金曜日)ではなく、12月11日(水曜日)であった。
12月13日に撮影をすると、他にも同じようにジェイソン邸を訪れる心霊マニアに鉢合わせする可能性があったからである。2人は誰にも撮影を邪魔されたくなかった。また、編集をする時間を考えると、早めに撮っておいた方が楽であった。
もっとも、ジェイソン邸にジェイソンが出てくるのは13日の金曜日と決まっているため、動画は13日に撮影したテイにした。
動画の冒頭で、TASUKUは、今日は13日の金曜日だ、と嘘を吐いている。
普段の動画撮影同様、このジェイソン邸の動画も、「ヤラセ動画」であった。
すなわち、みおんがジェイソンのコスプレをし、 TASUKUを追いかけるという内容だったのである。
しかし、実際にアップされた動画とは違い、みおんは、TASUKUに実際に切りかかる気などなかったし、実際に切りかかってもいない。
それどころか、みおんは、チェーンソーを用意していなかった。
それだけではない。
そもそも、みおんは、ジェイソン邸の外までTASUKUを追いかけていないのだ。
ジェイソン邸の中で、ジェイソンに扮したみおんが現れ、TASUKUが悲鳴を上げてジェイソン邸の外の雑木林を駆けていく。ジェイソンはジェイソン邸の外に出ることはできず、TASUKUは無事ジェイソンが逃げ果せる、というのが、みおんとTASUKUが想定した動画なのである。
動画撮影は、その想定どおり進み、終了した。
12月11日、ジェイソン邸で動画を撮影し終わったTASUKUとみおんは、TASUKUの車で帰宅した。もちろん、この時点でTASUKUは生きていた。
動画は、TASUKUとアカウントを共有しているみおんが編集し、12月14日のお昼過ぎにアップする予定であった。
12月13日、TASUKUからみおんにLINEがあった。
内容は、「ジェイソン邸の動画を一部撮り直したいから、17時頃に××線の◯◯駅まで来て欲しい」というものであった。
普段、TASUKUと出掛けるときは、TASUKUの車を使っていたため、現地集合であることを不審に思ったものの、みおんはTASUKUの指示に従い、電車でジェイソン邸の最寄駅である◯◯駅にまで向かった。
しかし、いつまで待ってもTASUKUは現れず、それどころか、TASUKUは音信不通であり、LINEも電話も何も通じなかったため、1時間半ほど待った後、みおんは帰路についた。
そして、翌朝、みおんは朝のニュースで、TASUKUが殺されたことを知った。
みおんにとっては、何から何までも信じられないことばかりであった。
たしかにみおんはジェイソンに扮し、ジェイソン邸で動画を撮影した。
しかし、TASUKUを殺してなどいない。
また、たしかに「TASUKU」のアカウントにログインできるのは、TASUKUを除けばみおんだけであるが、みおんは未だ動画をアップしていない。
TASUKUを殺し、動画をアップしたのは、みおん以外の誰かなのである。
しかし、みおん自身、それができるのはみおんしかいないことを十分に自覚していた。




