説教
インターネットが高度に発達した現代社会において、若者の最大限の情報源は、テレビではなく、SNSである。
もっともSNSで広まる情報には怪しいものも多い。テレビとは違い、裏付け取材というものがされないからだ。
他方、SNSが間違いなくテレビよりも優れている点は、即時性である。
これは情報の裏付けを無視するがゆえに為せる技なのであるが、SNSでは、その出来事が起きてすぐに情報が広まる。そのため、最近では、SNSで広まった情報を、ワンテンポ遅れてテレビで流す、という現象も珍しくはない。
あまりにもセンセーショナルな「ジェイソン」のニュースも、テレビより早く、SNSであっという間に広まった。
TASUKUの遺体の第一発見者が、深夜にTASUKUの動画を見て、翌朝に「検証」のために現地に赴いたYouTuberだったからである。
TASUKUの遺体が見つかった日、SNS上には、YouTube運営に消される前に誰かが保存したTASUKUの断末魔の動画が広まった。さらには、これはあまりにも見るにおぞましいものであったが、第一発見者のYouTuberが撮影したTASUKUの遺体の画像も、SNSで見ることができた。いずれもアップされては運営に削除される、というイタチごっこを繰り返してはいたが。
湊人は、この日は極力SNSを開かないようにしながら過ごしていた。
グロテスクなものが苦手だったので、TASUKU関連の動画や画像を見なくて済むようにしたかったからである。
しかし、12時頃、Twitterの方が湊人を呼び出した。
なゆちの最新ツイートの通知が来たのである。
そのツイートを見た途端、湊人は、反射的に自分のスマホを自宅の床に投げつけた。
朝野奈柚 12時04分のツイート
ジェイソン邸の最寄駅ってどこ?
「ふざけんなよ!!」
湊人は、明らかにある一定の人間に向けられた独り言を放ち、その後しばらくしてから、自らのスマホを拾い、リプ欄を確認する。
案の定、(普段全然現場に来ない)察しの悪いヲタクが、「たしか××線の◯◯駅だったと思うよ」などとリプを送っている。それは正しい情報だが、この場面では間違っている。マジ黙れ。
一瞬、DMでなゆちを諭そうかと悩んだが、決して諭せるような相手ではない。
湊人は、急いで準備をし、ジェイソン邸の最寄駅へと出発することにした。
「みなと、ごめん。遅刻しちゃった」
黒いダッフルコートに、短めの黄土色のスカート、黒いタイツにスニーカーという出で立ちのなゆちが、小走りで改札をくぐる。
そもそも待ち合わせはしていないのだが、なゆちは、先ほどのツイートを見た湊人が、ジェイソン邸の最寄り駅まで来てくれることを確信していたようだ。
改札を出たなゆちは、湊人を目がけてまっすぐと駆けてきた。そのまま、腕を掴み、腕組みをしてくるんじゃないか、という距離にまでなゆちが近付いたため、湊人の心臓が飛び跳ねる。
しかし、案の定、そんなことは決してなく、なゆちは、まるでSiriに話しかけるがごとく、「ねえ? みなと、ジェイソン邸にはどうやっていくの?」と湊人の耳元で囁いただけであった。これはこれで十分ドキドキではあるが。
最寄駅、とはいっても、ジェイソン邸は山間の雑木林にあったため、駅から歩いて30分かかる。
ロータリーが付いているような立派な駅ではないものの、駅前にはポツンとバス停がある。時刻表を確認すると、バスは45分に1度のペースでしか来ないことが分かった。ちょうどなゆちが来る数分前にバスを見送った記憶があったため、湊人は、なゆちに、「しばらく歩くよ」と告げた。
緩やかな坂道を上りながら、湊人は、なゆちに、そもそもの疑問を投げ掛けた。
「なゆち、ジェイソン邸に何しに行くの?」
「調査」
予想していた答えではあったが、あまりの即答に、湊人は少し面食らった。
「調査してどうするの?」
「真相を暴くの」
「真相を暴いてどうするの?」
「YouTubeにアップする」
これもまた予想通りの回答であったが、ふーんと聞き流すわけにはいかない。
「なゆち、たしかに前回のいつきのときは、僕らは真相を突き止めることに成功した」
本当は「僕ら」ではなく、「僕」である。なゆちは湊人の推理をそっくりそのままパクっただけだ。なお、「前回」といっても、わずか数日前の話である。
「そして、僕らが突き止めた真相をYoutubeに公表することによって、なゆちの動画はバズった」
でも、と湊人は続ける。
「それは偶然だったんだ。いつきの死の謎を突き止められたのも偶然、警察やメディアよりも早く真相を突き止めらたのも偶然、そのことを公表した動画がバズったのも偶然。すべて偶然なんだよ。二匹目のドジョウを狙おうなんて、下手なことは考えるべきじゃない」
なゆちは、湊人の真剣な顔をしばらく見つめた後、
「だから、湊人はヲタクなんだよ」
と、あろうことか暴言を吐いた。
「は??」
「湊人は高学歴で頭が良いのに、気質がヲタクなの! どうしてそうやってネガティブに考えるわけ? どうしてそうやって自分にブレーキを掛けようとするわけ? だから湊人はヲタクでニートなんだよ! もっと前向きに、チャレンジをしていかなきゃ!」
「ぐっ……」
不意に始まった推しメンからの説教に、湊人は何も言い返すことができなかった。
なゆちの言っていることはそのとおりなのである。すべてを下向きに捉え、自信を持つことができないがゆえ、自分の人生を棒に振るってしまっている。そのことは、湊人自身、十分に自覚していた。
しかし——
それとこれとは話が全く別である。
「たしかに今回のジェイソン邸の事件は、奇抜だし、世間の注目も高いから、その謎を明かした動画をアップできれば、超絶バズると思う。それは認める。でも、肝心なことを忘れちゃいけない。僕らは捜査のプロじゃないんだ! 杉下右京と亀山薫じゃない! ただのアイドルとヲタクなんだ!」
「私、右京さんより可愛いもん!」
「そういう問題じゃない! ただのアイドルとヲタクである僕らには、今回の事件の謎を解き明かすことなんてできないんだ!!」
「やってみなきゃ分からないじゃん!」
なゆちは、湊人の肩に、そっと手を置いた。
「みなと、解けなかったら解けなかったでドンマイだよ。私、別にそのことでみなとを責めたりしないよ。みなとは何を恐れてるの? それとも、私と一緒にいることが嫌?」
何も言い返すことができなかった。
湊人は、子どもの頃から口喧嘩には自信があったが、不思議となゆちにはいつも言い負かされてしまう。
そもそも、こうしてなゆちに説得され、ジェイソン邸での調査に協力させられること自体が、予定調和なのである。
そうでなければ、湊人は、わざわざ電車を乗り継いでジェイソン邸の最寄駅にまで来ていないのだ。
なゆちは早足で坂を上っており、考え事をして少しでも立ち止まるようならば置いて行かれてしまいそうである。
湊人は、なゆちの鼻筋の通った横顔が常に見える右隣のポジションを死守しつつ、大股でジェイソン邸への道を進んだ。




