規制線
当たり前であるが、ジェイソン邸のある雑木林の入り口には規制線が貼られていて、一般人は立ち入ることができない状態だった。
規制線の前には、門番のように、二人の厳つい顔をした警官が立っていた。
二人の警官は、ただでさえ鋭い目つきを、さらに鋭くさせ、湊人となゆちの二人を睨んでいる。
紛れもなく、野次馬を軽蔑する目だ。
「失礼ね。あいつら、私とみなとのことを単なる野次馬だと思ってるの?」
「本当はそれよりもタチが悪いのにね」
「よし、突入するよ」
なゆちは、ツカツカと歩き、警官の前に立つと、
「すみません。中に入れてください」
と、ストレートに頼んだ。
そして、案の定、
「関係者以外立ち入り禁止です」
と、跳ね返された。
「困ります。私、ジェイソン邸に忘れ物をしていて」
「忘れ物? 何ですか?」
「化粧道具」
「帰ってください」
現場付近に規制線が張られていることは、最初から想定済みだったはずなのに、なゆちはあまりにも無策だった。
そういえば、前回の事件のとき、なゆちは「楽屋に忘れ物をした」と嘘をついて規制線の張られたライブハウスの中に入った、と言っていた気がする。
どう考えても今回は同じ手は通用しない。楽屋に化粧道具を忘れるアイドルはいるが、廃墟に化粧道具を忘れる奴などいないのである。
信じがたいことに、なゆちは二の矢三の矢を用意していなかったようで、後ろで見守っていた湊人に視線を送り、助けを求めた。
正直湊人は呆れ切っていたが、あまりにも潤目が可愛いので、一肌脱がないわけにはいかなかった。
湊人も警官の前まで歩み出る。
「すみません。この子が忘れたのは化粧道具だけではないんです。実は、カメラも忘れたんです」
「カメラ?」
「ええ。事件が起きる前にジェイソン邸に行って、撮影をしたんです。そのときに忘れてしまって……」
警官の目つきが変わった。事件の直前の映像が収められたカメラがあるのだとすれば、それは事件解決の手がかりになりうる。単なる野次馬だと思っていた人間が、実は、捜査の手がかりを握っているかもしれないのだとすれば、当然、扱いも変わってくる。
「事件が起きる前というのは、昨日ですか?」
「ええ」
「そのカメラというのは、ジェイソン邸に忘れたんですか?」
「はい」
「……おかしいですね。捜査班からは、ジェイソン邸にカメラがあったという情報は入ってないのですが」
「ちょっと目立たないところに置いてきてしまいまして」
「目立たないところ?」
「ええ。あまりにも目立たないので、僕が中に入って指示しないと分からない場所だと思います」
「では、入ってください」と言われることを期待した湊人だったが、警察はそう甘くはなかった。
無線で誰かとしばらく話した後、
「捜査班に確認したところ、ジェイソン邸にはカメラは落ちていないとのことです。おそらく別の場所で無くしたんじゃないですか?」
とごもっともな対応をした。
さて次はどのような嘘をつこうかと湊人が頭を悩ませていると、警官の方から助け船を出してきた。
「事件が起きる前にジェイソン邸で撮影をしていたということですが、もしかして今回の事件の犯人を目撃したりはしていませんか?」
すぐに食らいついたのは、なゆちだった。
「私、見ました。あれは多分犯人だったと思います」
「お嬢さんが目撃したのは、どんな人でしたか?」
「なんかとても怖い感じで、穴だらけのマスクを被って、黒い上着を着てました」
何のひねりもない回答である。それは単なるジェイソンの特徴の説明でしかない。今更なゆちがこんなことを言っても、目撃証言としては何の価値もないように思えたが、意外なことに、警官は、眉間にシワを寄せ、真剣に考えた後、小声で、「なるほど」と呟いた。
「お嬢さんが犯人を目撃したのは、昨日の何時頃ですか?」
「えーっと……夜でした」
「何時頃か分かりますか?」
「うーん……夜です」
なゆちの回答は間抜けなものだったが、適当な嘘をついて捜査を撹乱させるよりは幾分かマシにも思える。
「17時35分頃よりも後ということになりますか?」
警官の言った時間がピンポイントであることが、湊人には引っ掛かった。
「すみません。お巡りさん、17時35分に何かあったんですか?」
「別に何もないですよ」
やはり一般人に捜査上の秘密は漏らしてくれないか、と落胆しかけた湊人だったが、警官は、ただ、と言葉を継いだ。
「お嬢さんと同じように、ジェイソン邸の周りでマスクを被った人間を目撃した、という証言が警察に寄せられていて、その人が目撃した時間が17時35分だったです。だから、お嬢さんが目撃したのが、それよりも前なのか後なのか知りたいんですが」
「だって。なゆち、時間覚えてる?」
「夜は夜だって」
「だそうです。お巡りさん」
警官は煙たそうな目で、なゆちと湊人のことを見ていたが、湊人は、この警官に感謝していた。
口の軽い警官がポロっとこぼしたこの目撃証言は、それなりに有益なものに思えたからである。




