女性関係
インターネットが高度に発達した現代社会において、若者の最大限の情報源は、テレビではなく、SNSである。
その結果なのかどうか分からないが、社会におけるマスコミの地位は低下しているように見える。
「マスゴミ」などと叩かれ、無益を通り越して有害な存在であるかのように扱われる場面も少なくない。
湊人から見れば、現在のマスコミバッシングは行き過ぎており、それは民主主義の自殺行為にすら見えるのだが、マスコミバッシングにも一定程度理解できる部分がある。
被害者の個人情報の扱いについてだ。
ひとたびテレビのチャンネルをニュースやワイドショーに回せば、猫も杓子も「ジェイソンの襲撃」事件であり、被害者であるTASUKUこと斑鳩佐について、ありとあらゆる情報が垂れ流されていた。
生い立ちから経歴、交友関係、行きつけのバーまで、TASUKUが生きていたらまず許容しなかったであろう内容の暴露が堂々となされている。殺された上に、プライバシー侵害までされるだなんて、踏んだり蹴ったりもいいところである。
ただ、「ジェイソンの襲撃」について調査をしている湊人からすれば、「マスゴミ」の助けは大きかった。
テレビを見ていただけで、TASUKUの職場や自宅の位置を把握できたからである。
ジェイソン邸で門前払いをされた翌日、湊人は、TASUKUが勤めている会社が入っているビルを訪れた。
そこは都内でもっとも地価の高い地域の一つであり、超高層ビルの密集地帯であった。
TASUKUは外資系製薬会社でMRをやっていたのである。
それなりに高収入で、社会的に地位のある立派な仕事をしているにもかかわらず、なぜYouTuberで一山当てようとしたのか、湊人にはそのあたりの感覚がサッパリ分からなかった。
「アイツはもう十分人生を楽しんだと思いますよ」
TASUKUの同僚である浅原旬次の言葉からは、故人への敬意は一切感じられなかった。
「MRって横文字を使うと、なんか特別な仕事のようにも思えるかもしれないけど、要するには単なる営業。医者に対して、自分の会社の薬を売り込む、っていうだけだからね。ただ、MRが普通の営業と違うのは、フェアにやらなきゃいけないってこと。薬は人命に関わるからさ。ただ売りつけりゃいいってわけじゃないんだ。医者に正しい情報だけを伝え、かつ、その情報だけを根拠に薬を買ってもらわなきゃいけない。話を盛っちゃダメなんだ」
「はあ……」
「でも、アイツは違った。一般企業の営業、いや、それ以上に口八丁だった。正直、販売実績はトップクラスだったけど、やってることは完全にアウト。厚労省のガイドラインなんてガン無視。医者に手土産を持たせたり、酒席に連れて行ったり、本当に好き放題やってたよ。人は悪くないんだけど、信頼が置けないというかなんというか」
初対面の相手に対して、故人の悪口をペラペラ喋るところを見ていると、この男の方がよほど信頼が置けないのではないかとも思わなくもない。
もっとも、湊人がインタビュー相手として浅原を選んだのは、まさに、その部分を評価したからなのである。
会社から箝口令が出ているであろう状況下で、この男は朝のニュースのインタビューに応じ、ちょうど今のように止めどなく話していた。
インタビュー映像では顔は出ていなかったが、スーツの柄と色が特徴的だったため、ビルの前で待ち伏せをしていたところ、案外簡単に見つけることができた。
そして、湊人が「探偵」を名乗ると、「それは面白そうだな」と二つ返事で調査協力をしてくれたのである。
「自業自得っていうのは少し違うかもしれないけど、ああいう破天荒な形で人生を終えるというのは、アイツらしいといえば、アイツらしいんだよな。因果応報……うーん、それも違うな」
浅原は、高級喫茶店の一杯1000円近くするコーヒーに一口も口を付けることなく、夢中で話し続けている。
ニートである湊人には時間の制約はないのだが、浅原の仕事の空き時間には限界があるに違いない。
そろそろ本題に入るべきだろう。
湊人が知りたいのは、ジェイソンの正体が誰なのか、ということである。
これは、すなわち、TASUKUのYouTube撮影に協力していた人物が誰なのか、ということである。
「浅原さん、僕から質問してもいいですか?」
「もちろん。ご自由に」
「斑鳩佐さんの交友関係についてなんですけど、斑鳩さんと仲が良かった人っていましたか?」
「ああ。もちろん。それはたくさんいたよ。アイツ、顔は広い方だったし。しかも、飲み屋とか、果てには女の子の店でも名刺を配り歩いてたからな」
「いや、そのなんというか、親友というか、特に仲が良かった人はいませんでしたか?」
浅原は黙ってしばらく考え込む。
彼がこんなに静かになったのは、今日初めてかもしれない。
「うーん、もしかしたら、そういう親友みたいな奴もいたかもしれないが、俺はあくまでアイツの同僚であって、プライベートで干渉し合う仲じゃないから、よく分からないな……」
「そうですか……」
どうやら調査は空振りに終わりそうだ。
一杯1000円近くするコーヒーも無駄に終わる、と湊人が心の中でため息を吐いたそのとき、浅原は重大なヒントを湊人に与えてくれた。
「とはいえ、アイツはだいぶ公私混同してたからな」
「公私混同?」
「ああ。そうだ。アイツ、職場のイベントによく恋人を連れて来てたんだよ」
「恋人?」
「たしかみおんちゃんとか言ったかな? 背が低くて、ただ、胸は大きくて、ショートカットで、独特な声の子。アニメ声というかなんというか、高くて細い声の」
湊人は、ポケットから手帳を取り出すと、「みおん」という名前と、今浅原が言った特徴を走り書きした。ちなみに、この手帳は探偵っぽい雰囲気を出すために、今日買ったばかりのものである。
「おそらくアイツは、職場の仲間に可愛い彼女がいることを自慢したかったんだろうな。たしかにみおんちゃん、目がクリクリしてて、前歯が少し出てるところが小動物みたいで可愛らしんだよ。もっとも、俺はもうちょっとスラッと背が高い美人系の方が好きなんだけどな」
湊人は、末尾の浅原の好みの部分以外は、なるべく正確にメモをした。
「会社のイベントというと?」
「大きい会社だからそんなに頻繁にあるわけじゃないんだが、たとえば、忘年会とか、暑気払いとか。年に数回、社員みんなが集まって飲む企画があるんだよ。たしかに奥さんを連れてきたり、子どもも連れてきたりする社員はいなくはないんだが、まだ結婚してるわけでもない彼女を連れて来てるのはアイツだけだったから、目立ってたな」
「みおんさんはあくまでも斑鳩さんの彼女だったわけですね」
「まあ、イベントの場でアイツは、みおんちゃんとは近いうちに結婚するつもりだ、って繰り返し言ってたけどな。そうだ。たしか2年くらい前からずっと『結婚する』って言ってた」
「なんで実際に結婚しなかったんですかね?」
「さあな。俺は結婚したことないからよく分からない。なんでだろうな……」
浅原は、まるで湊人に問いかけるかのように言ったが、結婚どころか彼女ができたことすらない湊人には、なおさらよく分からない話だった。
「もしかすると、アイツ、バツイチだったから、結婚にあまり積極的になれなかったのかもな……」
「バツイチというと、前に別の女性と結婚していたということですか?」
「ああ。みおんちゃんを会社のイベントに連れてくる前には、別の女性を連れて来ていたらしい。名前はたしか夏乃とかいう名前だったと思う。何年前だったかな……いずれにせよ、俺が入社する前の話だから、あくまでも人伝てで聞いただけの話なんだが。その女性と離婚をして、それからみおんちゃんと付き合い出したらしい」
だとすると、夏乃という元妻は、もうTASUKUとはとっくに関係が切れているため、本件とは一切関係ないということになるだろう。
ただ、湊人には、1つ引っかかる点があった。
それは、これほどまでにメディアでTASUKUのプライベートが晒されているにもかかわらず、TASUKUがバツイチであるという話は、未だどこでも報道されていなかった点である。
普通、こういう情報は、戸籍を調べるなどしてすぐに分かるものではないのか。
とはいえ、この疑問点は、本件とは関係ないだろう。
ジェイソン候補として怪しいのは、どう考えても、現恋人のみおんである。
会社のイベントにも同伴させるくらいだから、心霊動画の撮影に同伴させてもオカシくないだろう。
ジェイソンの中身が女性とは意外な気もするが、そこを盲点として、みおんが犯行に及んだ可能性は十分に考えられる。
湊人としては、すでに浅原から有益な情報を得られたため、一刻も早く次の調査に移りたかったが、話好きの浅原がそれを許してくれるはずもなく、以降約1時間、湊人は浅原の与太話に付き合わされた。
なお、念のため、浅原に、「斑鳩さんを憎んでましたか?」と質問したところ、浅原は、笑いながら、「当たり前だろ。あいつさえいなければ、俺が売上トップなんだからな」とあまりにもあっけらかんに答えた。
今日はかなり久々に(お雑煮を作ったことと子どもを公園に連れて行ったことを除けば,)一日中執筆に費やすことができました。
そして,今日だけで1万3000字書けたので,無事,本作を完結部分まで書き切ることができました(約3万3000字)。
単純なようで複雑なところのある話なので,読者様に上手く説明ができるかどうか不安なところもありますが,僕的には,今まで書いてきた作品とはだいぶ「手法」が違う作品であり,挑戦的な部分も多いので,すべてアップできることを楽しみにしています。明日(日付変わって今日)中くらいには完結させる予定です。




